「出会い」
5月8日
今日、魔王城の前で簀巻きにされている勇者を拾った。
その泣き顔。
最高に美しい。
絶望にうちひしがれる彼女の顔に、ちょっと頭がどうにかなると思った。
闇欲がひどくそそられる。官能的な眺め。
俺もそろそろ分裂を始める頃だし、闇欲をもう少し補給するべきだろう……などと己に言い訳して、城内に連れ帰る。
水瓶でずっと観察していた、勇者なる女。
彼女は四六時中俺のことを考え、俺の殺し方を教わって、ようやく俺の根城を探し当てたのだ。
だというのに、彼女は何でこんなところで縛られて転がっていたんだ?
仲間はどこへ行った。同じ村で、ずうっと過ごして来た親友は。
尋ねてみると、裏切られたのだと言う。
そのシチュエーション最高過ぎる。こんなご褒美なかなかないぞ。
ずっと話を聞いていたい。
ずっとその悲しみに打ちひしがれる美しい顔を見ていたい。
勇者は泥まみれの捨て犬みたいになっていたが、洗ってやると見違えた。
柔らかな金糸の髪に、エメラルドの双眸。
白くてすべすべした肌。
絹の寝間着を着せてやると、なかなかいい。
間近で嗅ぐ、女の香。
何だか別の欲が沸き起こって来るような……
体が変だ。
闇欲を発散し過ぎて、まさか分裂が始まってしまったと言うのだろうか?
かつての魔王の日誌に、似たようなことが書いてあったのを見た気がする。
「分裂が始まる時、人間の女がいつもより魅力的に見える。別の衝動が起きる」
と。
これがそれなのだろうか。
水瓶越しに見て来た勇者。彼女はエマという名らしい。
エマ。
さんざん頑張って来たのに、魔王に拐されるとは無力だろう。
あんまりいい顔するから、もう少し眺めていたい。
たくさん話がしたいし、触れてみたい。
キスまでしたのは悪手だったかもしれない。
けれど気持ちが抑えられなかったんだ。本当にごめん。
女を知りたての餓鬼なんだ。
本当に辛いなら手放すことも検討するから、どうかそれまで近くにいて欲しい。
我儘が過ぎるかな……