「激動の一日と分裂の症状」
5月10日
今日は激動の一日だった。
少し思いのたけをぶつけ過ぎたか。エマは混乱し、部屋に引きこもってしまった。
こっちだって混乱している。
背中を何かが蠢く気配がし、急速に闇欲が失せて行っているのだ。
嫌な予感がするが、なるべく顔に出さず黙っていよう。
分裂。
まさかとは思うが、年齢から鑑みるに、あり得ることだ。
魔王が分裂する時期、体も急速に変化を遂げるのだと言う。
これは歴代の魔王の日誌で確認済みだ。
認めたくないが、これもあって俺は本能的にエマを連れて来たのかも知れない。
きっと彼女もいつか俺のこの行動に、疑問を呈す日が来るだろう。
「私は子どもの世話係?」
そう言われて嫌われたら……その時はその時だ。
潔く彼女を手放すとしよう。
それにしても。
エマの幼馴染を演じ続けて来たメイデンという奴は、一体なぜこんなに長生きなのだ?
ちょっとおかしい。本当にあのメイデンなのだろうか。
蘇生魔法を使ったとしか思えない。寿命を延ばす魔法はこの世にないが、蘇生させる魔法は存在するからだ。
古代の禁忌魔法。
あれを誰かが使ったのか?だとしたら、一体誰が。
単一主義のためだけに殺されたら、人間も魔王もたまったもんじゃない。
ま、エマも人間第一主義でここに来たようなものだけど──俺を殺すことはやめることにしたようだ。
正直ほっとしている。
こんなこと日誌だから書けるが、エマともう少しだけ一緒にいたい。
出来るだけ長く。
彼女の方が先に死ぬ。けれど、エマが老婆になっても愛する覚悟は出来ている。今日出来た。
闇欲が失せると、魔王もこんな人間的なことを考え出すのだな。驚いた。
人間の男が皆このように女を愛していると思うと、案外人間も悪くないと思う。
俺にしたら一瞬の人生を、彼ら、彼女たちは協力しながら駆け抜ける。
尊いものだったのだ。
2000年生きてようやくそんなことが分かるなんて、魔王は人間より馬鹿だったんだな。
エマ。
もう少し付き合っていて欲しい。
体は変化して来ているし、新たな敵が現れるし、客人は増えるし……
内心、不安でしょうがない。
けれど虚勢を張っていなければいけないんだ、魔王は。
一応、過去に魔族から選別された種族だから──弱みを見せるわけにはいかないんだ。
嫌だな。今日も背中が痛い。