坂上妖怪屋敷2
カーテンを閉め忘れていたのか、顔面に日差しを直に浴びて目が覚める。
時間は午前六時。学校に行くには早すぎる。白目の澱みは……丸まって寝てる。
たしか、鈴鹿さんは今夜青い月が昇ると言っていた。
赤い月っていうのならばまだ解る。でもなんで青い月なんだろうか。
考えても無駄か。どうせ夜にならないとどうにもならないんだし。
「……今日、学校サボるか」
なんて考えたが、サボったところで行くところなんてないわ、家になんて居られないわで結局学校に行くことになるんだろうけどさ。
まあ早起きしたんだし、勉強でもするか。授業出てないからせめてテストでどうにかしないとな。
「しっかし、まああと十二時間以上あるわけか」
夜までって案外長いんだなあ。気付かなかった。
ふと、携帯が光っている事に気付いた。
不在着信十五件、留守電メッセージあり。最初の着信時間は、僕が学校から勝手に早退した二時ごろ。それから三十分に一回の頻度で着信か。普段からサイレントマナーにしてるからなあ、気付かなかったなあ。
えっと、相手は……日和見藍。あー、委員長か。
メッセージ再生するか。
『ちょっと、アンタ何妖怪もって帰ってるのよ! バカじゃないの!?』
……予想通り。
僕のクラスの委員長、日和見藍は所謂霊能力者であり、同時に妖怪の研究をしている変わり者。あと、家は陰陽師の末裔だとか。
まあそのお陰で僕は澱みの正体が妖怪であるって知ることが出来たんだけどさ。
えっと、次のメッセージはーっと。
『ねえ、アンタ妖怪がどういう存在かわかってる? 解ってるなら、電話してきなさい!』
ここまではいつも通り。
この先からちょっと気弱になってくるんだよなあ。
『ねえ、心配してるんだから。連絡くらいしなさいよ』
お、ちょっと気弱になってる。さて、次からどうなるか。
『ね、ねえ。私何かやった? なんでここまで無視されるの?』
……やばい。この感じ、これはマジな時のパターンだ。
どうやら相当な事をやらかしちゃったみたいだなあ。
『うっぐ……ねえ、ねえってばぁ……』
ついに泣き出したッ!?
え、ちょっと待って。まだメッセージ五件目ですよ?
まだ十件残ってますよ奥さん!
いや、奥さんって誰だよ。落ち着け俺。
『えっぅぅ……ひっぐっ……電話に出てよぉ……』
マジで泣いてる。ヤバイ。
『うっぐ……ふえぇぇ……』
七件目にしてついにメッセージが消え、鳴き声だけが録音される。
その後十五件目まで以下同文になるので割愛することにしよう。
しっかし……まずったな。委員長を泣かしちまったよおい。
今日学校行くの怖い。
絶対委員長の取り巻き連中から集中攻撃される。いやそれだけじゃない。委員長の人気を考えれば、クラス全体が敵だと見ていい。
始まる前から背水の陣。ただし背後の水辺に敵の大群あり。ならば退路は上空か?
否、不可能だ。上空にはコブラ――もちろん軍用ヘリの――が師団規模で待機している。OK、逃げれねえ。
穴ほって……いや、待て。ここは崖だ。こんな崖で真下に穴ほってどうする。そのまま海にまっさかさま。そして敵の艦隊に攻撃されてジ・エーンドゥ。
くそう。誰かセガール呼んできてくれ。でなきゃ勝てる気がしない。
いやまて。落ち着け智也。これはあくまでも、戦力差をイメージしただけのもの。つまり妄想だ。妄想には殺されない。
「……いや」
妄想。そう妄想だよこれは。
でもなあ……実際にコンパスやらカッターナイフが飛んで来たことがあるから、死にはしなくても入院くらいしちゃいそうだなあ。
「は、はは……マジで学校行きたくなくなってきた」
なんてしているうちに七時半になっていた。
一時間半なんて時間がいつのまに過ぎたのだろうか。
鞄へ適当な教科書とノートや筆記用具を入れる。ふと、澱みを見る。
既に起きてごろごろとベッドの上を転がり、退屈そうにしている。
その澱みをそっと掴んで、手の平に載せる。
「お前、学校に行くか?」
こくんと頷く。
そしてそれをそっと鞄の中に入れる。それはするりと鞄に滑り込み、その口からひょっこりと顔を出す。
「あ、ごめん。蓋閉めるから引っ込んでて」
今夜、ついに青い月が昇る。
「さて、あの人のお迎え。誰に行って貰いましょうかねえ」
屋敷にいる仲間を集め、彼を迎え入れる為の集会を開いたのはいいが、まだ彼等も本当に坂上智也が来るとは思っていないようだ。
仕方ない事だ。今までそうやって、何度失敗してきたか。
田村麻呂様の魂が消耗し始めてから既に数百年。あの人の魂は、もはやこれ以上は維持できない。
あの人の魂が消えてしまう前に後継者を見つけなければ。
「俺が行く」
「椿折。お願いできますか?」
「ああ。久々に暴れたい気分だ」
あ、暴れるって……。
「解ってますね。護衛対象を守りきる。それが第一条件です」
「あら、それなら貴女自身が赴けばいいのではないのですか」
「それもそうです。が、私にはやるべき事があります」
そう、やるべきこと。
この屋敷の門を開放するという役目。
「……そうでしたね」
「門は貴女と田村麻呂様がいなければ開けることができないのでしたね」
そう。
だからこそ、田村麻呂様以外の誰かが必要となる。
この屋敷が表の世界に繋がるために、あの人の血を引く人間が。
「っと。そろそろか?」
「……はあ、バカですか貴方」
「んだとォ!? くぉら、燐ノ介ェ! バカとはなんだ、バカとは。せめて『お』をつけろ、『お』を!」
まさかの返しを受けて、目をぱちくりとさせる燐ノ介。
そういう事じゃないだろ椿折、とはさすがに燐ノ介さんも今の状態では口に出せない。
「……すぅ」
「って、おいテバサキ!! 何朝っぱらから寝てんだよ」
「んあ?」
「しかたないじゃないですか。朔さんは夜行性なんですから」
「……そゆこと。おやすみ」
と、また寝息を立て始める朔。
「あーもう。テメェら、やる気あんのか!!」
「いや、そのやる気とかじゃなくてですね」
「おい貞子」
「紫苑です」
「いいか、貞子。俺等は今日中に坂上智也を拉致ってこなきゃいけねぇんだよ。解ってるか? あァ!?」
何故そこまで喧嘩腰。それにいくら紫苑が前髪で口以外の顔のパーツが見えないからって、貞子はないと思うのだけれど。
全く、椿折の直感的な呼び方をどうにかできないものかといつも頭が痛い。
「鈴鹿さん。椿折に任せるのは……」
「私も不安になってきましたよ、燐ノ介さん。お願いできま――――」
「あーっと。俺が行くつってんだ! 泥舟に乗ったつもり……いや、タイタニックに乗ったつもりでどーんと構えてろ!!」
泥舟は言うまでもなく沈むし、タイタニックは氷山と激突して沈没した。
なんて使い古された上、不安要素しかない言葉なんだろうか。
「……」
以下、しばらく私と燐ノ介さんのアイコンタクト。
(さて、どうします。燐ノ介さん)
(どうもこうもないでしょう。まだ表の世界では午前の八時。まだ日の入りまで随分と時間があります)
(そこをなんとか)
(いや、僕火車ですし。それほど戦闘力高くありませんし)
(それにインテリ系ですしねえ、燐ノ介さん)
(申し訳ないです)
次、紫苑……は、目がどこかわからないのでアイコンタクト無理。
朔。寝てる。よって無理。
「あ、あのさ。今さらなんですけど、いいですか?」
「はい、眠さん」
よかった。眠さんならこの場をどうにか纏めてくれるはずだ。
「なんで皆さんパジャマなんですか?」
本当に今更ッ!?
「あ、あの。眠さん?」
「そういえばそうでした。着替えないと……」
「おーい、紫苑さーん。あなたいつもそんな格好ですよねー?」
「僕とした事が……なんて初歩的なミスを」
「燐ノ介さん。あなたまでボケに回られると、ツッコミ不足になるんですけど」
「すぅ……すぅ……んごっ」
「女性らしからぬいびきの音!?」
「いくぜいくぜいくぜー!!」
「椿折、ちょっと黙って!!」
ああ、もう。どうしてウチの妖怪どもはこうも……!
田村麻呂様、お願いです。
どうか、どうかあと数百年居続けてください。いろんな意味で!!




