河童と牛蒡
河太郎は水泳が好きだ。でも、水泳を取り巻く環境は嫌いだ。いや、嫌いになった。
河太郎はとても速い。生まれた時から人より水掻きが大きく、あだ名はずっと河童。泳ぎは誰にも負けないまま高校生になった。
これまでは生まれ持った水掻きと泳ぎに最適化されたしなやかな身体が河太郎の武器だった。でも、インターハイでまわりの選手に大きく差をつけた河太郎に対して団体からクレームが入ったのだ。曰く、水掻きは卑怯だと。
生まれ持ったものを使うことを卑怯と呼ばれるのはあまりにも理不尽だと河太郎は思う。みんな足があれば歩くし、手があれば道具を使うのと同じはずだ。なのに、水掻きを手術で切除しないとタイムを公式記録として残せないなんてそんなみそっかすみたいな事を河太郎は絶対に許せない。でも、皆がそれを求めるのだ。
三歳で水泳を始めてから十三年、河太郎は同世代の誰にも負けなかった。オリンピックに出るつもりで練習してきた。なのに、国内の水泳関係者からそんな事を言われるのはあまりに酷い。
両親は素質のありすぎる河太郎の事をずっと応援してくれたけれど、きっと疲れたのだろう。河太郎自身がしんどいのであれば水泳を辞めても良いと言い出したのだ。河太郎はそれを聞いて、両親が外野から色々言われるのに疲れたのだと分かった。だから、河太郎は水泳を辞めた。
何も辞めなくても良かったと言ってくれる人もいたけれど、大体のやつは河太郎が水泳を辞めてホッとしているようだった。
ずっと水泳だけに打ち込んできた。だから、泳ぐ事を辞めたらとてもつまらなくて河太郎は暇だった。水の中では一番でも他の運動はそんなに上手くなかった。水の中にいるのが本当の河太郎なのだ。
暇で暇で仕方ないけれど河太郎には水泳関係の友達しかいなかったし、彼らは今も水泳に打ち込んでいる。置いていかれるばかりの河太郎はこの先の人生をどう生きるのかと悶々と考え続けていた。つまり、新しくやりたい事を探すのだ。
河太郎はまず、今までしてこなかったゲームや漫画に手をつけることにした。目が良いのでゲームは簡単にクリア出来てしまいすぐに飽きた。
そして、漫画喫茶で手当たり次第に漫画を読んでいて河太郎は唐突に恋がしたいと思った。そういえば水泳仲間にも彼女がいるとかそういう話を聞いたことがあったけれど、自分とは別次元のことだと思いスルーしていた。
でも、今の河太郎には時間がある。解き終わったクロスワードパズルの本が机の上に三冊積まれている。クロスワードパズルは解いている最中は面白いが終わると時間を浪費してしまったような気がしてあまり向いていないなと河太郎は思った。
河太郎は恋に憧れて毎日毎日出会いを待った。河太郎が読んだのは少年向けのハーレムものだったため、出会いというのは向こうからどんどこやってくるはずだった。隣の席の神野さんも養護教諭の飯野先生も給食当番でペアだった本多さんもちっとも河太郎に興味を持たない。河太郎は誰からアプローチされても受け入れる準備は万端だった。ただ、アプローチされることは残念ながらなかった。
色んな女性を観察して、河太郎は気付いた。みんな可愛いし綺麗だと。じっと見ていると良いところがたくさんある。それは水の中ではわからなかったことだ。でも、自分からはなにも行動せず見た目が良いわけでもない河太郎にアプローチする奇特な女性はいなかった。
昼休みに河太郎が数独を解いていると上から声をかけられた。背がとても高い女の子だった。その頃の河太郎は誰と恋をしても良いように在校するすべての女子生徒の顔名前を把握していた。こういう無駄な努力をするところが河太郎が河太郎たる所以である。
ガリガリに痩せていて色黒の彼女の名前は味戸眞子、河太郎よりひとつ上の3年生で確かオカルト研究会会長だ。河太郎よりも10センチ以上背が高く、真っ直ぐ腰まで伸びた黒髪を後ろでひとつにまとめていた。彼女は河太郎をみてニヤリと笑った。
「君君、オカルト研究会に興味ないかい?」
「興味はあんまりないですが話を聞いても良いですよ」
オカルト研究会に興味はないけど女子と話せるチャンスを逃す河太郎ではなかった。
「じゃあ部室に行こうじゃないか! 君、名前は?」
水泳で何度も表彰台に上がり、朝礼で何度も挨拶をした河太郎を知らないことに驚いた。河太郎は眞子を知っているのにちょっとだけがっかりした。
「椎葉河太郎です」
「ああ! 河童くんか! 今日は部活はないのかい?」
「水泳はもう辞めたんです。だから、新しく夢中になれるものを探してます」
「うん! きっと君も好きになるさ! 部室にムーのバックナンバーがたくさんあるから好きなだけ読んで構わないよ。そういえば河童くん、君は今ハンコを持っているかい? なければ拇印でも良い」
「まだ入部するって言ってないんですけど」
「河童くん、我がオカルト研究会は今未曾有の危機に晒されている。今日中に部員を1人入部させないと部室が没収されてしまうんだ。人助けだと思って入部してくれたまえ」
「入部したら味戸先輩は僕のこと好きになりますか?」
「ああ、勿論だとも! 君が入部してくれれば部室は守られ活動も続けられる。そうしたら君はわたしの恩人だ。好きにならないわけがないだろう! 河童くん、頼む。土下座しても良い。だから我がオカルト研究会に入ってくれないか?」
「わかりました。入部します」
河太郎はちょっと癖が強いけど眞子の目はキラキラ輝いていて素敵だなと思った。そして、これから恋が始まると思うとウキウキした。眞子自身は全くそんな風に捉えていなかったがこの時点で河太郎はもう眞子と恋する気満々だった。
オカルト研究会の部室は社会科資料室の隣で薄暗くて怪しかった。テーブルの上に積み重なった今にも崩れそうな本の山。占い師みたいな大きい丸い水晶にダウジングの棒。ヘルメットに骨格標本。何故かとても豪華な革張りのソファーがあり統一感が全くなかった。眞子はソファーのほうを指差してからこう言った。
「よし、河童くん。そこに座りたまえ。今入部届を探してくる」
「あ、はい。わかりました」
河太郎がソファーに座るとふんわりと沈み込んだ。こんなにすべすべで柔らかいソファーは生まれて初めてで、きっとすごく高いのだろう。よく分からないカードや水晶、お札と日本人形とさるぼぼが段ボールにごちゃごちゃに入れられていた。河太郎は眞子が掃除が苦手なんだなと理解した。でも、そういうところも可愛いかもしれないと考えた。痘痕も靨ではないが河太郎の眞子への評価はガバガバのザルザルだった。
眞子が引き出しから書類を持ってくるとそれを河太郎に渡す。当然だが入部届だ。河太郎は眞子から借りたボールペンで大きく椎葉河太郎と記入した。それから眞子が持ってきた朱肉に親指を押し付けてから入部届に拇印を押した。
「よし、わたしは今からこれを職員室に提出してくる。河童くんは適当に寛ぎながら待っていてくれ」
眞子はケースからウェットティッシュを取り出して河太郎に1枚渡してからすごい速さで扉から出て行った。
全然興味はなかったが一応本の山の一番上にあった雑誌を手に取り読み始めた。UFOやUMAについて書かれていた。その中に河童の姿を見つけて河太郎は自分のあだ名ではあるが河童について全然知らないなと考える。そして、河童の別名が河太郎だと知ってそのまんまじゃねえかと笑ってしまった。姿も亀っぽいのや猿っぽいの、禿げた人間の子どものようなものとたくさん種類があった。
河童の生態や伝承などなかなか読み物として面白かった。河太郎はさらに詳しく知りたくなってポケットからスマホを取り出すとWikipediaで調べ始める。
今まで知らなかった河童についての知識を得て、河太郎はオカルト研究会も悪くないと思った。本の山から分厚い革張りの本を手に取ると黒魔術の本らしい。本当かよと思いつつ読むとなかなか面白い。曰く満月の晩に水晶を月光に当てると死者と会話が出来る。悪魔の呼び出し方や恋敵を消し去る方法など黒魔術と謳っているだけあってなかなか陰湿なものが多かった。
蛍光灯の青白い光で目がチカチカしたので真っ黒のカーテンを開ける。まだ日が沈む前だからそれなりに明るい。春風が甘い花の匂いを運んでくる。河太郎は外で植物の甘い匂いがすれば全部花の匂いだと思っている。花の匂いに詳しくないけど花言葉には詳しかった。いつか良いタイミングで花言葉は披露してみたいとずっと考えている。写真と花言葉は図鑑で覚えた。匂いはあまり覚えられない。
河太郎の思考がどんどんオカルトから離れていく。眞子が早く帰ってこないかなとかお腹空いたと思った頃に彼女は戻って来た。
「河童くん! 待たせてすまなかったね。無事に承認されたからオカルト研究会はこの部室で活動できるよ。本当に君には感謝しているよ」
「味戸先輩のお役に立てて良かったです」
「あれ? 私は名乗ったかな?」
「いいえ、たまたま知っていたんです」
「なるほどね。じゃああだ名も知っているかい?」
「えっと、それは知らないです」
「牛蒡だよ。色黒で痩せてて背が高いからね。上手いこと言うと思わないか?」
「僕にはよくわかりません」
そう言いつつも牛蒡というには可愛すぎるんじゃないかと河太郎は思った。でも、まわりが眞子の魅力に気付かない方が河太郎的には好都合だった。
「味戸先輩。オカルト研究会って何をするんですか? あと、他の部員はどこにいるんですか?」
「活動はまあ、部室で本を読んだり儀式をしたり夏は合宿に行ってUFOを呼んだりする。部員は君と私、後は幽霊部員が三人。めったに来ないけど合宿には来るよ。あ、河童くんも勿論好きな時に来て良いし来なくても良い。鍵は私が持っているけど職員室でも借りれるからいない時はそれで入ってくれ。大体毎日いるから。じゃあ、私は呪いのBlu-rayを観るけど君はどうする?」
呪いのBlu-rayってなんだよと思ったが河太郎は眞子の近くに座りたいので頷いた。モニターの前にはパイプ椅子が2つ並んでおりそこに座るように指示される。眞子はゲーム機にBlu-rayディスクをセットしてリモコンで操作した。
「いやあ、楽しみだね。呪いのBlu-ray」
「そうですね」
河太郎が平坦な声で返すと眞子はウヒヒと楽しそうに笑った。それを見て河太郎は可愛いなと思った。明瞭じゃない画面にはどこかの森が映っている。ガサガサと音がして今にも何かが飛び出してきそうだったが特に怖くはなかった。
不気味な鳥の鳴き声やたまに画面が暗くなったりしたが予想以上に怖くなくて河太郎は戸惑った。呪いのBlu-rayと呼ばれるくらいなのだからもっと怖いものを想像していたのだ。だが、河太郎の期待は裏切られ続け、呪いのBlu-rayは特に盛り上がりもないまま暗転した。カメラワークも下手くそだし素人が撮ったのだろう。隣の眞子をチラリと横目で見ると何と眠っていた。パイプ椅子に座りながら寝るのは器用だなと河太郎は思った。起こすのも可哀想だけどこのまま横に倒れたりするのも危ないと考えた時にあの素晴らしくフカフカのソファーが目に入った。
河太郎は眞子の脇と膝に手を入れてお姫様抱っこで彼女をソファーの上に寝かせた。母親相手に練習したお姫様抱っこの成果を遺憾なく発揮して河太郎は満足だった。眞子が寒くないようにブレザーを脱いで足にかけてから河太郎は部室を後にした。初日から一緒にBlu-rayを観てお姫様抱っこするなんてもう付き合っているようなものだよなと考えて頬が緩む。椎葉眞子だとちょっと言いづらいから味戸河太郎になるのも良いかもと河太郎は妄想した。何にせよこれから楽しい日々になりそうだと河太郎は思った。
次の日、授業を終えて部室へ行くと鍵が開いていてソファの上で眞子が雑誌を読んでいた。そして河太郎の方を見る。
「やあやあ河童くん。今日も来たんだね。歓迎するよ。冷蔵庫にジュースが入っているから飲むと良い。あと、ブレザーをありがとうね。君はとても優しい子だね」
「先輩が風邪をひくといけないので」
「ふふ、ありがとう。ときに河童くん、君は携帯電話を持っているかい?」
「はい、ありますよ」
「連絡先を交換しよう。本当は昨日する予定だったが寝てしまったからね。呪いのBlu-rayは安眠効果があるようだよ」
「気持ちよさそうに眠ってましたもんね。昨日は何時くらいまでいたんですか?」
「19時さ。用務員さんに起こされたよ。帰宅が遅くなって母に怒られてしまった」
浮世離れしていても女の子だから親も心配するのだろう。河太郎は起こした方が良かったと思った。次からは起こそう。でも、眞子はあまり気にしていないようだった。
「さて、河童くん。今日は何をする?」
「じゃあそこの本を読みます。眞子先輩は?」
「あれ? 昨日は苗字で呼んでいなかったっけ? まあ良い。好きなだけ読みたまえ」
河太郎は雑誌に集中するふりをしてチラチラと眞子を観察する。彼女は目を輝かせながらオカルト雑誌を読んでいる。2人きりの部室は静かでとても居心地が良い。興味はなかったがオカルト研究会に入部したのは正解だったかもしれない。そう思っていると眞子に声をかけられる。
「あ、そういえば河童くん。君の手を良く見せてくれないか?」
「良いですよ。どうぞ」
眞子は河太郎の手を取り、じっと観察した。女子にしては大きいが河太郎よりは小さい手は意外にも温かかった。こうやって女性に手を握られるのは初めてかもしれないと思うと顔が熱くなった。
「なるほど、すごい水掻きだ。名前の通りだね。普段、不便なことはあるかい?」
「それ結構聞かれるんですけど特にないです。ペンも鋏も普通に使えますし」
「ふむ、そうなんだね。君の手は神様からの贈り物だ。私は直接見たことはないが君が泳ぐ姿はきっと綺麗なんだろうね」
速いとかすごいとか規格外とか化け物とか色々言われてきた河太郎だったがそんな風に言われたのは初めてでやっぱり眞子のことが好きだと思った。そんな風に2人で過ごしているうちに春から初夏になった。眞子は相変わらずだが河太郎は部室に馴染んだような気がする。
河太郎と眞子は目下夏合宿のしおりを作成している。山梨県に2泊3日、UFOを探しに行って簡単なミステリーサークルを作る。夜にはUNOをやってついでにほうとうを食べる予定だ。見たことのない他の部員に会えるのも河太郎は楽しみだった。
夏休みになると眞子に会えなくなるのかと寂しく思ったが、部室は開放しているらしく登校すれば彼女はいつでもいるらしい。河太郎は遊ぶ金欲しさに先月始めたバイトのない日は部室に行った。眞子が持ってきたボードゲームをプレイしたり都市伝説の本を読んだりして過ごす。外は猛暑だけれどエアコンが効いた部室はやや寒いくらいだった。
河太郎は明後日に近くの神社でやるお祭りに眞子を誘いたいけれどタイミングを掴めずにいた。急に誘うと支度とかの関係があるよなと1週間前くらいからぐるぐる考えていたが結局誘えないままだった。眞子は毎日部室にいるし河太郎以外に親しくしている人はいないと思う。でも、外で2人で遊んだことはない。だから、断られるのは怖い。でも、今日言わないと会えないかもしれないと思って眞子がホットコーヒーを飲み終わる瞬間に声をかけた。
「眞子先輩、明後日そこの神社で夏祭りがあるんですが良ければ一緒に行きませんか?」
「ああ、お祭りがあるね。でも先約があってね。すまない」
「そうだったんですね。わかりました。1人で行ってみようかな」
「会場で会ったらよろしくね」
「え、先輩お祭りに行くんですか? 誰と?」
「恋人とだよ」
「え、先輩恋人いたんですか! いつからですか?」
「2年前からだよ。合宿で紹介しようと思ってたんだけど」
「そんな、毎日部室にいるのに……」
「向こうは多忙だからねえ、たまにしか会わないんだよ」
河太郎は予想外の展開にショックを受けた。まさか眞子に恋人がいるなんて思ってもみなかった。でも、よくよく考えれば眞子は優しいし頭が良いし可愛い。まわりがそう思っていないとしても河太郎にとって眞子はとても魅力的な女性だ。だから恋人がいて当然だと思う。
しかし、恋をするなら眞子が良いと思っていた河太郎はガックリ来てしまった。思わずため息を漏らすと眞子に心配されてしまった。
河太郎はその日、家に帰ってすぐ湯を沸かして風呂に入った。湯船の中で声を出して泣いた。眞子のことがまだ好きだ。でも、彼氏がいるなら諦めないといけない。告白もしてないのにフラれるなんてすごく格好悪かった。
結局河太郎は夏祭りには行かなかった。まだ全然気持ちの整理がついていないし、もし眞子と恋人に遭遇したら泣いてしまいそうだ。河太郎は恋愛漫画を読んでから感動ものの映画を観た。ボロボロに泣いても映画に感動したと言い訳できる。母は食欲の落ちた息子を心配しているようだった。
夏合宿に向かう電車に乗るために駅に向かうと時計台の下に眞子がいた。その隣にはぬぼーっとした背の高い男がいる。前髪が異様に長く目が完全に隠れていて、彼はとても小さな声で平塚と名乗った。その後に真っ黒に日焼けしたゴリラみたいな大男と彼と手を繋いで現れた背の高い黒髪のとんでもない美人がいた。テレビの中でしか見られないような美形に河太郎はただただ圧倒される。しかし、幽霊部員たちの個性が強すぎる。というか河太郎以外カップルだと思うと急に憂鬱になってきた。
合宿先に向かう特急電車の中でと大男の石神井、半端ない美人の大森といって全部地名じゃんと河太郎は思った。口にはださなかったけれど。
全員でカードゲームをやり、お菓子を食べて合宿のしおりを読んだ。話せばみんなわりと気さくで初対面とは思えないくらい打ち解けた。眞子は平塚が笑うと嬉しそうに笑って、まめまめしく彼の世話を焼いている。
河太郎の知っている眞子とは別人のようで寂しくなる。でも、人間なんだから色んな面があるだろう。河太郎だって眞子には良く思われたくて3匹くらい猫をかぶっている。
2時間と少しで合宿地に到着した。河太郎とカップル2組は男女に分かれて部屋に荷物を置きに行く。古いけど清潔で味のある旅館は一泊3000円だという。朝晩の食事付きでそれは破格だと河太郎は思った。どうやら平塚の親戚が旅館のオーナーらしい。
荷解きしてからは自転車を借りて川に行き、石を拾った。眞子が真剣に石を選ぶ姿は素敵だった。大森は黒い日傘を差して大きな岩の上に座っていた。黒いワンピースから覗く白い足がなんとも艶かしく、美しかった。
あまりジロジロ見ていると嫌がられるだろうから河太郎は石を拾うことに集中した。つるつるの丸い石、黒い石、ガラス石、水晶が混ざったような石、色んな石を選り分けて良さそうなのを袋に入れた。平塚と石神井もせっせと石を拾っていた。この光景だけ見ると何部だかわからないだろう。
夏の日差しがジリジリと肌を焼く。流れる汗をシャツで拭っていると眞子が半分凍ったスポーツドリンクを差し出した。河太郎は礼を言ってからそれを飲む。頭がキーンと痛んで顳顬を押さえていると眞子が笑った。
「河童くん、アイスクリーム頭痛になったようだね。冷たいものはゆっくり摂ると良い。そうだ、良い石は拾えたかい?」
「かき氷とかで良くなりはしたんですがまさかジュースでなるとは思ってなかったです。石はまあまあですね、あとで見せてあげます」
「楽しみにしているよ。夜はUFOを呼んで明日はミステリーサークルを作るよ」
「それって所有者の許可を得てるんですか?」
「ああ、英佑の祖父の土地だ。だから、問題ない。去年もやった」
「平塚さんってお金持ちなんですね」
「そうだな。金はあるな。まあ英佑の良いところはそれだけじゃない」
平塚の名前は英佑というのかと河太郎は思った。しかもさらっと呼び捨てにしているなんてよっぽど仲が良いのだろう。
「仲良しなんですね。僕、カップル2組に挟まれてちょっと複雑です」
「そういえばそうだね。あまり考えていなかった。ごめんよ河童くん。もう少し配慮すべきだった」
「いえ、良いんです。ちょっと拗ねただけです。我儘言ってすみません。僕ちょっと川に入ってくるんでまた後で」
「お、本物の河童が見つかると良いね。もし、UMAがいたら教えてくれ」
石拾いにも飽きてきたし、なにより暑いので河太郎は川で泳ぐことにした。ついでに変な生き物を見つければ眞子も喜ぶだろう。
冷たい水に入るのは久しぶりだ。河太郎はTシャツを脱いでハーフパンツのまま泳ぎ出す。競泳水着よりは泳ぎにくいが、意外と動けるなと河太郎は思った。流石に練習していた頃には劣るけれど予想よりも腕は落ちていないようだった。
無心で泳いでいると眞子に声をかけられた。彼女は目をキラキラと輝かせている。
「河童くん、すごいねえ。速くて吃驚したよ。それにすごく綺麗だ」
「ありがとうございます。泳ぎは得意なんですよ。河太郎ですから」
「ああ、河童の別名だね。河童くんの名前はとても良い名前だ」
眞子に誉めて貰うと河太郎の心は温かくなった。やっぱり眞子のことが好きだと思った。眞子が笑うと嬉しい。でも、それを言葉には出来なかった。
川から上がるともう日が暮れてきたので宿に戻って風呂に入った。露天風呂はなかなか広くて気持ちが良い。平塚と石神井は後で入ると言うので貸し切り状態だった。身体が温まったのでのぼせる前に河太郎は風呂から上がった。
夕食は山菜や地鶏を使ったものとほうとうが出た。河太郎と石神井以外は少食だったため河太郎は胃がパンパンになるまで郷土料理を詰め込んだ。食後は皆風呂に行くと言うので河太郎は旅館の周りを散歩する。蚊に刺されたが山も近いから仕方ないだろう。誰かが虫刺されの薬を持ってきていれば良いなと河太郎は思った。
ぶらぶらと歩いていると段差があり、河太郎は躓いて転びそうになった。危ないと思って良く見ると少し離れた石の上に眞子が座っていた。暗くて表情は見えなかったがこんな場所にいるのは不思議だった。
「眞子先輩、こんばんは。温泉入らないんですか?」
「いや、入るつもりだったんだがスカイフィッシュらしきものを見つけて追いかけたらそこの段差で転んじゃってね。ほら、見ての通り携帯も壊れてしまった。足が痛くてそこからこの石の上に来るまでに20分もかかってしまったよ。助けも呼べないし詰んだなと思った時に君がきて本当に僥倖だよ」
「なるほど。とりあえず旅館まで行きましょうか。僕が先輩のこと運びますね」
「ああ、ありがとう」
いつかのように河太郎は眞子をお姫様抱っこして歩き始める。眞子は少しだけ戸惑っていたが何も言わずに河太郎に身を任せた。
「いやあ、自分がお姫様抱っこされる日が来るなんてね。タイミングが良くて君はヒーローみたいだよ」
「本当ですか?」
眞子は覚えていないが前に部室で眠る彼女を河太郎はお姫様抱っこで運んだ。眞子の初めてが河太郎だということに気付いてとても嬉しくなった。それにヒーローみたいだって言われて舞い上がってしまう。
「ああ、君は本当に優しくて良い子だよ。オカルト研究会に君を誘って良かった。この後は22時からUFOを呼ぶからちゃんと準備をしておいてくれ」
そう言ってから眞子は微笑んだ。口の片方だけを上げるニヒルな笑い方じゃなくて平塚に対してするように。河太郎は腕の中にいる眞子が愛しくて堪らなくなった。眞子の匂いがして頭がいっぱいになってしまう。
「眞子先輩、好きです。初めて会った日からずっとあなたのことが好きです」
「ありがとう。私も君のことが好きだよ」
「違うんです。僕は女性として眞子先輩が好きなんです」
「河童くん、気持ちは嬉しい。でも、私には英佑しかいない。彼以外とどうにかなる気はない。君のことは好きだ。でも、それは後輩としてであって恋愛的な意味にはならない」
「あ、はい……」
思った以上にバッサリと振られて河太郎は逆に面白くなってきて笑ってしまった。ちょっとだけ視界が滲んだけど気付かないふりをした。そして、河太郎の恋が本当に終わってしまったことに安堵する。自己満足だけどちゃんと振られて良かったと思う。
まだ気持ちを切り替えられないけど宿までの道を眞子を抱えたまま出来るだけゆっくり歩いて帰った。宿にいた平塚は浴衣姿に濡れた髪のまま眞子に駆け寄って、彼女を河太郎の腕から引き離して抱きしめた。それを見て、何だちゃんと両想いなんだなと河太郎は思った。眞子がまめまめしく世話を焼いても平塚はあまり反応していなかったから河太郎はそれに対して腹を立てていたのだ。
抱きしめられた眞子は色黒の肌でもわかるくらい真っ赤になってその声は震えていた。河太郎はそんな2人を見ていられなくなって、膀胱が限界ですと言ってからトイレに逃げ込んだ。
暫くしてから自販機でジュースを買って飲む。前に眞子に奢って貰った商品を選んでしまうあたりがまだまだ未練がましいなと笑ってしまった。
UFOを呼ぶのは眞子の怪我もあり中止になった。平塚からは礼を言われ石神井からは良くやったとバンバンと背中を叩かれた。背中がヒリヒリしたけれど河太郎は悪い気はしなかった。
翌日、眞子の足の腫れが引かなかったため彼女は平塚と一緒に病院に行き、もう一組のカップルはイチャイチャしていたため河太郎は自転車を借りて近所を散策した。
古ぼけた商店の入り口にある昔ながらのアイスのショーケースから河太郎はラムネのアイスを選んで買った。袋を開けてひと口齧ると小さい粒のラムネがシュワシュワした。
河太郎は汗を流しながら眞子のことを考えた。平塚といる眞子は特別綺麗で可愛かった。失恋の傷は暫く癒えないけど、河太郎は次もまた恋をしたいと思うのだった。
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