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第9話 決意した父

 多くの者が亡くなり、火傷やけがをした村人も少なくなかった。その人たちを老人が方術で手当てをしていた。生き残ったものの、家を失って途方に暮れる村人たちの顔は暗かった。彼らはもはや生きる気力を失ったかのように地べたに座り込んでぼうっと遠くを見ていた。

 ジャックは村人たちにかける言葉が見つからなかった。彼もまたこの悲惨な状態の中に立ちつくすしかなかった。


「父上!」


ハンスがジャックを見つけてそばに寄って来た。その言葉にジャックははっと我を取り戻した。


「父上! これは一体?」


ハンスは村人たちがどうしてこんな仕打ちに合うか理解できなかった。しかしジャックはそれに答えてやることはできなかった。


「家に戻る・・・お前も戻りなさい。」


ジャックはそれだけ言った。そして肩を落としてゆっくり歩き出した。その背中は悲しく小さく見えた。ハンスは父の憔悴した様子に、それ以上、話しかけることができなかった。




 伯爵の屋敷では酒宴が行われていた。伯爵は自分に反旗を翻そうとした村人たちに痛い目を合わせることができて満足していた。この上なく上機嫌で側近たちに向かって、


「皆ご苦労であった。今夜は我が勝利を祝おう! 思う存分飲め! よいな!」


と酒杯を持ち上げた。側近たちも


「おう!」


と拳を突き上げた。そして運ばれてきた酒杯を手にもって飲み干していった。


「伯爵様! 万歳!」「万歳!」


側近たちが声を上げた。それに気をよくして伯爵は屋敷中の者にドンドン酒をふるまった。屋敷中で騒ぐもの、踊り出す者、暴れる者・・・それぞれで騒がしかった。それは夜通し続いた。




 ジャックはハンスを家に戻し、そのままマクライの屋敷に行った。そこにはすでにマクライの亡骸が運ばれ、その前で彼の妻のマリーと娘のエリーゼが顔を伏せてじっとしていた。もうずっと泣き続けて涙が枯れてしまったのだろう。ジャックは悲痛な顔をしたまま、そのマクライの亡骸に手を合わせた。マクライの死顔は悲しそうに見えた。


「ルーセント様・・・」


エリーゼがジャックに気付いた。


「この度は・・・」


ジャックが悔やみの言葉をかけようとすると、エリーゼがそばに来て訴えた。


「父が・・・父がどんな悪いことしたというのです! 父は伯爵様のためにずっと尽くしてきたのです。私よりも伯爵様のために・・・。でもどうして伯爵様は父を殺したのです! 私は、私は・・・」


エリーゼはジャックの胸をドンドンと叩いた。ジャックはそのままで、ただ目を伏せていた。


「やめなさい。」


マリーがエリーゼの肩をつかんで引き離した。エリーゼはその場で泣き崩れた。


「申し訳ありません。娘は気が動転しているのです。お気になさらないように。夫は伯爵様に最期まで忠義を果たしたのだと思います。こうなるのを覚悟で・・・」


マリーもまた涙をこらえていた。ジャックは頭を下げるとその場を後にした。



ジャックが家に戻ると、ハンスはソファに座ったままうとうとと寝ていた。昼間の騒ぎで疲れたのであろう。


「風邪を引くぞ。」


ジャックはハンスに毛布をかけてやった。そのハンスの寝姿を見てジャックは父親らしい微笑を浮かべた。しかし彼はすぐにそこから目を落とし、その思いを振り払うかのように奥の部屋に閉じこもった。

 ジャックは明かりもつけず、ただ目をつぶって心を整えていた。そして目をそっと開け、剣をすっと引き寄せて抜いた。窓からの月明かりでその剣は鈍く光った。それは剣士の彼に語りかけているかのようだった。それで彼の決心は決まった。


「私がやらねばならぬ! 許せ、ハンス。」


ジャックはそう言うと、剣をしまってまた目を閉じて瞑想を始めた。


 


 朝になり奥の部屋からジャックが出て来た。その音にハンスは目覚めて立ち上がった。ジャックはこの朝早く、どこかに出かけるようだった。


「父上・・・」


ハンスはそれ以上の言葉が出なかった。目の前にいる父は殺気が漲り、何か恐ろしげに見えたからだった。ジャックはハンスと目を合わさず、ただ一言、


「これを。」


と言って、ハンスに書付をそっと手渡した。


(何だろう?)とハンスがその書付を開けると、それは何と絶縁状だった。ハンスは驚いて父の顔を見た。しかしジャックは無表情のままだった。


「親子の縁を切った。これでお前と私は他人だ。」


ジャックは冷たくそれだけ言うと外に出て行った。ハンスは気が動転しながらも、その後を追いかけた。


「どうしてでございますか!」


ハンスは大声で問うてみたが、ジャックは立ち止まることも振り返ることもなくそのまま行ってしまった。


(一体、どうして?・・・。)


ジャックは訳が分からずに途方に暮れていた。だがその時、あの老人のことを思い出した。


(そうだ。あのご老人に相談しよう! あの方なら・・・)


ハンスは急いで焼かれた村に行ってあの老人を探した。その老人は夜を徹して、焼けなかった小屋で村人たちの手当てをしていた。


「お願いでございます! はあ、はあ。」


ハンスは息を切らせながら小屋の外から声をかけた。そのただならぬ様子に老人は小屋の外に出てきて尋ねた。


「どうされたのかな? こんなに慌てて。」

「父がこれを。」


ハンスは絶縁状の書付を渡した。老人は中を見て目を見開いた。


「これは・・・」

「どうして父が私を・・・」


ハンスはジャックがどうしてそんなものを急に渡したのか、訳が分からなかった。だが老人にはそれがはっきりとわかった。


「これはいかん。お父上は死ぬ気だ。」

「えっ! 父が!」

「そうじゃ。急がねば・・・。間に合えばいいが・・・」


老人はすぐに立ち上がり、外に出て急いで道に向かった。その後をハンスが追っていった。


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