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第2話 背中を叩かれる男

 やがて2人はヨースチン伯爵領に入ってが、そこはなぜか寂しげな雰囲気で包まれていた。そして畑を耕す村人の顔は暗かった。


(やはり以前とは違う。うわさでは聞いていたが、なぜこのように・・・)


老人は辺りを見渡しながらそう思っていた。一方、ハンスは想像していた土地の様子と違って少し期待外れだったが、まだ見ぬ父と会うことに胸を躍らせていた。そこにいきなり、


「どけ!どけ!」


大きな声と馬の蹄の音が聞こえてきた。すると向こうから数頭の馬が道を駆けてきていた。道を歩く村人たちは慌てて道端に避けた。だが一人の子供が転んで道の真ん中に取り残された。


「ロク!」


あわててその母親が助けようと道に飛び出した。そこに猛然と馬が突っ込んでいった。その親子は馬に吹っ飛ばされそうだった。ハンスはあまりの光景に思わず目をつぶって顔を背けた。しかしその瞬間、


「ヒヒーン!!」


と急に駆けてきた馬が棹立ちになって止まった。


(危なかった・・・)


目を開けたハンスはそう思いながら横を見ると、老人が手を伸ばして呪文を唱えていた。いきり立つ馬をなんとかを制御して、狩猟服の男たちが馬を降りた。その顔は怒りに満たされていた。


「どけ!無礼者め!」


彼らはそう怒鳴った。それは貴族とその側近の者たちのようだった。。


「我らの通行を妨害する無礼者め!成敗してくれる!」


その貴族は馬のムチを振り上げてその親子を叩こうとした。すぐに老人が2人を助けようとそのそばに駆け寄ろうとした。だがその前に、


「お待ちください! しばしお待ちを!」


大声を上げて、後から駆けてきていた男がいた。彼は息を切らせながらその貴族の前に跪いた。そしてゆっくり顔を上げて、その笑顔を向けた。


「ジャック! 何用だ! 止めても無駄だ!」


その貴族はまだ怒っていた。しかしその男は優しげな声で、


「このような下賤な者を叩いては御身が汚れまする。代わりに私めをお打ちください。さあ、どうぞ!」


と言うと、その腕を大きく開いた。その様子はまるで道化師のようだった。


「よかろう!」


貴族はその男の背後に回り、その背中をムチでバシッと打った。


「ううっ!」


痛みで男は声を上げた。その顔は苦痛でゆがんだが、伯爵には情けない表情を見せた。


「違うぞ。ジャック。馬ならヒヒーンだ。そして喜べ! よいな!」


貴族はまたムチを振るった。それを肩に食らった男は痛みに耐えて、


「ヒヒーン。」


と無理に笑いながら鳴いた。


「そうか。馬じゃ。馬じゃ。はっはっは。」


貴族は愉快そうに笑った。怒りは解けていっているようだった。その間に男は気づかれぬように後ろ手で合図すると、親子は頭を下げてそっとそこから逃げて行った。


「お前たちも打ってやれ! ジャックは馬になっておる! カノーテ!」


貴族は側近の者の一人を呼んでムチを渡した。


「はっ!ジャック殿。伯爵様の御命令じゃ!」


ムチを受け取ったカノーテはジャックをムチで打った。そのたびに、


「ヒヒーン。」


と男は痛みに耐えて笑顔で鳴いた。



 その光景を遠くからハンスは見ていた。あまりにも情けない男の姿であったが、彼がジャックと呼ばれているのに気付いた。


(父上?まさか・・・)


ハンスはその道化師のような男が父であるはずがないと思いながらも気になっていた。



男はさんざん馬のムチで叩かれていた。その度に馬の泣き声を漏らしていた。


「もう、これでよかろう。ジャックは馬だからこのまま走ってついて参れ!さあ、行くぞ!」


伯爵はまた馬にまたがるとお付きの者とともに道を駆けて行った。男は立ち上がりその後を追おうとした。その男の背中はムチで傷だらけになっていた。ハンスは気になってその男のそばに寄って声をかけた。


「すいません。もしかしてあなたはジャック・ルーセントという方ではありませんか?」


呼び止められて男はハンスの方を見た。その目には鋭い眼光が宿っており、先程と違って厳しい顔をしていた。


「そうだが・・・」


その男は答えた。それは紛れもなくハンスの父親だった。伯爵家の指南役の剣士をしているという・・・。


「では父上ですか? ハンスです。あなたの息子のハンスです。」


ハンスは言った。するとジャックの目に驚きと同時に喜びの表情が浮かんだ。だがそれはすぐに消え、元の厳しい顔に戻った。


「今はお勤め中だ。この先の私の家を尋ねて待っておれ。夕刻には戻る。」


ジャックはそれだけ言い残してまた伯爵を追って道を走って行った。

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