同行者
頑張ってこー
昏い森の中をフラフラと歩く。
歩く度に脇腹から激痛を感じ、自分の身体から血液が流れ出ていくのが分かる。
「救世の勇者様なのにその程度?弱いですね。もしかしてあれですか?かつての仲間には攻撃できないとかそんな奴ですか?ばっかみたい。」
情け容赦なく殺意に塗れた爆裂魔法が背後に着弾。内包された金属術により生成された金属片がさらに俺の背中を襲う。
「グッ」
内臓にダメージが入った。骨にまで何かがくい込む。立ち上がることも出来ずに無様に地に伏すしかない。
「ハッ」
目を覚ませば柔らかな日差しが窓から差し込み、爽やかな風がカーテンを揺らす。周囲には誰の姿もなく。血の臭いもしない。悪い夢を見たような感じだが、あれは実際に起きた事。脂汗がじっとりとシーツを汚し、唇はカラカラに乾いていた。
「おはよう。酷い顔ね。悪夢でも見たの?」
「まぁ、そんなところだな」
二週目の世界が始まり、既に五日が過ぎた。何事もなく平穏な日々。毎日ギルドで発行された依頼をこなし、薬屋に回復ポーションを売る。そんな日々。そんな静かな日々はたった三人のモヒカン頭によって奪われた。
「おいオニィさんよ。パブロの所で結構儲けているみたいじゃないの?困るんだよなぁそういうの。ちゃんと報告してもらわないと。オニィさんこの街初めて?」
「あ?」
路地裏に連れ込まれ、話を聞いてみればこれである。早速面倒事だ。いっそ殺してしまうか?彼らを殺したところで俺の良心は欠片も痛まない。しかし、彼らが連れている奴隷らしき少女は気になった。
「おい、お前。そのロザリオをどこで手に入れた?」
「……。」
モヒカン頭を無視し少女に目線を合わせると少女は困ったような表情を浮かべた。
「オニィさんよ。今は俺が喋ってんだろうが!てめぇどこ見てんだコラァ!ナメてっと殺すぞてめぇ!」
カチリとスイッチが入るような感覚があった。
「……あぁ。『殺す』……『殺す』のね。じゃあこちらも応対しなくては公平じゃない。」
「ひっ……。」
「あ、いや、本気にするなよ。冗談。冗談だって。」
「た、助け……。」
「お前らは冗談で人を殺せるのか?なんの覚悟もなく。その辺の虫けらを殺すように殺せるのか?なら殺してみろよ。さぁ、俺だってタダで殺されてはやらない。お前ら全員を先に殺してやるよ。試してみろよ。ほら、そのナイフは飾りか?深く構えてほら俺はここにいる。手を伸ばせば殺せるかもしれないぞ?さぁ、ほら。」
「ひっ」
一人は泡を吹き倒れ、一人は奥歯をカチカチ鳴らしながら虚空を見つめ、一人は朽ちかけた小箱に入り懺悔を始めた。
『精神魔法:邪を獲得しました。』
邪とは失礼な。俺はただ彼らの殺意に殺意を持って応対しただけなのに。
怖がらせてしまったかな?と少女の方を向けば少女は青い顔で必死に耐えていた。
「……すまない。怖がらせてしまったね。」
少女を小脇に抱え小箱に向かわせた後、背中をさすってやる。すると、数分後に少女は回復した。
「すまないな。君に当てるつもりはなかったんだが。大丈夫か?」
少女は言葉を発することなく首肯する。
「えっと、君は奴隷なのか?」
首肯。
「さっきのヤツらの?」
否定。
「なぜあの路地に居たの?」
首を傾げる。
「……一人で生きていける?」
否定。
「一緒に来るか?」
首肯。
「名前は?」
「……。」
「えっと……うーむ。」
とりあえず受けてきてしまった今日の依頼がある。しかし、彼女を街外れのモンスターエリアに連れていくのは気が引ける。
依頼達成期日も先で現状少し冒険者業をサボっても金には困らない。俺自身今日は疲れたため、少女を連れて仮拠点に戻った。
「あら、今日は早いのね。って……どこで拾ったのその子。」
「裏路地で絡まれているところを保護したんだよ。女将さん、二人部屋って空いてる?」
「空いてるよ。朝食付きで一泊銀貨一枚。連泊するなら五日で銀貨三枚ね」
「女将さん。それで元取れてるの?じゃあ五日で。」
女将さんの手に銀貨を五枚握らせる。
「あんたみたいな客ばっかだといいんだけどね。」
「はは。」
部屋を二人部屋に移すと直ぐに湯船を準備する。この世界では湯船が一般的ではなく、庶民は川で水浴びをするかたらいに張った湯で済ます。しかし、純日本人で風呂が好きだった俺はそれに満足することが出来ず、前回の世界で風呂を作成した。ここ数日のレベリングで得たスキルポイントを全てそちらに向けるくらい。優先度が高い。
「さて、お前さん、取り敢えず風呂入れ。」
「……?」
ストレージから防水処理をした樽と魔法陣を焼き付けた板を二枚用意する。後は魔法陣の真ん中にモンスターから取れる魔石を置けば準備完了だ。これだけでいい。しばらくすれば異世界式五右衛門風呂の完成である。
本来は自分の魔力で水量を調節できるが今回は少女が魔力を上手く扱えるか分からなかったので自動式にした。
排水は空間魔法で作った亜空間に流す環境に優しい設計である。
「俺はちょっと出てくるから先に使うといい。」
「……。」
恐る、恐ると言った感じで少女は湯に手を入れるとその温かさに驚きながら湯船に飛び込んだ。
「あ、服脱がねぇで入ったら……まぁ、良いか後で教えよう。」
服屋で少女用の服を調達する。本格的な服は本人に選ばせるとしてまずは着替え用に服を整える。更に準備を整え部屋に戻ると樽の中でずぶ濡れになった少女が着替えを心配していた。
「次からは服脱いでから入れよ。じゃないと服まで濡れるからな。」
着替えを仕切りの中に放り込むと少女はさっさと出てきた。
『スキル:念話を獲得しました。』
「何?何故だ?」
『優しい人。どうもありがとう。』
頭の中に直接鈴のような心地よい声音が響く。周囲を見渡してもその言葉を発しそうなのは目の前にいる少女に他ならない。
『……なるほどずっと話しかけてくれてたんだな。すまねぇな今念話使えるようになったわ。』
『え?……。』
湯浴みのおかげで透き通るような白い肌を取り戻した少女は顔から湯気がでそうなほど赤く染めるとそのまま俯いた。
『そういや名乗ってなかったな。明日無 悠斗だ。お前は?』
『……シ……シルキー。』
『シルキーか。宜しく。』
汚い外套で覆われていたシルキーは見違える程、綺麗になっていた。少しウェーブのかかった白い髪、透き通るような白い肌。紅い瞳。そして……黒い角?……。
『お前さん鬼の類か?』
『はっ……。え……えと……。』
『まぁ、俺にとってはどうでもいいや。改めて。よろしくな。』
『聞かない……の?』
『聞いたら教えてくれんの?』
ふるふると首を振る様は犬のようである。
『ならいいよ。シルキーの良いタイミングで言えばいい。見ず知らずの人間に話すような事でもないだろ。』
『……優しい人。』
『シルキーは戦えるのか?』
『……多分?』
『なんだそりゃ。まぁいい。明日の朝武具屋に行く。今日は夕飯食ったら早く寝ろ。』
『……分かった。』
夕食を帽子屋亭で済ますとシルキーはよっぽど気を張っていたのか帰る途中で眠ってしまった。
「やれやれ……。食ったら寝ろとは言ったがせめてベッドで寝ろよな……。」
眠ってしまったシルキーを背負うとそのまま会計し、部屋に戻って寝かしつけた。
寝ていることをいいことに手首や足首に軟膏型の回復ポーションを塗る。どうやら長い事手枷や足枷を嵌められていたらしく、傷だらけになっていた。
「ひでぇ事しやがる」
見た目は地球基準中学生くらいだろうか。精神年齢成人済みの俺からしたら子ども同然である。そんな子どもにこんな仕打ち……。決して許せることではないがこの世界では普通のこと。下手な親切心は他人を傷つける。
一通り治療を終えると俺も床についた。
次回は9/22予定