坂上妖怪屋敷5
椿折という妖怪に連れられ、大きな屋敷の前に連れてこられる。
「ここが、妖怪屋敷だ」
とにかくデカかった。ていうか、住んでいる町にこんなでかい屋敷があるなんて思いもしなかった。
むしろこんな屋敷あったか、程度の認識。そうなるとどうしてこんなにでっかいものに気付かなかったのか、と自分自身に問いたくなるが……まあ、相手は妖怪だし何らかの方法で認知されないようにしたと考えるのが妥当なのかもしれない。
外側は、僕の家と同じ武家屋敷。立派な門もあり、そこに『坂上』と書かれた表札が――――
「え、坂上?」
「サカガミじゃねえよ。サカノウエだ。あ、でも今はサカガミでもいいのか?
まぁ、そのあたりは鈴鹿に聞いてくれや。俺は難しいことがわかんねーんだ」
「は、はあ」
「あら、もう付いていましたか。ご苦労様です」
「おう」
鈴鹿さん、と……誰?
「おーう、貞子」
「貞子!?」
え、何。テレビから這い出てくるの?
ビデオみてから七日目に出てくるの!?
「だから、ちが――――」
「あ、あのラストシーンの後、どうなったんですか! どうやって呪い殺したんですか!?」
「人違いです!」
「俺たちゃ妖怪だけどな」
「ッ~~!!」
ウェーブのかかった長い髪の人、貞子さん(仮名)の回し蹴りが椿折さんの頭にクリーンヒット。
「って、ぎゃああああああ!?」
つ、椿折さんの頭が外れたあああああああ!?
ぽーんて、ぽーんってなった! 首、首ィィィ!!
「あらら、衝撃映像でしたねー」
「ってぇなあ!!」
「だ、だから私は貞子じゃなくて紫苑です!!」
あ、頭だけで喋ってる!?
「智也さん」
「は、はい!」
「彼、椿折は飛頭蛮という妖怪です。首がなく頭が自由に飛びまわることが特徴なんですよ」
そ、そういえば首がないって言ってたっけか。
「あと、彼女は紫苑。毛倡妓という妖怪です」
「けじょうろう……?」
はて、聞いた事のない妖怪だな。
「ああ、やっぱり私の事知らないって顔してますよ。
いいんです、どうせ私マイナーな妖怪ですから。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ぬ○りひょんの孫に毛倡妓が出てるからって知名度上がったかなーって期待した私がバカでした。いいんです。妖怪好きでも結構知らない人がいるような妖怪ですから、どうせ。
オマケにこんな見た目だから、貞子貞子言われるし。呪いのビデオなんて配ってないし、別に井戸に落ちて死んでないし、私を見たからって不幸になるわけでもないし。
そういえば、あの貞子……同じ貞子でも、名字が黒沼ならイケメン同級生と甘酸っぱい思い出を作れるっていうの?
ああ、羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい恨めしい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい妬ましい羨ましい羨ましい羨ましい……」
な、なんか超ネガティブマシンガントーク!?
しかも最後のほう、羨ましいに混じって明らかに違う言葉が聞こえてきたんですけど、二箇所!
「ああ、気にしない気にしない。いつものことですから」
「そうそう。こいつこうなるとしばらく戻ってこねーしな」
いつのまにか椿折さんが自分の頭を拾ってきていた。それを両手で掴むと、ゆっくりと首のある(であろう)場所へ降ろしていく。
カチッ
「え?」
「ん? どうした」
「いや、今なんか音が……」
「気のせいだろ。なあ、鈴鹿」
「ええ、気のせいでしょう」
え、でも今明らかに……え、ええ?
「でも今……」
「気のせいだ」
「ええ、気のせいです」
「う、嘘だッ!!」
「そんなことより、中へどうぞ」
そんなこと!? たった一言で流されたッ!?
中に通された僕は、その内装に驚かされた。
妖怪のすんでいるような屋敷だから、こう、なんていうか禍々しい感じかと思いきや、普通に木製の床と天井。イメージとしては、京都にあるちょっといいお値段の旅館みたいな感じだ。
「なんだ。そんなに珍しいか?」
「はい」
「そういえば、智也さんの家は外こそ武家屋敷ですけど、内装はフローリングやシャンデリアですものねー」
「いやいや、シャンデリアありませんよ鈴鹿さん」
「あれ、そうでしたっけ?」
んなもん、築ウン百年くらい経っている上、ロクに手入れもしてないあのボロ屋敷にそんなものつけたら、間違いなく天井抜けるわ。
「目的の部屋までまだ時間がありますので、案内しつつこの屋敷についての説明でもしましょうか」
「ああ、そうだな。疲れるってほどでもないが、ちったぁ時間かかるしな」
「この屋敷は、平安時代、坂上田村麻呂という武将によって作られました」
サカノウエタムラマロ。委員長もその名前を口にしていたな。詳しくは聞いてない、いや聞かされてないけど。たしか鈴鹿御前っていう鬼は、その人が死んでから一度も現れていないーとか言ってたけど。
「屋敷の広さはさほど広くないのですが、やはり一般家屋と比べると大きいでしょうね。
和風の庭園もありまして、私達は気に入っているんですけど、最近の人間である智也さんがどうかは……」
「あ、いえ。僕もこういうの好きですから」
「そうですか」
よかった、と笑ってくれる鈴鹿さん。
なんか一瞬ドキっとした。
「では、続けますね。
中庭の他には、私達が集めた文献などを保管した資料室。大浴場と露天風呂。娯楽室なんかもありますね」
「なんか、旅館みたいですね」
「そうですね。そうかもしれません。
けど、私達妖怪は長い時を生きます。正確には人がたった一人でも存在を信じていれば、老いることもなく生き続けられます。
その人間にとっては途方も無い時間を生きる私達にとって、娯楽は最も大切な、そして優先しなくてはならないことなのです」
「退屈は俺達を壊しちまうからなぁ。だから俺みたいなのがこの屋敷においてもらえてるのさ」
椿折さんの言っていることは、なんとなく理解できた。
きっと、妖怪たちみたいに何百年も生きていると、何かしているよりも何もしていない時間の方が多くなる。
長すぎる退屈は、心を磨耗させて壊してしまう。きっと人間もそうなのだろう。だから、僕みたいな人間が生まれる。
「おい、どうした坊主」
「いえ……」
「少々気になりますが、それは後々詳しく聞きましょうか。もちろん、聞かせていただけるのでしたら、ですが」
「……その内、お話します」
今は、あまりこのことに触れられたくないな。
別に鈴鹿さんは聞き出そうとしてる訳じゃないし、気にすることもないか。
「屋敷の説明はまだしたいところですが……もう目的地についちゃいました」
「そうか。じゃあ俺はこの辺で、な」
椿折さんが別の方向へと歩いてゆく。その後ろに紫苑さんが……って、紫苑さん居たんだ。なんか存在感ない人だなあ。
「うぐっ!?」
「んあ? どうした、貞子」
「い、今……なんか妙に心にグサっときた。あと、私貞子じゃなくて紫苑……」
まさか、心を読まれた?
いや、いやいやいや。まさかねえ。
「さあ、どうぞ。こちらの部屋です」
他の部屋とは雰囲気の違う扉。ていうか襖。
鈴鹿さんはその襖を、勢いよく左右に開いた。
と、そこには……何も無かった。
ただ、派手すぎず地味すぎないほどに装飾されていて、なかなかに心地良い空間だ。
部屋はほとんど左右対称。違うのは、壁にかけられた掛け軸の絵柄。右側にはウサギが、左側にはキジが描かれている。
「さあ、中へ」
「はい」
部屋の中に入ると、勝手に扉が閉まった……と、思ったが和服の猫耳&二又猫尻尾な女の子が襖を閉めただけだった。
「えっと、この子達は?」
「右京と左京。見ての通り猫又ですよ」
「名前はわかりましたけど……」
「ああ、見分け方ですか。黒猫が右京、白猫が左京です。彼女らは双子ですので、それ以外で見分ける手段がありませんよね」
付け加えるように、私も寝ぼけてると間違えてしまうんです、なんて言いながら苦笑する。
「酷いです、鈴鹿様」
「酷いです、鈴鹿様」
声まで一緒だった。
ちなみに先に喋った方が右京だ。
「おーい、何時まで漫才を続ける気だい?」
突然、僕ら以外だれもいないはずの部屋中心のほうから声がした。
はっとして振り返り、部屋を見渡す。すると、部屋の中央の床からうっすらと透けた人間が、沸いて出てきた。
いや、うん。それだとイメージが悪いな。なんていうか、床から浮かび上がってきた? 幽霊みたいに。
え……幽霊?
「すいません、田村麻呂様」
「謝る事はないさ。楽しそうで何よりだ。
さて、坂上智也くん。私が、坂上田村麻呂だ。以後……というか、まあ覚えておいてくれ」
「……」
なんだろう、田村麻呂さんが言葉に詰まったあたりで、鈴鹿さんの表情が曇った気がした。
ていうか、坂上田村麻呂って……まさか。
平安時代の人間がどうしてここに? いや、透けてるから……幽霊かなんかかな。
流石に妖怪見てるし、頭がぽーんってなったのも見てるから幽霊程度じゃ驚かないよ。
「さて、早速だが……鈴鹿」
「はい」
鈴鹿さんが懐から、初対面の時に見せられた権利書を取り出す。
「これにサインしてほしい。理由を知りたければ答えるが、できるだけ早く手続きを終わらせたいな」
「やっぱり、僕もいきなり来いと言われ、挙句、命を狙われてここまで来たんですから、それなりの理由を説明して貰って、それなりに納得しないとサインはできません」
「ふむ、それもそうか。じゃあ簡単に説明しようか。
まず、ここは妖怪たちが住む妖怪屋敷だ。ここで暮らす妖怪たちは皆、人間に危害を加えることを嫌った者達ばかり。この中で襲われることはまずないよ。そして、この屋敷を管理しているのが私と鈴鹿と言うわけだ。
ここの門は、私と鈴鹿。その両者の同意がなければ開く事は無い。それに、今のままではこの屋敷は青い月の世界に残され、やがては消滅してしまう。それだけは避けなくてはならない」
「何故ですか。妖怪なら、単体でも生きていけるでしょう?」
「い、いぐざくとぅりぃ~?」
なぜ使えない英語を使おうとしたんだろう、この人。
「慣れない言葉を使うものではないな。うむ。舌を噛み切りそうになった。まあ、幽霊だから関係ないが」
あ、自分で幽霊って言っちゃった。
「妖怪は確かに自分ひとりでも生きていける。しかし、ここの妖怪たちは違う。他の妖怪達からすれば異端者。忌むべき存在だ。
もしこの屋敷が消滅した時、この地周辺にいる妖怪すべてが彼等の敵になり……結果はわかるね?」
「はい……」
「だからこの屋敷は必要なんだ。だが……管理者である私の魂はもうそう長く持たない」
「えっ」
もしかして――――
「だから、私の後任の管理者として、妖怪に対して偏見を持たず、かつ耐性がある人間として君が選ばれた」
鈴鹿さんはこの事を知っていて、それであんな暗い顔をしたのか。
「――――信仰を失った妖怪は、すべて裏側の世界。つまり青い月の昇る世界へと逃げ込みました。月に一度だけ、青い月の夜に表の世界とつながり、自分たちの信仰を取り戻すべく表の世界で暴れる。
本当は、私達が直接迎えに行くほうがいいのですが……私達も外に出るのは危険なのです。本当に申し訳ない」
「鈴鹿さん……」
「さっきも言ったが、私と鈴鹿はここの門を開く役目がある。故に、あまりこの屋敷から長時間離れる事ができない。私に到っては、この場所から動く事もできぬ身でな。すまない」
「田村麻呂さん……」
「そういうわけで、君には私の後継者になってもらいたい。どうだい?」
「……」
「何、今すぐにとは言わないさ」
「いえ」
どうせ、今のままの生活はつまらないんだ。面白いかそうでないかで考えて、これ以上に面白そうなことはない。
それに……僕はここでなら、自分に足りない何かを見つけられそうな気がする。
「鈴鹿さん」
「はい」
鈴鹿さんから書類とペンを受け取り、それに自分の名前を書き込む。
「これで、いいですか」
「ああ。それでいいよ。ありがとう。
これで今日から、この屋敷は君のものだ。好きにするといい。わからないことがあれば鈴鹿に聞いてくれ。君の補佐や身の回りの世話は右京と左京がやってくれるだろう。さて……私はそろそろ消えるとするか」
「田村麻呂様!」
「何もしなければあと百年はいられるよ。
鈴鹿、君は過去にとらわれず、今を見て生きてくれ。これは、私が君に言える最後のわがままだ」
「……はい」
人間と妖怪。寿命が違う者同士の想いの果てを、ここで見た気がした。
まだ鈴鹿さんは幸せなほうなんじゃないだろうか。死してなお、魂だけとなっても自分の前に現れてくれるのだから。
でも、それも今日からは違う。きっと田村麻呂さんも、少しずつ顔を出す機会が減っていくだろう。
「じゃあ、またな」
田村麻呂さんはすーっと床に吸い込まれるように消えていった。
「あの、鈴鹿さん」
「はい、何でしょうか」
「鈴鹿さんは……どんな妖怪なんですか?」
「鈴鹿御前。鈴鹿山に住まう鬼にして……坂上田村麻呂の妻だった女ですよ。今は未亡人ですけどね」
そう言って、鈴鹿さんは無理に笑った。
「次は、まだ会っていない人に挨拶しに行きましょうか。たぶん、大広間に集まっているでしょうし」
部屋を出ようとすると、右京と左京が襖をあけてくれた。
「改めて、この子たちが右京と左京。黒髪が右京で、白髪が左京ね」
白髪って聞くといやなイメージがあるけど、可愛いから許す。
「さ、こちらですよ」
鈴鹿さんに案内されるがままに廊下を移動する。
「お、お前。話はもう終わったのか?」
丁度椿折さんが自室で着替えて、また戻ってきていた。
戻って、って言っても何処へ行くんだろう。
「今日から、智也さんと私がこの屋敷の管理人です」
「そうかそうか。ま、分からねぇことがあったらなんでも俺にでも聞けや」
「はい、そうさせてもらいます」
「そうそう、智也さん。広間に集まっているって言いましたよね?」
「あ、はい」
「今から私達の夕食なんです。ご一緒しませんか?」
そういえば……まだ僕晩御飯食べてなかったなあ。
「ぜひ、ご一緒させてください」
そういうと、鈴鹿さんも椿折さんも満面の笑みで広間に招き入れてくれた。
そこには長い机があり、先に来ていた四人が、座布団の上に座っていた。
その四人中、三人が女性。女性率高ぇ。
ウェーブのかかった人は、たしか……貞子。じゃなくて、紫苑さんだったかな。
あとの人は知らないな。
「おや、待ってましたよ。鈴鹿さん」
「今から作りますから、少しだけ待っててくださいね」
メガネをかけた好青年、といった感じの男の人。
優しそうな人だな。手元にあるのは文庫本かな。本好きな人に悪い人はいないって言うし、うん。
「お疲れ様です、椿折さん」
「おう。お前は相変わらずヒマそうだなぁ燐ノ介」
「いえいえ。一日中パソコン画面を見続けるのも楽ではありませんよ?」
燐ノ介さん、というのか。男は椿折さんとこの人しかいないから間違えようが無いかな。タイプも全然違うし。
「おや。君が智也くんですか。初めまして」
「こちらこそ初めまして、坂上智也です」
「僕は燐ノ介。火車という妖怪だ。よろしく」
妖怪には詳しくないので、後で鈴鹿さんにでも聞いておこう。
「私は……初めてじゃないけど、改めて。毛倡妓の紫苑です。よろしく」
髪の毛で顔の表情をはっきりと読み取る事はできないけれど、口元で紫苑さんが笑っているということはわかった。
「むぅ」
「どうしたんですか、朔さん」
「いや、何」
すっと立ち上がった女の人が、紫苑さんの後ろに回り、前髪をかき上げ、紫苑さんの素顔が見える。
『!?』
男性人一同、絶句。
「ちょ、やだ! 恥ずかしいよ、隠して!」
「むぅ。この反応から見ても、間違いなく男受けはいい顔してると思うんだけどな」
「いや、なんつーか……」
「初めて素顔を見ましたが……」
「すごく……美人です」
と、一気に顔を赤くし、首をぶんぶんと勢いよく振って後ろに立った女の人を振り払う。
「朔、酷い……」
「ごめんごめん。でも、実際可愛いよ、紫苑」
「この人は朔。夜雀っていう妖怪です」
「ま、俺はテバサキって呼んでるけどな」
名前覚えましょうよ、椿折さん。
「えっと、それでこちらの方は?」
「初めまして、覚の眠です。以後よろしくお願いします」
「あ、ご丁寧にどうも」
手を差し出されたので、そのまま握手。
「出来るだけ人の心を読まないようにしてるけど、うっかり読んじゃうこともあるからその時は許してね」
「え、あ、はい」
そういう種類の妖怪なんだ、ということで納得した。
「えっと。燐ノ介さん、朔さん、眠さん、ですね」
「ええ」
「これからよろしくお願いします、管理人さん」
なんだろう。
これが家族っていうやつなんだろうか。
ウチじゃこんな団欒とした雰囲気はなかったし、それに笑顔なんて見た事が無かった。
「皆さん、夕飯の準備が出来ましたよー」
と、鈴鹿さんが調理を終えて大皿一杯の料理を運んできた。
皿に盛られていたのは、ミートボールの入ったミートスパゲティ。
「美味そうだなあ、おい」
「鈴鹿さんの作る料理は絶品ですから」
各自の席に小皿とフォークが配られる。
鈴鹿さんはまた引っ込み、今度はサラダを持ってきた。
「取り分けますから、皆さんちょっと待っててくださいね」
慣れた手つきで各自の皿にスパゲティを取り分けてゆく鈴鹿さん。
本当に大家族って感じだなあ。
「はい、どうぞ」
鈴鹿さんは笑顔で、僕の分も分けてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。では、みなさん」
『いただきます』
こうして、僕の人生において最も楽しい夕食の時間が始まったのだ。




