「敵意と好意」
5月9日
木偶に命令して、エマにぴったりのドレスを作ってもらった。
今のところ三着ある。白いハイウエストのゆったりドレス、青くてシャープなケープドレス、グリーンのコルセットドレス。
白いのが一番良かったので、これを着せるよう木偶メイドに言い渡す。
うーん、見立て通りいい。
だけど、それを着ている時の、顔がなぁ。
めちゃくちゃ敵意剥き出し。気を抜いたら殺されそう。
その眉間の皺、なんとかならないのか?
ああ、でも凄くいい。でも辛い。
魔王心は難しいのだ。
基本的に、魔王は人間の悲しみや憎しみの顔が好きなのだ。闇欲を刺激されるから。
けれど、昨日エマを拾ってから、俺の闇欲は面白いほど引いている。
今の俺は昨日と違って、彼女の笑顔を切望しているみたいだ。
水瓶で見ていた時のような、無防備な顔。
ああいう顔が見たいんだ。贅沢な願いだろうか。
暇は劇薬だろうから、エマを図書館に連れて行く。
ようやく笑顔が見られてほっとする。そういえば彼女は、子供の頃からたくさん本を読んでいたな。
さて適職が盗賊ということで、レッスンを施してやることにした。
俺だって殺されてはたまらない。けれど、彼女が俺を殺したがってるみたいだから相手をしてやろう。
いやはや。魔法にもかかりやすかったけど、剣術もてんで駄目だな。
いくら勇者の傍流とはいえ、可哀想になって来る。
向かない努力を日がな一日中やらされるって、どんな気持ちだろう。
親のいいつけで、人間の短い青年時代を潰されて。挙句に幼馴染みに裏切られるだなんてね。
多分エマは誰かを殺したり、傷つけたり、憎んだりするのに向かないんじゃないかな。
だって、俺のことも憎み切れてない。
誰が、憎んでいる相手の接吻をそのまま受け入れる?
魔王の角で出来たカメオなんか嬉しそうに受け取る?
俺の思い上がりかもしれないがあいつ、もう、俺のこと憎むのやめてるだろ。
彼女は他者からの好意に飢え過ぎているのではあるまいか。
しかも無意識に、だ。本当に、ぞっとする。
エマは誰かの好意を受ける経験が少な過ぎた。
だから俺の好意をすんなりと受け取ってしまうのだ。
水瓶でも見ていたが、彼女は余りにも誰からも愛情を向けられなかった。
親でさえも親友でさえも、勇者というフィルターを通してしか、彼女を評価して来なかった。
女性扱いしたのは、もしかしたら彼女の人生で俺だけなのかもしれない。
辛すぎるな。
……とか言いつつエマの境遇を思うたび、にやけが止まらない。
闇欲は罪深い。