エピローグ
二〇一〇年六月十九日。土曜日。
寝苦しくて目が覚めた。
手の届く範囲にあるデジタルの目覚ましがあるはずなのだが、右腕が動かない。
ならば左腕はどうか、と動かそうとするが動かない。
ていうか、両サイドに妙にやわらかく暖かい。
「まさかっ!?」
無理矢理上体を起こすと、やわらかい感触が腕から離れる。同時に腕も自由になり、掛け布団を剥ぎ取る。
「……」
「すぅ、すぅ」
「すぅ、すぅ」
案の定、右京と左京がいた。敷布団の面積からして、よく三人も入ったものだ。
ていうか、左京。台詞だけじゃなく寝息までワンテンポずれてやがる。
「ていうか、なんで僕の布団で寝てるの!?」
「ん……」
「あぅ……」
あ、寝起きは台詞違うんだ。
「おはようございます、智也様」
「おはようございます、智也様」
「えっと、まず質問があるんだけど、いいかな?」
「はい」
「はい」
眠そうにまぶたを擦りながら、大きなあくびをする。
なんだろう。無防備すぎやしないか、この双子。
「あの、なんで僕の部屋……いや、部屋ならともかく、なんで僕と同じ布団で寝てたの?」
「ご主人様へのご奉仕の一つです」
「ご主人様へのご奉仕の一つです」
田村麻呂さん。アンタはこういうことやってないよな。
ていうかやってたらやってたで、鈴鹿さんが怖い事になりそうなんだけど。
「智也様、本日の予定なんですが」
「先日の戦いにおいて妖怪屋敷に移住を希望した妖怪達との顔合わせがあります」
「あ、たまには違う事言うんだ」
「はい」
「いつも同じ事を考えているわけではありませんから」
でも右京から左京という順番はかわらないんだね。
「その後は、基本的に自由時間となりますが、どうされます?」
「そうだなあ……」
予定なんて決めたことなかったなあ。
「とりあえず、女湯でも覗くか」
と冗談で言ってみたが――――
「私達なら」
「いつでも」
「あ、あるぇー?」
なんか赤面してもじもじしてるんですけど。
「じょ、冗談だよ? そんな事やったら鈴鹿さんに何されるか分かったもんじゃないし」
「そうですか」
「そうですか」
なぜそこでシュンとする!?
「とっもやさーん! あーさでーす……よ?」
「あ、鈴鹿さ――――」
きゅっと、右京と左京が抱きついてくる。
直後、背筋から脳へ一直線に突き抜ける悪寒。
ソレを見た鈴鹿さんが、完全に硬直。唯一動いている口元は、ひくひくと引きつっている。
「何を、していたんですか?」
「智也様へのご奉仕です」
「智也様へのご奉仕です」
『大事な事なので二度言いました』
はい、死亡フラグ確率ッ!!
「違う、鈴鹿さん! 二人が勝手に!!」
「言い訳は結構ですので、とりあえず」
ずかずかと近づいてきて、僕の右手を、がしっと掴むと、それを床に叩きつけるようにして押さえつける鈴鹿さん。
「えっちなのはいけないと思います。なので、小指の一本で落とし前を」
「ちょ、待って! それマジで待って!! 何で懐からドス出してきてるんですか、目が笑ってない、笑ってないです!!
ていうか、なんで極道系の落とし前の付け方なんですか!
そもそも、僕は無実だああああああああああああああああああああああああああ!!」
とりあえず、小指は守りました。
その代わり、顔面グーパンチされたけど。
「よぅ、坊主……って、何だその顔」
「椿折さん、実はかくかくしかじかで」
「いや、本当にかくかくしかじかって言われてもわかんねえよ」
「鈴鹿さんに殴られました」
「よくそれで済んだな……あいつ仮にも鬼だから」
それもそうだ。よく鬼に殴られて無事だったもんだ。
まだ痛いや。
「ちょっと待ってろ。氷もってきてやる」
「どうも」
椿折さん、本当に頼りになるなあ。
いや、こんなところでそんなことを感じる僕も僕か。
「あ、眠さん」
「ああ、おはよう」
そいやこの人、なんで眼帯してるんだ?
「おはようございます」
「……」
ぽん、と肩に手を置かれ――――
「ラッキースケベだな。しかし、朝から散々な目にあったようで」
「あ、うん。そうなんですよ……あと、ニヤつくのはやめていただきたい」
「右京と左京はさぞやわらかかっただろうな」
「ちょ、そこまで読み取るのはやめて!!」
「まあ、健全な男子なら仕方ない仕方ない」
けらけらと笑う眠さんだけど、ここに鈴鹿さんがいたら……いや、もう考えるのはやめよう。
ていうかなんでさっきから僕は鈴鹿さんを怖がっているんだろうか。実際怖いけど。
「まあ、右京と左京は智也くんを気に入ってるみたいだからね。熱烈アプローチというやつだろう」
眠さん、それ、死語です。
「んあ? 黒猫と白猫がどうしたって? ほれ、氷嚢」
「あ、どうも」
椿折さんが持ってきてくれた氷嚢で殴られた箇所を冷やす。
「いやいや。智也くんが天然タラシだっていう話だ」
「ちょ、眠さん誤解を与えるような言い方は――――」
「そんなの常識だろ?」
「椿折さぁぁぁあああああん!?」
何この人達。ナチュラルに酷い。僕ってそんなに女たらしですか?
「おっと。そういえばもう妖怪達は大食堂に集まってるよ。そろそろこの屋敷の主として、挨拶してきてはどうだい?」
「それはそうですけど……この顔じゃあ、ね?」
「それもそうだね。もうちょっとアザが引くまで待とうか」
これ、今日中に治るの?
と、氷嚢を一旦外す。
「アザ、どうなってます?」
「ま、ちったあマシになってら。もうちょっと冷やしときゃ治るだろ」
椿折さんに頭をくしゃくしゃとされながら、顔を冷やし続けた。
にしても、鈴鹿さんの右ストレート、間違いなく世界を狙えるよ。いや、妖怪だから人間基準で考えるのもどうかって話だけど。
でも、早くしないと新しく屋敷に受け入れた妖怪達が痺れを切らしちゃうだろうし。
「っと。まあ顔にアザあってもいいや。大食堂に案内してくれます?」
「ああ、いいとも」
大食堂に到着した僕は、その広さと、集まっている妖怪の数に驚いた。
たしかに先日の戦いでは、百鬼夜行といわれるほど多くの妖怪が集まっていた。今ここにいるのはそのほんの一握りなのだろう。
が、結構な数がいる。
「どうした、坊主」
「いや、結構多いな、と思いまして」
少し緊張してきた。
「緊張すんな、って!」
バン、と椿折さんに背中を叩かれ、ふらつきながら前に出る。
けれど、それで緊張が少しは解れた気がする。
「えーっと。どうも、皆さん。初めまして……っていうのも変な話ですが、改めまして。
この妖怪屋敷の大家、坂上智也です。先日は協力していただき、ありがとうございました。誰一人として死者を出すことなく、戦いを終えることが出来たのは、皆さんの協力があった事が大きいと思っています。
さて、僕はまだ、妖怪についてほとんど何も知りません。なので、これからあなた方に失礼な態度をとってしまうかもしれません。
それを許してほしいとは言いませんが、その時はあなた方がどのような妖怪で、あなた方がどういう事されるのを嫌い、どういう事をされると喜ぶのかを、僕に教えてください。
そして、ゆっくりとでもいいので確実に、互いへの理解を深めてゆきたいんです。だから、僕はあなた方にお願いしたい事があります。
知る事を諦めないでください。理解する事を投げ出さないでください。人間と共に歩むという事を諦めないでください。
僕も、貴方達を知る事を拒みません。理解する事も、妖怪と共に歩む事も諦めません。それだけが、僕の望みであり、あなた方に求める唯一の条件です。
最後になりましたが、改めまして――――」
深呼吸し、集まった妖怪達のほうをしっかりと向いて宣言する。
「ようこそ、坂上妖怪屋敷へ。僕はあなた方を歓迎します」
ここから、全てが始まる気がした。いや、始まるんだ。
こんなに面白い世界での、こんなに楽しい場所で、僕の新しい世界が始まったんだ。
この作品は9年前に書いたもので、当時発表の場を持たなかった為発表できずにいたものです。
埋もれさせるのは勿体無いと思い、投稿させていただきました。
今思えばこの時が一番勢いがありました。
この頃の勢いと情熱は忘れたくないものですね。
この場を全体のあとがきとさせていただきます。以上。




