1話 プロローグ
俺、有坂陽哉様はこの世界を憎んだ。
何故、最強の陽哉様が、こんなに恥をかいてんだべ?
何度も聞き返す俺に、受付の可愛い20代前半くらいのボインねーちゃんは、カウンターに肘を付きながらめんどくさそうに言う。しつこい俺にイライラしているんだろーな。
「だから…貴方の職業は…」
「いやいや、なーに言ってんの?女の子には紳士ジェントルマンな俺だけど、流石に激おこだぞ?俺の耳がおかしいのか?オーケーオーケー。さあ、もう一回言ってくれよ、聞き直すわ」
「し、しつこい……もう5回目なんですが!しかも紳士ジェントルマンってなんです!もう…!」
「ちん◯んジェントルマン?」
「下品!しかもこの男下品!!もう追放してください!!」
ボインちゃんは顔を真っ赤にして抗議しているが。(俺も股間を真っ赤に膨らましている)
その光景を俺の隣で見ていた少女は、俺をなだめた。あくまでも自分の手に大事そうに持っているカードを、ニコニコ嬉しそうに見つめながらだ。
そのカードはあっちの世界でいう身分証明書みたいな物だ。世間を知らなかった彼女は、とても嬉しそうで微笑ましい。しかし今は俺にとっちゃそんなのはどうでも良い。
「ハルヤさん?何がそんなに嫌なんですか?凄いことなんですよ?ほら皆さんも尊敬の眼差しで貴方を見つめていますっ!」
少女は可愛らしく首を傾げながら俺に言う。何故こんなにも俺が嫌がっているのか本気で分かっていないのか。まあ分かるはずはねえべな。
確かにこの小女が言うように、この町のギルド?に集まっている連中はみな自分のことをほったらかしにして俺の事を見ている。
だが、俺にはバカにしてるようにしかみえねぇ…(現に受付の女に股間を膨らましている奴は馬鹿だと思うが)確かにこいつが言うように尊敬の眼差しなのかも知んねーけど。
その眼差しがうぜぇ。カタギを脅すのは陽哉様ポリシーに反するが、この世界は俺を中心に回っている。
邪魔なやつらは除外だぜ。
「オラァ!!!見るな見るな!!見せもんじゃねーぞコラ!!」
俺は周りの連中を睨みつけた。だが誰も俺にビビる奴はいなかった。あっちなら俺がガンつければ、そこらのもやっぺー奴は逃げ出すだろうが、此処では通用しないらしい。意外と肝が据わっている奴らのなのかもしれない。侮れねぇな。
それどころか周りからは歓声が送られる。なぜ?しかもちーーっとも嬉しくなんてねえ。
痺れを切らした受付のねーちゃんは、無理矢理俺にカードを押し付けた。
相変わらず隣の少女は、自分のカードを大事そうに両手で持ちホクホクしている………ちょっち可愛いけどな。俺はロリコンじゃねえ…
「はいっ!もう受けとって下さい!何を認めたくないのか知りませんが、これが貴方のカードです!自分の目で確かめてください!」
普通は凄く喜ぶところなんですがーっと呟くねーちゃんから、無理矢理渡されたカードを睨みつけた。結果が変わるわけではないけどな。
続けて受付のねーちゃんが俺達にカードについての説明をする。
そんな中俺はいら立ちを抑えることができず、貧乏ゆすりをしてしまう。受付立ちも抑えられねえけども。
「このカードについて説明します。今時珍しいですが、貴方たちは全く知らないのですよね?そちらのお嬢さんも聞いてね?」
受付のねーちゃんは俺の隣の少女にも伝えるが、少女はプクっと頬を膨らまし抗議した。
「お嬢さんもじゃありません!!!お姉さんです!!!私の胸を見てくださいよ失礼ですね!」
んなことどーでも良いだろ、見た目ガキの癖に生意気に巨乳を強調しやがってよ!くそ何に対してもイライラしやがる。
誰か殴らせろ!その胸揉ませろ!そして収まれもう一人の俺!イライラ棒ーー
「め、めんどくさい人達ですね!兎に角聞いて下さい!」
受付のねーちゃんは先程まで肘をつけめんどくさそうに接していたが、身なりをサッときれいに整え直した。
コホンと咳払いを一つすると、受付のねーちゃんは俺たちに説明した。
「このカードはこの世界で生きている上で必要となる、魔術でできた身分証明書です。ライフスタイルカード略してLSCと言います。殆どの人が常に持ち歩いています。カードをご覧ください。名前と年齢と種族が書かれていますね?ここまで分かりました?有坂さん」
イライラしていてもどうしよもねーから、取り合えず俺はねーちゃんに従った。
名前の欄には勿論のこと俺の名前が入っており、年齢も17歳と記入されている。だが、種族の欄に人間と書かれていた。
横目で隣の少女のカードを覗いてみると、妖精族と記入されていた。
「有坂さまと呼べ」
「本当こんなにめんどくさい人たちは初めてです!!!話が進まないです!!って!ちょっとお嬢さんも聞いています!?」
俺が言えることじゃねーけどよ。こいつは全然話を聞いてねえんだな!
本気でねーちゃんが怒りそうだし、話が進まないのでこの辺にしておくべ。ほら現に顔が真っ赤だ。
俺はいつまでもLSC嬉しそうに見つめている少女の頭を叩いた。
キャっと可愛らしい声を上げ俺を睨み付けてきたが、ねーちゃんを見ると自分が悪いと思ったのだろう。素直に顔を上げた。
いつもだったらこいつに俺が注意されるところだが、LSCがよっぽど嬉しいんだっぺな。見た目相応に子供らしい。子供じゃねーけど。
「はぁ…続けますよ?裏を見てください。職業欄がありますから、5回も聞き直してきたんです。自分で確認してください」
ねーちゃんは疲れた様子で、手をひらひらとさせた。
ここからが大事だな。俺は聞き間違いであることを願いながら、恐る恐る職業欄を覗いた。
そして片目を薄っすらと開く…俺の耳は良かったみてえだ。さすが陽哉様。クソ腹立つ!
俺はLSCを破こうとした。
「なんだとテメー!こんなクソみてーなゴミ破いてやるヨ!」
「や、やめてください!!物に喧嘩売らないでください!!お、落ち着いて」
ねーちゃんが必死に俺を止めようとするが、もー我慢ならねぇ残念ながらこいつが言ってたことは当たっていたらしい。
ねーちゃんが俺を必死になだめるように言う。
「特殊職ですよ!!世界でたった一人の職業は特殊職と書かれるんです!!私だってこの仕事を始めてから何千人を見てきましたが、特殊職を見たのは初めてですよ!」
「ハルヤさん凄いじゃないですか!どんな魔物でも倒せてしまいますよ!あの伝説と言われたドラゴン種だって敵じゃないです」
少女は鼻をふんすふんすと鳴らしながら、興奮した様子で腕をワキワキさせている。
確かに俺だって世界で一つと言われりゃあうれしーべな。職業がコレじゃなければな。
クソったれ受付のねーちゃんの声がデケエからドンドン人だかりができてくる。邪魔クせえよ。さらに周りの人たちも俺を褒めだす。
悪くねえ気分だけど、今は悪い気分だ。
そんな中一人の男が近づいてくる。
「すげぇな!!!兄ちゃん!!特殊職って聞いたことあったが、本当にあるんだな!!生で見たのは初めてだぜ!やるな!!」
真っ黒に焼けた厳ついスキンヘッドのおっさんが俺の背中をドンっと叩いた。
勢いのあまり、俺のイキリたった物は(半立ち)だが、机に直撃!
衝撃で俺の新車がジャンク品になっちまう!思わず振り向くと、背中にドデカイ斧を抱えたオッサンがにこやかに微笑んでた。
陽哉様にはかなわねぇ。生意気だぞコラ。と心の中で反論した。
それに釣られたんだろうか、人だかりをかき分けて一人の女性の声が響き渡る。
周りの男たちは俺から顔をそらし、そいつに見惚れていた。
「凄いですわ!私は貴方がこのギルトに来た時から、只者ではないと思っていましたわ。貴方!私の右腕となってうちで働きなさいな。顔もなかなかいい男ですし、特別に許可しましょう」
横に数人の武装をした集団を連れた、金髪で髪を後ろに結ってあるんだろーな。そのお嬢様口調の女が俺にそういった。…悪い気はしない。俺の事イケメンって言ってんだっぺ?
後ろのほうからは、この町の領主の美人娘ローズ・カリア・シャル様にそんなことを言ってもらうなんて羨ましい!だの聞こえる。
確かにマブイが、上から目線が気にくわねぇ。土下座するなら従っちゃる。とりあえずシカトこくしかねぇべな。
まだ懲りない俺はもう一度目を凝らしてLSCを見た。が変わるはずはない。
さて、俺の職業欄にはなんて書いてあったのだろうか?
そう、俺の職業欄にはこう書いてあったのである。
特殊職 DQN
おかしい、ぜってぇおかしい。あの地元じゃ知らないやつはいないイケメンで、(あくまで陽哉が思っている)喧嘩無敗有坂陽哉様だぞ?
俺、DQNとか言われたことねーぞ。言われたとしても卑怯で最悪最強の有坂とは言われたがこれは初めてだ。
俺が現実を受け止められないでいると、少々恐れていたことが起きてしまった。
「でもそういえばDQNってなんだ?」
一人の野次馬男がふと呟いた。
まあ、疑問に思うべーな
それを聞いた俺の隣にいる少女も不思議に思ったのか、俺の肩をツンツンと突いてくる。
「ハルヤさん?DQNってなんですか?」
「俺もしらねぇ。他のやつに聞け」
ピシャリと冷たく接すると、空気は読める少女は何かを察したのか黙った。
言い過ぎたとか反省する考えは俺にはねぇ。
ピリピリしている俺をみた少女は、小声で後でご飯を沢山作りますからと俺に伝えてきた。飯につられる俺じゃねえけどよ、まあは許してやろう。
だが、周りの奴らは許さねぇ。
余程珍しかったのか、皆俺を見る目が何やらキラキラしている。まあこの時点でバカにしているわけじゃないってのはわかってんだけどよ。
ならばと少し怒りを抑えようとしたが、奴らは俺に油を注ぐ行為をしてしまった。そう、コールが始まったのだ。
「DQN様!DQN様!」「DQN様!DQN様!」「DQN様!DQN様!」
「DQN様!DQN様!」「DQN様!DQN様!」「DQN様!DQN様!」
「DQN様!DQN様!」「DQN様!DQN様!」「DQN様!DQN様!」
「DQN様!DQN様!」「DQN様!DQN様!」「DQN様!DQN様!」
「DQN様!DQN様!」「DQN様!DQN様!」「DQN様!DQN様!」
…こいつらにも悪気はないんだべな。だが、そんな考えをぶちぎるほどの怒りが沸き起こった。
ぜってぇゆるせねぇ!テメーら泣かす!
俺は屈辱と怒りで震えた。もう俺の溢れだす感情を抑えることはできねぇ。
「DQN様可愛い!顔を赤くしちゃって、照れているのかしら?」
「何やら震えているぞ!武者震いだろうか!?流石特殊職をお持ちのお方は一味違うぜ」
―プツンと俺の中のなにかが音を立てた。
「あわわわ…ハ、ハルヤさん。お、落ち着いてください」
アワアワと慌てる少女は落ち着けと俺に言いながら必死になだめる。
俺はサッと右足に重心をかけステップを俺は踏むと無差別に殴り掛かった。
この時後の事を考えずに感情のまま暴力に頼ってしまったのが、よくなかった。
確かに俺は最強だった?が、ここでは弱者であったことを忘れていた。
――――そして数日前に遡る。