第1章11 【索敵】
辺り1面草原が広がる。リズム良く、2頭の馬が草を踏みしめる音が耳に響く。ユティンから新たな命令を受けて、数十分後には出発をした。食糧や弾薬はもちろん、コトハの弓も一応準備し、馬を2頭用意した。
一頭にはコトハと荷物を載せ、もう1頭にはグスターボが手綱を握り、俺は後ろにしがみついている。コトハの馬ほどではないが、さらに背後には荷物が積んであり、この馬にかかる負担は大きい。
「トシヤも馬に乗れるようになったらいろいろと楽なのにねえ」
「俺もそうしたいところなんだけど、それはまだ無理そう」
馬上で口元を抑えて笑うコトハを尻目に前を向く。
スエナと馬に乗って村に駆けつけた際、馬上での揺れや振動には慣れたし、狙撃も思いの外簡単にできた。平衡感覚が元々優れていたおかげだろうか。だが、1人で馬に乗れるのかというと話は別だ。馬をどう扱っていいのか分からない。この世界で数日を過ごして分かったが、車のような便利なものはない。落ち着いたときに馬の乗り方も学ばなくてはいけない。
「私だってこの世界に来るまでは馬に乗れなかったし、別に馬鹿にしてる訳じゃないのよ」
「俺は家に牧場があってな。馬や羊を飼っていたぜ。だから馬はガキの頃から乗り回してたぜ。どうだ、その腕見たくなってきただろ?」
グスターボがかかとで馬の腹を蹴る。手綱を力強く握り、馬を一気に加速させる。スエナと乗ったときよりも明らかに速度が速く、振り落とされないようにグスターボの体を掴む。
「待て! 待って! 落ちるから」
「おいおい、サムライの国の男がそんなんでいいのか?」
「2人ともいい加減にしなさいよー」
グスターボが豪快に笑っているのをコトハが苦笑する。そしてなぜか俺もまとめて注意を受けた。
「いい? これは遠足じゃないんだから。いつ怪物たちが出てきてもおかしくないんだからね?」
「んなこと言ったって、普通に考えたら近くにはいねえだろ。最初に120の群れを発見した場所はまだまだ20キロも先だ。それより村側にいるとは考えにくい。手がかりすらまだ見つけてねえしな」
グスターボが馬の速度を緩めるも、反抗する。コトハが後ろから追いつき、並びながら馬を走らせる。
俺たちは村を出て、南西の方角へ進んでいる。怪物たちがそちらから来たということと、さらにその遥か先に怪物たちの森があるということから、ある程度の予測を立てて進路を決めた。仮に俺たちの任務が空振りに終わったとしても、ユティンやアイザックら、大半の部隊は守りを固めているので、戦闘になったとしても何とかなる。もし残留組が接敵した際は、のろしを上げて俺たちに知らせることになっている。
そもそも、その戦闘を防ぐために俺たちの任務があるため、しっかりとこなすことが不可欠だ。
村に攻撃に来た群れの足跡を追って馬を走らせて10キロ。まだ出発からそんなに時間は経っていないが、まだ何も手がかりを得ていない。与えられた日数は5日。2日進んで何もなければ、戻って来いとユティンに命じられた。敵の拠点があるだろう、という憶測の元で立てられた任務でもある。「深追いする必要はありません」とユティンは隊の消耗を防ぐことを第一条件としている。
「なあサムライボーイ。暇つぶしにお前のこと聞かせてくれよ」
「答えられる範囲なら」
口数の減らないグスターボだが、それを無視すること非情さはない。周囲の警戒は怠らず、コトハも含めた3人で会話を続ける。
「さっきの狙撃は実際に見てねえが、700メートル先の標的を事前準備ほぼなしで、しかも1発で狙撃できるなんて見事としか言えねえ。どこで狙撃を学んだ? お前ぐらいの腕利きはアメリカ軍でもそうそういねえ。トップクラスだ。いや、もしかしたら全員お前に劣っているかもしれねえ。なんでそんな奴が日本にいる? サムライはカタナだろ普通」
「警官になったときから狙撃専門に訓練してきたんだ。日本も優秀なスナイパーを生むために、他の警官とは全く別のカリキュラムで育てられてきたんだ」
「すげえ時代になったもんだな」
「時代も変わってきてるからな」
「でもそのおかげで俺ら・・・・・・というよりは、アリラス公国はとんでもない力を手に入れた訳だ。寝返るんじゃねえぞ」
「そのつもりは全くない。この世界に転移して、スエナという女の子に出会って、その子の村を守ろうとした結果、君たちに出会えた。降り注ぐ火の粉を払うという訳ではないが、俺はあの子たちを守りたい。それだけだ」
「そんな少女なんか他の国にもいるぜ?」
「そう言われたら何も言い返せないんだけど」
「グスターボ! そんないじわるなこと言わないの」
言い返せなく、返答に困っている俺にコトハが助け船を出す。グスターボも「わりい、今のはいじめすぎた」と謝る。
「トシヤがこの世界に来たのも、この場所に転移したのも、何かの運命でしょう。そして、私やグスターボ、アイザックたちが揃いも揃ってアリラスにいるのも運命。この世界の神様が私たちに何かを期待しているのかな」
「さすがお嬢さんだな。もしここにも神というものがいるんだったら、平穏に暮らさせてもらいたいところだ」
「そのために私たちが飛ばされたのかもね。でもなら、その神様が私たちのところに来て、こういうことをなさいって説明してくれてもいいのにね」
「それなら楽ではあるが、攻略本片手にRPGを進めるようなもんじゃねえか。せっかくならこの生活を楽しもうぜ」
「生活を楽しむために銃や弾薬も自作していたのか? 趣味で狩りをやって、そのために作ること自体は分かるが、ライフル用の弾薬も作っているのは、なかなか変態的な発送だぞ?」
俺が使っているライフルのM24A3。弾薬も・338ラプア・マグナム弾と長距離狙撃が可能なものだ。それを撃つ術がなかったのに、わざわざ用意していたことは不自然だ。
「やっぱスナイパーってかっけえじゃねえか。男のロマンだよ。スナイパーライフルも作ろうって考えてたんだ。実際に試作もしてみたしな。その残り物だよ。でも結局うまくいかなくて開発は中止にしてた。でもお前みたいな奴が現れたから弾だけは量産体制に入らねえとな」
グスターボの返事以降、3人の会話が途切れた。馬が地を蹴る音と、風を切る音だけが耳に響く。
そこから数時間が経った頃だろうか。それまで誰かが言葉を発して、それに一言二言答えるといった断片的な会話しかなかった。突然コトハが「ん?」と短く発し、馬を止めた。
「どうした?」
異変に気付いたグスターボも馬を止める。ここまで平原が続き、先には林が見える。
「なんか焦げ臭くない?」
コトハが林を指さす。鼻に意識を集中させて、空気を吸い込む。確かにほのかに何かが燃えている臭いがする。
「俺は全く分からねえ。トシヤお前はどうだ」
「確かにしなくもない。何かが燃えているような臭い。火事?」
「私、鼻がいいから結構感じる。林の奥の方かな。でもそんなに遠くはない」
「マジかよ。前世は犬か?」
グスターボの軽口をコトハはスルー。緊張感を漂わせる。
「トシヤなにか見える?」
コトハの問いかけに応じてスコープで林を覗く。木々が生い茂り奥は暗闇になっているため何も見えない。
「見える範囲では何もない。でも奥まで見えないから、その先はどうなっているか分からない」
「なら馬をどこかに留めて徒歩で行ってみるか? もし奴らがいるには隠れるのに絶好な場所ではある。平原にポツンとある林を拠点にするなんて、逆に目立つ気もするけどな」
「グスターボの言う通りね。でも可能性は十分にある。馬だと目立つかもしれないし、そうしましょう」
再び馬に乗り、林の入り口まで進む。馬から降りて細い木に手綱を結んだ。
グスターボは片手で振れるほどの剣を腰につける。コトハは弓を取り出して、戦う準備を整える。
「よし、行こうか。」
コトハが俺たちの目を見る。俺とグスターボは頷いて、林の中に入る。