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坂上妖怪屋敷  作者: 銀色オウムガイ
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坂上妖怪屋敷1

 二〇一〇年六月十四日。

 例年より少し遅れて梅雨に入り、雨が降り始めたこの日。

 僕、坂上智也は窓の外の景色を眺めていた。

 なんとも憂鬱な空気。普段は動きの無い景色も、この日ばかりは雨で動く。動いているというのに、雨というのはどうも陰鬱な印象を持ってしまう。

 第一、学校なんてただ無駄な時間を過ごすだめの場所になんの意味があるんだろうか。

 社会に出て、普通にサラリーマンやるなら小学校四年生程度の知識で十分。そうなると中学校や高校なんかは不必要ということになる。大学まで行って、何を学ぶんだろうか。

 無駄な知識を詰め込んで、その詰め込んだ知識は実際は不必要なのにそれが必要とされる。

 僕は、そんなこの世界が嫌いだ。

 ま、どうせこのままだとこの国はダメになるだろうな。

「坂上、授業中に何処を見てる」

「……外です。もう帰ってもいいですか?」

「お前な、そろそろ単位が危ないって気付いてるか?」

「はい」

 教師とのやり取りも、もうどうでもいい。

 興味が無いというよりも、聞きたくない。鬱陶しいんだ。

「……先生、やっぱり今日早退します」

「おい、坂上」

 鞄に机の中の教科書をすべて突っ込み、席を立つ。

 教師の制止も無視し、教室から出る。

 当然廊下には誰も居ない。

 教室を出てしまえば、教師はもう追ってこない。それは明らかに僕に対する諦めだ。

 この生徒はもう何を言っても反省しない。だから追う必要はない。そんな時間があれば他の生徒に対して授業を続けた方がいい。

 少より多。結局はそういうことだ。

 つまらないし、何より機械的。他のところもそうだから、とそれに遵っているように思えてならない。

 本当につまらない。

 階段を下りながら、窓の外の景色を見る。

 ふと、そこに黒く澱んだものが視界に入る。それは白く輝く二つの目をもち、それをぱちくりさせてこちらをじっと見ている。

「はあ、またか。お前な、学校が楽しいのはわかるけど、あまりいたずらはするなよ?」

 そう言ってやると、白い目をぱちくりさせて頷くと窓から飛び降りた。

 昔から、僕はこういうのが見える。人はこれを妖怪と呼んでいるものらしい。

 そう、知り合いの霊能力者が言っていた。

 妖怪といっても、僕が見ている黒い澱みは力もよわく、人の命を奪うほどの力も持っていない。危害を加えるとしても、軽いものを落としたり、転ばせたり、触ってきたりする程度。直接首を絞めたり、引っ掻いてきたり、噛み付いてきたりするような輩とはまだ出合った事はないが、たぶんそういうヤツ等もいる。

 僕がよくみる澱みは、この学校のいたるところで見る事ができる。

 どうやら妖怪は人の多い場所を好むらしく、学校はとくに集まりやすいらしい。あとは病院とかか。ま、病院の場合は病気だとか死だとか、よくないほうの気が多いからロクなものが集まる。

 僕の経験上、白い目が善いヤツ。赤い目が悪いヤツだ。学校には白い目のヤツが、病院には赤い目のヤツが多い。

「っと」

 右肩に一匹白い目のやつが乗っかってきた。

 結構重いが、どうやらじゃれてきているような感じなので払いのけたりはできない。

「急に飛び乗るなよ。びっくりするじゃないか」

 喉、と言っていいのかわからないが、その辺りを指で撫でてやると、目を細めて気持ちよさそうにすりついてくる。

 こいつらは特に悪さをするわけでもないので、僕もこうしていられるが、赤い目のヤツはあまり触りたくない。

 なんというか、触るとよくない事が起きる気がする、としか言えない。

「さて、今日も退屈だな」

 肩に白目の澱みを乗っけたまま、下駄箱のところまで歩き、自分の靴を取り出す。

 それを見て、肩にのった澱みが首――があるかどうかはまた別として――をかしげ、こちらをじっと見つめる。まるで「もう帰るの?」と言っているような気がする。遊び相手がいなくなるのが寂しいのだろうか。

「お前、学校の外に出ても大丈夫だよな?」

 そう訪ねると、こくんと頷いた。

「そっか。お前、悪いようなヤツじゃないみたいだから、ウチに来ていいよ。ただし、あまりイタズラしないこと。いいね?」

 こくん、とそれが頷いたのを確認し、傘立から自分の傘を探して取り出す。と、その傘にびっしりと赤い目のやつらがついていた。

 が、肩に乗った白い目のヤツが威嚇するとその赤いヤツ等は、蜘蛛の子を散らすように散り散りになって行った。

「ありがとうな」

 肩にのったそれの頭を撫でてやる。

「さ、帰るか」

 僕は、雨で忙しく動く景色の中に青い傘を広げた。




 死にたいと願うようになったのはいつからだろうか。

 ベッドの上に寝転がって白一色の自分の部屋を眺める。

 寝返りを打つと、すぐ隣で黒い澱みが目をぱちぱちとさせてこっちを見ていた。

 その目は、僕に「遊んで」と訴えてきていたが、何をして遊べばいいやら。

「あんまり遊ぶのもないよなあ」

 すると、白目の澱みはベッドから飛び降り、何かを探し始める。

 何か遊べるものあったかな、と思っていると軟式テニスのボールを持って戻ってきた。

「あー、これで遊べってか?」

 澱みはボールを突き出し、僕に渡してくる。

 ボールを受け取り、それを軽く投げてやる。澱みはそれを追いかけ、拾い上げて持ってくる。

 なにこれ可愛い。

「お前、犬みたいだな」

 意味がわからないのか、首をかしげる。

「僕は犬より、猫のほうが好きだけどさ。お前みたいな犬だったらほしいかな」

 頭をなでてやる。そういや、こいつ何食うんだ?

 まあ、とりあえず何か探してくるか。

 部屋のドアをあけ、廊下に出る。少し進んで階段を下り、台所を目指す。

 冷蔵庫に何かあるか、と見てみるが魚肉ソーセージくらいしかない。ま、ないよかマシか。

 魚肉ソーセージを二本持って二階の自室へ戻る。

「おーい、とりあえず食うもの持ってきたぞ」

 澱みは喜んで飛びついてくる。

 その澱みに魚肉ソーセージを一本与えると、包みごと食ってしまった。およそ一秒で。

 凄い食欲だな、おい。

「しっかし、雨止まないなあ」

 ふと窓の外を見ると、未だに雨が勢いよく振り続け、どこか灰色に曇った景色を動かしている。

 やっぱり憂鬱だ。

 と、窓がガタガタと不自然に揺れ始める。

「お、おいお前何かやったか?」

 白目の澱みに訪ねても、それは窓のほうを向いて威嚇するだけ。

 つまり、窓の外によくない何かがいるってことだ。

 しばらくして、その揺れが収まってゆく。それに従い白目の澱みもまた、威嚇を止める。

「なんとか、なったのか……?」

 が、またガタガタと揺れ始める。今度はさっきの比じゃないほど激しく、窓を揺らすというよりは家そのものを揺らしているという風にまで思える激しさで揺らしている。

 さすがに白目の澱みもそれに怯えてしまい、震えている。

 何だ。何が来る。

 バンッ!

「っ!?」

 窓を強く叩く音。

 そして窓には人の手のようなあとがべったりと残される。

 妖怪を常日頃から見ているから、今更人の手形程度では驚かないが、音の大きさにはさすがに驚かされる。

 そしてついに、窓の鍵が外れた。

 まずい。そう思った時……。

「よっこいしょ、っと」

 女の人が入ってきた。

 雨でずぶ濡れだけど、間違いなく女の人だ。しかも和服。

「お邪魔しまーす」

「お邪魔されてまーす……って、待てや」

「あ、フローリングが濡れてしまいましたね。すいません」

「いやいや、そうじゃなくて」

「あ、それともいきなり殿方の部屋に女性が入り込むというのは……」

 なんで頬を赤らめてもじもじしてんだこの人。

「あ、初めまして。私は鈴に鹿と書いてスズカと申します。よろしくお願いします」

「丁寧にどうも。僕は坂上智也です。よろしくお願いします」

 深々と頭を下がられ、思わずこちらも頭を下げる。

 そうこうしている間にあきっぱなしの窓から雨が恐ろしい勢いで部屋に親友してきているわけだが、挨拶よりもそっちを先に処理してほしい。

「早速ですが、貴方にとある方が家を譲渡したいという申し出がありまして。それをお伝えに来た次第でして」

「と、言われましても」

「ああ、ちなみに手続きも終わってますので、こちらの書類にサインをしていただくだけで屋敷は貴方のものとなります」

 と言って懐から巻物を取り出し、それを広げる。

 確かにそこには、物件所有権利書と書かれている。

 前の所有者の名前は……坂上田村麻呂?

「えっと、まず一ついいかな」

「はい」

「なんで僕なの?」

「それは、あなた自身なんとなく気付いているんじゃないですか?」

 そんな事言われても僕でなきゃいけない理由なんて……。

「あっ……」

 ふと、白目の澱みのほうを見る。既に怯えては居ないが、不思議にこちらを見ている。

「そう、それです。妖怪が見え、それに少なからず耐性のある貴方でなければならないのです」

「ちょ、ちょっと待ってください! 妖怪が見えるのと、それと。どういった関係があるんですか!?」

「明日の夜、青い月が昇ります。その時に外へ出てください。

 そして何があっても、逃げてください。三分逃げ切る事が出来れば、私達の屋敷へご案内できます」

「逃げるって……」

「それは、明日になればわかります。では、失礼します」

 そういって鈴鹿と名乗った女性は、開けっ放しの窓めがけて背中から飛んだ。

 ここ二階だぞ。あんな格好で飛び出して、二階から落ちたら背骨くらい折れるんじゃないだろうか。

 ていうか、最後まで窓閉めなかったなあ、あの人。

「はあ、床びしょびしょだよ」

 白目の澱みは、雨で濡れたフローリングの上をごろごろと転がり遊んでいる。ふと気付いたが、澱みは水を吸い込んで綺麗にしてくれているようだ。

「おお、なんと便利な」

 水がなくなるとつまらなくなったのか、ぴょんと跳びあがり僕の膝に乗る。

 若干濡れているような感覚はしたが、それでも床の濡れ具合から見てもあまり濡れていないという感じ。

「でも、どのみち明日にならなきゃ結果は分からないんだよなあ」

 と、なればやることも無いし取る行動は一つ。

「寝るか。お前もあんまり遊んでないで、早く寝ろよ? そしたらまた、いっぱい遊んでやれるからな」

 澱みは嬉しそうに何度か膝の上で跳ね、僕が動こうとしたのを察したのか膝から降りる。

 僕はベッドに寝転がり毛布を被ると、電気を消して瞼を閉じた。

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