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おもいつき短編集

僕らが異世界に行くまで ――Until go to Beyond Universe.

作者: ジッタK

気がつくと男は白い空間に立っていた。

壁と床の区別さえつかない、真っ白な空間だ。

男はひとりではなかった。

男の周りには、ざっと数えて100人ほどの男たちがキョトンとした表情で突っ立っていた。

自分も同じような顔つきをしているのだろうなと思い、男は無意識に顎を撫でた。


「諸君、こちらに注目したまえ」


唐突な声に振り向くと、そこにはローブを着た白髭の老人が立っていた。

まるで神様のコスプレのような老人だった。


「さよう、私が神である。そして、そう、私は君たちの心が読める。私の気分を害さぬよう、考えることには注意をするように」


そんなことを言われたら、思考が暴走するに決まっている。

男の脳内から冒涜的な文言が次々と沸き上がった。

神を名乗る老人は舌打ちをし、手を軽く振った。

途端に男の脳内は虚無のような平静にが訪れた。


「説明を始めよう。君たちには異世界に行ってもらう」


問答無用で神は語り始めた。

荒唐無稽な状況であったが、いかなる動揺もなく、男は神の言葉が理解できた。

おそらく神の力で強制的に理解させられているのだろう。

「テンプレキター!!!!」と考えることさえなく男は神の言葉を聞いていた。


「異世界の神との取引でな。こちらの人間を何人か向こうに譲渡する事になった。その人間の質はこちらが選別する。よって私はこの世界で最も不要と思われる人間たちをこの場に呼び寄せた。そう、君たちのことだ」


世界でもっとも不要な人間……。

なんという屈辱的な言葉であろうか。

しかし、男は反論はおろか顔をしかめることすらできなかった。

神の御力で言動を制限されているのだ。


「君たちは働かず、学ばず、信仰心もなく。誰にも必要とされず、引きこもり、世界の営みになんら関与していない。にもかかわらず飯は一人前に食い、親に心労を与え、真面目に働く者たちの意欲を減退させ、社会に堕落の種を蒔いている。言わば復帰できない敗残兵だ」


確かに自分は引きこもりのニートだ。

でもちょっと言い過ぎ、というか言いがかりが過ぎるのではないだろうか?

という男の疑問は一瞬で虚無に飲み込まれた。


「しかしそんな君たちでも、この世界に生を受けた迷える子羊に相違ない。よって旅立つに前にギフトを授ける。今から1時間以内に欲しい物あるいは能力を決めよ。それまでに決められなかった者たちには一律、魔術の才能を与える。ではさらばだ」


そこまで語ると、神は煙のように消え、跡に高さ3mほどの石柱が現れた。

その石柱に触れながら欲しい能力を告げると、ポイント的なものの許す範囲で願ったギフトが得られるようだ。

一人一人に不老不死さえ叶えられるほどのポイントが付与されているようだが、得られるギフトは一つだけ。

低コストの物や能力だからといって一人がそれらを複数得ることはできない仕様らしい。

男にはそれらのことが一瞬で理解できた。

石柱の天辺には分針だけの時計盤が埋め込められており、針はちょうど0分の位置を指していた。


「えっと……」


誰かが呟いた。

長年引きこもっていたせいで、声帯を震わせるのも久しぶりだ、というような声音で。

強制的な平静が終わりつつあった。

最初の呟きを皮きりに、方々から声が上がる。

しかしそれらは決して会話にはならなかった。

長年引きこもっていると、簡単な日常的な会話でさえ出来なくなる。

当然、男もそうだった。


(敗残兵か……)


神の言葉を思い出し、たしかにその通りだと男は思った。

男は敗れ、傷つき、引きこもった。

奮起して頑張るとか、憤慨して逆襲するとかができない性格だった。

その結果が異世界への追放である。


とはいえ、座してこの境遇を受け入れて良いものだろうか?

大変なことが起こっているのだ。

いま行動を起こさなければ困ったことになるだろう。

どうすればいいのか?

男は錆びついた頭脳をフル回転させ、熟考した。


いま。

時計の針が1分を差した。

男は意を決して発言した。


「み、みんなっ……。き、聞いてくれ……さい」


ざわめきが止み、100対以上の瞳が男に向かう。


(うわっ……)


引きこもりにとって注目されるということは、最も恐れることのうちの一つである。

物理的な圧力さえ感じ、途端に動悸と息切れ、発汗、震えが男を襲う。

少しだけ幸いだったのは、向かってくる視線のほとんどが微妙に反らされている点だろう。

引きこもりは、他人と目を合わせるのを良しとしないのだ。


「えっと、状況はみんな分かってると思うけど、あの……うまく、上手く説明できないから、いまから、その俺が最初にギフトを貰ってみようと思うけど、そのあとでちょっと話を聞いて欲しいと思うんだけど…………」


つっかえながら男が言い、男たちを見返す……というか視線を彷徨わせると、彼らから微弱な肯定の身振りが返ってくる。

男は頷く……というかカクカク首を揺すりながら石柱の前まで歩き、それに触れた。


時間が凍った。

動いているものは自分も含めて何もいない。

ただ自分の思考だけが肉体を離れ、魂を映す鏡の前にいた。

男は自分の望む能力のイメージを鏡に向かって伝える。

そうすると鏡に映った魂の色や形に変化が現れる。

その変化を見ながら、男はイメージを追加したり訂正したりし、能力を修正していった。

満足がいくと、男は決定の意志を伝える。

ポイント的なものが半分以上残っていたが仕方ない。

男が欲した能力はこの場にいる全員が助かるために、絶対必要なもののはずだった。

それに男の考えが当たれば、残ったポイントも無駄にせずに済む。


「みんな、ちょっと集まってくれ……さい。半径10mくらいで」


ギフトを手に入れた男は石柱を離れると、男たちの中心に向かい、そこで言った。


「《以心伝心》!」


ギフトを使うのにその名を叫ぶ必要はない。

たが男は新たな能力を手に入れ、少しばかり高揚していた。

故に叫んだ。

長年引きこもっていたせいで、声帯を震わせるのも久しぶりだといった声音で。


「なるほどぉ」


誰かが呟いた。


「確かにその通りだ」

「……ありうる」

「ということは……」

「うん、そうするしかない」

「つまり、一番のネックは時間……」


たどたどしくも会話が始まっていた。


「じゃあ、ぼ、僕が二番目に、い、行きます」


痩せぎすな男がそう言って石柱に向かった。

痩せぎすな男が石柱に触れていたのはほんの数秒だった。


「《共存共栄》!」


痩せぎすな男が叫んだ。

男もその隣で叫んだ。


「《以心伝心》!」


ギフト《以心伝心》は考えていることを正確に、整然と伝える能力だ。

はっきり言って一流企業の会社員が勤まる程度の人間にならば必要ないギフトだ。

しかし、会話スキルの低すぎる引きこもりが意志伝達をするためには必須の能力といえる。

そして《共存共栄》という、使用者を中心とした一定の空間内で任意の能力を共有するギフトのおかげで、男たちは全員が(限定的に)意志伝達の達人になった。



「よし、準備完了だな」


神が去ってから59分が過ぎていた。

男たちの半数近くが何らかのギフトを得ていた。

取得されたギフトは《以心伝心》のような、ちょっと頑張れば独力でも似たような能力を得られるようなものから、魔法的、あるいは神のごときと形容されてもおかしくないものまで多種多様であった。

しかし、この場でギフトを得られなかった半数以上の男たちを含め、不満を覚えているものはいない。

納得がいくまでみなで話し合った結果なのだ。

男たちの顔には僅かながら笑みがあった。

長年引きこもっていたせいで、表情筋を動かすのも久しぶりだというような小さな笑みが。


「僕たちは、言わば運命共同体だ」

「あれ、やっちゃう?」


《以心伝心》を活用した話し合いは、男たちのあいだには相互理解による友情のようなものを発生させていた。

引きこもる前……傷つき、敗れる前の『平和な日々』を思い出し、少しばかり浮かれていたのだ。

だから、後で思い出せば、赤面して足をバタバタさせてしまうようなことをしてしまった。

彼らは声を合わせて言った。


「俺らはお前らのために! お前らは俺らのために!」


いま。

時計の針が頂点を差した。



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