短編 夢と向き合う大学生
━━━━最近、妙に既視感が募る。
「……以上で、講義を終了とする。レポートの提出は三日後まで。日曜日までに返信が来なければ、提出できていないと考えて、私に直接連絡を入れてくれたまえ。」
今日も、最後の講義が終わる。
大学に入ってからまだ数週間、微妙に役に立つ知識を教えてくれるが、たいていは面白くもない心構えの話を聞かされる大学生のチュートリアル期間が終わり、ようやく”大学生”という実感がわいてきたころのことだ。
サークルを決め、同じ系列の友人を何人か作り、慣れない一人暮らしに苦労しながら、生活の基盤を整えようとする毎日とは裏腹に、講義を受けている間の気分は、もはやベテラン大学生といえる。代り映えのしない講義は、たった一週間でもう一年分受けてきたかのような気楽さを生むのだ。慣れ……かもしれない。
講義を終え、サークルにもいかずに下宿への道を歩む。先に洗濯物を済まさなければ、三日後履く下着がなくなるのだ。買ったばかりの自転車にまたがり、下り坂をペダルも漕がずに滑り降りていく。気分は十分前と打って変わって小学生だ。
今日も、一日が終わる。洗濯機を回し、明日の準備をして、ご飯を食べて、お風呂に入って、寝る。あとは、それだけだ。
それだけの、はずなのに。
ふと、無意識から意識の底に何かが上がってくる。
今まで忘れていた何かが、すぐそこまで来るような感覚。今は思い出そうとするものなんて何もないのに、何かを思い出す。・・・・・・思い出してしまう。
頭の奥底で響く、黒板をひっかいたかのような不快な高音、破裂音を思わせるような破砕音、衝撃、痛み。・・・・・・とっさに、自転車のブレーキをかけた。
目の前を、乗用車が高速で通り過ぎる。
・・・・・・またこれだ。自分に降りかかる災難を、直前になって思い出す。
これは、多分一か月前くらいにみたものだ。
そんなことを思い出し、そして今日も生きることを許されたことにほっと胸をなでおろし、私は下宿へ向かった。
いつからかは覚えている。あまりに鮮明な記憶、小学二年生の夏にあった数学の小テストだ。
その時、配られた問題を見たときに衝撃を受けたものだ。
前日の夢。その夢の中で受けたテストの様子と、まるで同じ。
ついでに言えば、私が受けた衝撃の心情も、夢の中で感じた。夢だったので対して気にもせず、忘却の彼方に葬った記憶だったのに、鮮明に思いだしたのだ。あまりの衝撃だった。後から調べて、これが俗にいう”正夢”、あるいは”予知夢”であることを知った。
そしてその日から、一か月に一度の頻度で”そういう夢”を見るようになった。
初めのほうは、他愛もないものだった。友達と話している光景、自宅でカップ麺をすすっている光景、自販機で新作の缶コーヒーを買った光景、などなど……前日に見るものもあれば、一週間、一か月かかってから見るものもあった。最長記録は、半年近い期間だったが、基本的に一か月程度が平均だ。
そして、夢の中で見たその光景を、私はどういうわけかすぐに忘れてしまう。その事象が起こる数秒前、遅い時は、その光景と同時に思い出すのだ。
よくある、既視感というやつだ。ここまでの頻度で見るのは私くらいだと自負はするが、現象自体は、世界中を探してみれば、案外見つかったからだ。
問題は、”見る内容”だった。
初めのほうは、ただの日常風景だった。
それが、自転車でこけて擦りむいたことから始まり、ひったくり、置き引き……そして、通り魔。交通事故と、エスカレートしていった。
バイクに轢かれたときは、死んだと思った。同時に、その夢を見たことも思い出した。
かくして、私の予知夢は、自身の凶兆を示すものとなった。
それを、私は死の直前まで思い出せない。
夢を見た数だけ、私は自身の死と向き合う必要がある。
眠れない、ということはない。眠らなければ日常生活を生きていけない。
だから、今日も眠る。思い出せない、自分の死のメッセージを受け取るために。
考える。これは、並行世界で死んでしまった、私からの叫びではないのだろうか。
死の直前の、鮮烈な光景が、私の頭に記憶として送られてくるのだろうか?
わからない。そんなことを思いながら、私は自宅に入ろうとして・・・・・・
扉を開けた瞬間、中にいた誰かが私めがけてバットを振り下ろした。
・・・・・・警察を呼ぼう。
あまりに、生々しい記憶。痛みの記憶が想起する。扉に鍵を指す前に、私は警察を呼んだ。
講義を受ける時間だけ、私はベテラン大学生であることができる。
日常生活で死と向き合い続ける私は、大学生活だけは変わらず日常を過ごせるのだから。
慣れない生活の中で、慣れてしまった怠惰な時間。
・・・・・・大学生活とは、本当に得難いものだ。
30分一本勝負
テーマ:大学生
ジャンル:シリアス
お目汚し、失礼しました。