坂上妖怪屋敷3
授業は受けず、登校してからずっと机に突っ伏して眠り続けてやった。
が、毎回ある人物の声には反応して一時的にではあるが起きている。正しくは、起きなければならない。
「坂上くん」
「ん……」
そう委員長、日和見藍の声。
彼女は常に強気なのに、ある点を越えると一気に気弱になり、泣き始めるというちょっと扱いづらい性格をしているのは、今朝確認した留守電でよく理解した。
「なんで鞄の中に妖怪を連れてきてるかな! 君は!!」
「いや、ついてくるってこいつが言ったから」
あ、あと知り合いの霊能力者ってのはこの日和見藍のことで、彼女は一応は由緒正しき対魔の家系らしい。たしか本家は京都だったっけか。
「そうじゃなくて。どうして妖怪なんかと一緒にいれるわけ!?」
「委員長、落ちついて。周りが変な目で見てる」
「っ!?」
そりゃ、普通の人からは幽霊やら妖怪やらは見れませんしね。今この状況じゃあ、委員長が僕に対して電波を吐きまくって洗脳しようとしているかのようにしか見えない。
それに気付いたのか、委員長の顔がみるみる赤くなっていく。おー、これは面白い。まるでゆでたタコだ。
「誰が茹でダコか!!」
「あびじょっ!?」
思いっきり殴られた。いい回転だ。抉りこむように打ち込まれたわ。
「なんでこっちの思考読めたんだよ!?」
「地の文と思わせておいて思いっきり口に出てたわよ!!」
「メタな事いうな!!」
しかし、どうするか。赤くなるもの……あ、あれだ。
「茹でたザリガニ」
「なんでちょっとイヤなイメージする答えを選ぶ!」
「はんぶらびっ!!」
今度は脳天に踵落とし。
一瞬視界が真っ暗になったぞ……なんつー威力だ。
が、こちらとてタダではやられない。
「なあ委員長」
「何よ」
「今日はピンクか」
「っ~~~~~~!!!」
その後、数秒くらい意識が飛んだ。
「ハッ!!」
気絶する前に見た光景は、膝が顎に迫るのとチョップがこめかみめがけて放たれる決定的瞬間。よく僕生きてたなあ。
ま、別に何時死んでもいいような心構えは出来てるつもりだけど、こんな日常のおふざけで死んだんじゃあ委員長に迷惑がかかる。他人に迷惑のかかるような死に方だけはしたくないね。
それはそうと、こっちの問題を片付けようか。
「あの、何か頭痛いんですけど」
意識が戻った僕は真っ先に青い顔をしてこちらを見ていた委員長に問う。
「き、気のせいじゃない」
白々しく誤魔化すが、委員長が何かやったのは間違いない。ていうか、僕自身がそれを見てる。
あーだこーだとバカな事をしていると、騒ぎを聞きつけて鞄から澱みが這い出てきた。
それはぴょんと僕の肩に飛び乗り、すりすりと頬ずりをする。
「ちょ、なんで妖怪とそんなに仲良くできるわけ!?」
さっきより若干小声になっているが、それでも付近のヤツ等には聞こえる。ついにひそひそと変な会話をし始めた。
「委員長、もうちょっと声小さくしたほうが」
「それよりも、私はアンタが心配なの!」
「それだけ聞くとまるで愛の告白だんばいんッ!?」
人差し指の第二関節で眉間殴られた。
「アンタ、よく叫び声でボケれるわね」
「それに気付く委員長もよっぽどだと思うよ」
「それは認めるわ。父さんがロボットアニメ好きでね……」
「なるほどなー」
「って話が違う!! なんで妖怪とそんなに仲良くできるのかって聞いてるの!!」
「そりゃあ、僕だって仲良くする相手を選んでるよ。こいつみたいに白目の澱みは無害。赤い目のは有害。学校の七不思議で、人間に大きな危害のあるヤツは赤い目のヤツ等がやってる事だろ?」
「その通り。でも白い目をしてるからって、全くの無害っていうわけじゃないの。妖怪と人間が共存することなって絶対に出来ないの。わかる?」
本当、委員長は妖怪と仲良くすることに否定的だよなあ。正直人間と付き合うよりこういうヤツ等と付き合ってるほうがよっぽど楽しいよ。
まあ言っていることが全く解らないって訳じゃない。
人ならざる存在に近づかない方がいいって言うのは尤もで、まさに触らぬ神に祟り無し。
妖怪は妖怪を引きつけ、結局のところ付き合っている妖怪がどんなに善良な妖怪でも、結果的に不幸になる……らしい。
正直なところ、僕はそういったことには疎い。だから本当のことなんて知らないし、興味ない。
……あれ、ちょっと待てよ。
「なあ委員長」
「何よ」
「妖怪ってさ。こいつみたいに澱んでるヤツ等ばっかなのか?」
「んなわけ無いでしょ。ある程度力のある種族の妖怪は、確固とした姿を持って現れるわよ」
「じゃあ女性の姿になるのは?」
「変化という意味を含めるのなら、猫又や土蜘蛛、あと妖狐とかもそうだけど?」
「じゃあ最初から女性の姿なのは……」
「飛縁魔、骨女、二口女、雪女、濡れ女、産女……」
「その位でいいや」
絶対キリないしね。
しかし、昨日のあの鈴鹿とかいう女の人。もしかしたら妖怪なのか?
「どうしたの。何か妖怪がらみでややこしい事になったんじゃないでしょうね」
と、懐からシュバっとお札を取り出す委員長。ていうかそれいつも持ってたのか。
そのお札を見て、澱みはぶるぶると振るえ怯えている。
「違うって、いや、違う……と思う」
「はっきりしなさい!」
「いや、本当に分からないんだって」
しかし、だ。このあたりで一度はっきりさせておいた方がいいかもしれない。
「委員長」
「今度は何?」
「スズカっていう名前がつく妖怪っている?」
そもそもあんな珍しい名前、そうそう居ない。
スズカと発音するだけなら確かにいるだろう。けれど、鈴に鹿なんて字を書く名前をまだ見たことはない。
「いるわよ」
「そうか……え?」
「いるわよ。私が知ってる限りでたった一つだけ」
「そ、その妖怪って?」
「鈴鹿御前。日本最強の女の鬼よ」
あの人、そんなに凄い妖怪だったのか。
「でも変ね」
「変?」
「ええ。彼女、坂上田村麻呂の死後一度も人間の前に姿を現していないのよねえ。少なくとも、公の記録には残されて無いわ」
アンタ何処でそんな情報を仕入れているんだ、というツッコミは置いておいて、だ。
「で、なんでそんな妖怪が?」
「……昨日、僕の部屋に来た」
「はあっ!?」
突然大声で素っ頓狂な声を上げる委員長。
耳元で言われる僕の身になってくれ。耳が痛い。マジで。
「なんで、坂上くんのところにそんな大妖怪が来るわけ!? あの妖怪はね、第四天魔王の娘にして過去には日本を壊滅させるためにやって来た妖怪なのよ!? その位の力を持っているの、わかる?」
「いや、知らないよ。僕そもそも妖怪になんて見えるようになるまで興味なかったしなあ」
「日本三大悪妖怪とも顔を合わせて、対等に話が出来るとも言われているあの妖怪が、なん……」
言いかけて、それを止め委員長がふと考え始める。
「坂上くん。貴方、もしかして……」
「え、僕がどうしたの?」
「今日、坂上くんの家行っていいかな」
「別にいいけど、何でさ」
「家系図を調べさせてほしいの。坂上くんの家って、元々武家屋敷だし倉も残ってるでしょ」
そういえばそうだった。室内が洋風なもんでそんなことをすっかり忘れていた。
一切触っていない倉があったなあ、なんてことを今更になって思いだす。
「私の予想が正しければ、あの人の名前があるはずなのよ」
「あの人?」
「さっき言ったでしょう! 鈴鹿御前は坂上田村麻呂の死後一度も現れてないって!」
「だって、それは『さかのうえ』っていう名字の人の話だろ。僕のは『さかがみ』なわけでさ」
「分家なら、同じ漢字でも違う読みを使うこともあるし、時代の移り変わりで読み方が変わることだってあるの!」
「おーい、授業始めて良いかー?」
気付けば休み時間など終わっていた。
この日はさすがに早退する事はせず、最後まで学校に残ることにした。
ま、たまには学生らしく生活するってのもいいかもな。
………………
…………
……
が、気付くと既に時計が四時を回っていた。
携帯のサブディスプレイの時計を表示させる。
「十六時二十七分」
間違いない。寝てた。
「ふぅ。帰るか」
そういえば委員長の姿が見えない。
どうしたんだろうか。委員長は僕の家知らないから、一人で行ったとは考えられない。鞄も置きっぱなしだし。
ああ、なるほど。
「トイレか……んづめっ!?」
おー、ピンクの逆三角形がきれーに見えた直後、これまた綺麗に背筋が伸びきった美しいフォームで放たれるドロップキックを受け吹っ飛び、壁に激突する。
「い、痛い。意識飛ばなかった分余計に痛い……」
「散々殴ったり蹴ったりしておいてなんだけど、坂上くんってすごく頑丈ね」
本当、だれのお陰だろうねえ!!
「それで、家の位置がわからないんだけど」
「……そういや、なんで行ったことないのによく家が武家屋敷って知ってたよね」
「ま、常に式神に見張りさせてたからね」
「それで、住所は割り出せなかった、と」
「それは、プライベートに関する事はオートシャットアウトする機能つけたから……」
「で、僕が鈴鹿御前とやらに接触したことも知らないんでしょ」
「い、いつも九時ごろまでには寝ちゃうから……深夜アニメみたいし」
監視してる意味がほっとんどないなあ、おい。
ていうかこの人、絶対アニメ好きですよね!?
「その式神、もう使うのやめちゃったら?
偵察にも使えないんだから、大して役に立ってないじゃん」
「力の無駄使いだしね……」
ぽん、という音がしたかと思うと委員長の胸の辺りから紫色の煙が出る。
「なんか変な煙でてるけど?」
「あ、やっぱり見えるんだ。これは式神に憑いてる霊とかを回収した時に出るんだけど……」
「普通は見えないんだ」
こくん、と頷く。
「やっぱり、坂上くんは他の人とは違うわね。
普通なら、こういうのを見たらパニックを起こすか、興味津々に質問攻めにするかしそうなものだけど、それでも落ち着いてる。なんでかしらね」
「感覚がズレてるからじゃないかな」
そうだと思いたいが、自分で言っていてなんか空しい。
「……坂上くん。たぶん今の貴方に何を言っても意味ないだろうけど、命を粗末にするような事だけは絶対にしないでよね」
「どうしてさ」
「だって、坂上くん。いつもこの世界に居辛そうにしているんだもの」
その時の僕は、委員長の言葉に返す言葉が思いつかなかった。
学校から僕の家まで、そう距離は離れていない。徒歩で三十分くらいか。
それでもやっぱり、自転車を使いたいたくなる距離ではある。
「ここが、坂上くんの家なのね」
「そんなに武家屋敷が珍しい?」
「そりゃあ、同じ町に住んでてもその中の地区が違えば、こういう家も珍しくなてくるのよ」
そういうものなのだろうか。
とにかく委員長はまじまじと瓦の屋根や白く塗られた壁を、これでもかと言わんばかりに目を輝かせてみている。
この人は、本来の目的を忘れているんじゃあないだろうか。
「とりあえず入ろうよ。倉、調べるんでしょ?」
「あ、そうだった」
でもたぶん、委員長はすぐ帰りたくなるだろうな。
「おじゃましまーす」
まだ玄関じゃない。ただ正面の門をくぐっただけだ。
「あ、あれが倉ね」
丁度正面の門をくぐると、左手側に倉が見える。
その倉の大きさは、たぶん委員長の想像以上のものだと思われる。
なぜならば、今ここで委員長は引きつった顔のまま完全に動きを停止させているからだ。
「中に何も入ってないならバスケットボールの試合くらいできるんじゃないかな。高さも十分あるし」
僕は昔から見慣れているから、たいしたことはないと思っていたけれど、今更になってこれはデカイよなあ、と思うようになった。
バスケットボールのコートと同じか、それ以上。流石にサッカーのコートほどは広くない。
何よりも問題なのが、この中に何があるかというのを、ウチの人間で把握している人間が居ないという事。次々いらないものを押し込んだ結果、中は下手に触ると雪崩が起きるほど。
「どうする。今からこの広さを調べるとなると九時ぐらいになっちゃうよ?」
「……今度の休みにするわ」
「それが賢明だと思うよ、うん」
「じゃあ、今週の日曜日どう?」
「早速だね。僕は大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ日曜日、また来るから。じゃあね」
「うん。また明日」
委員長は門をくぐってそのまま帰路に着いた。
時に、今週の日曜日っていわれた時、それは一昨日だよ、と凄く言いたくなったのは秘密だ。
委員長と別れ、玄関をくぐる。
どうせ親は帰ってないだろうし、そのまま靴を脱いで自室へ直行する。
自室につくなり、いつもならベッドの上に鞄を放り投げるところだが、今日は鞄の中にあの澱みがいる。
「っと」
鞄を開け、澱みを掴んで取り出す。
「お疲れ様。じっとしててくれてありがとう」
すると澱みは急に尻尾を生やし、それをピンとさせ足元に擦り寄ってくる。
「おお、凄い。尻尾なんて生やせるんだ」
その頭を撫でてやり、そっと掬い上げて机の上に置く。
そしていつものように鞄をベッドの上に放り投げ、そのベッドに倒れこむようにして寝転がる。
「はあ」
いろいろ解らない、そう判らないことが多すぎる。
鈴鹿という女性、妖怪、式神、霊能力。もはや何の事か僕にはさっぱりだ。
ただ一つだけ確かな事がある。
今日の夜、月が昇れば、今僕が抱いている疑問の全てに答えが出るという事。
「月が昇るまで、あと数時間、か」




