坂上妖怪屋敷9
止めなきゃいけない。委員長と、みんなが戦うなんてことは絶対に避けなきゃいけない。
何でだよ。
なんで分かり合えないんだよ。どちらも引き下がって、妥協すれば、何も問題ないじゃないか。
それなのに、どうしてどちらもそうしないんだ。
「なあ、委員長。鈴鹿さんたちと戦うのは……」
「やめないわ。家に連絡して、それ相応の援軍も用意した。これはこの町に住む妖怪と、人々を守る陰陽師の戦争なのよ」
「だからって……!」
「覚悟しておくのね、坂上くん。
もし、私達の邪魔をするなら、私達は貴方を妖怪と同様のものとして処断することも厭わないわ」
「っ……!」
怒り、だろうか。
とにかく何か、激しい感情が僕の中で暴れている。
血が出るんじゃないかと思うほどきつく拳を握り、行き場のない感情は身を震わせる。
委員長は、あの人たちのことを何も知らない。
僕だって、昨日今日会ったばかりの人達だけど、それでも、あの人達が人間に害をなすような存在には思えない。
そりゃあ、右京と左京は元々は人に害をなすような存在だったらしいし、鈴鹿さんも伝承によれば山賊だったり、悪鬼だったりするけど。
「何、その目。まるで私を軽蔑するような目じゃない。
解ってる? 妖怪は敵なの。騙されちゃいけない。いつか必ず、自分に災難が降りかかる」
「……るせぇ」
「何?」
「うるせぇってんだよ!! 自分の勝手な都合で殺す殺さないだの、なんでそんな考えしか持てないんだよ!!」
「それはあちらだって同じでしょう?」
極めて冷静、冷淡。
冷たい目が、僕を睨んでいた。それに対して、僕は一瞬臆した。
が、すぐに睨み返す。
「……バカ」
委員長はそういうと自分の席に戻り、荷物を纏めて教室を出て行った。
ふと、校門のほうを見ると、顔に星の印や、格子の印を描いた紙を貼り付けた黒い着物を来た集団がいた。
あれが、委員長の呼んだ援軍というやつだろう。
もう直ぐ、鈴鹿さんたちもここに現れる。
もしそうなったら、この学校の校庭は……いや、もう考えないでおこう。
とにかく今は、戦いを止めることだけを考えるんだ。
「智也さん」
「紫苑さん、ですか」
「はい」
恐らく、ずっとそこにいたのだろう。
息を殺し、気配を消して。
「鈴鹿さん達は、どう動くんですか?」
「鈴鹿さんをはじめ、屋敷の妖怪達全員の意見は一致しています」
「……聞きましょう」
「戦いは避けられない。しかし、智也さんの指揮に従って戦う」
「つまり……」
僕にも戦え、と言っているのか。
「智也さんが戦うな、と言うのならば私達は回避に専念します」
「それは駄目だ。
相手は何をしてくるかわからない。変に後手に回るとみんなの身が危ない。
応戦はしてほしい。でも……殺さないでほしい」
自分でも、無茶な頼みをしていることは解っている。
それでも紫苑さんは笑っていた。
「解りました。そのほかの指示はありませんか?」
「委員長……日和見藍を僕のところまで連れてきてほしい。もちろん、生きたままでね。んでもって張っ倒す」
「フフ、面白い人。では、指揮は智也さんが直接とる、ということでよろしいですね?」
僕は一呼吸置いて、頭の中を整理する。
先ほどまで、委員長に向けていた激情は綺麗に消えてゆき、それに代わって現れたのは、なんとも表現しづらい感覚。
責任感というか、使命感というか。何か前に押しすすまなければならない、と自分自身を奮い立たせる感情。
僕はその感情を信じてみたいと思う。
だから――――
「紫苑さんはここに残って、万が一の時の為に僕の護衛。
現場の指揮は眠さんに任せます。あと、眠さんには極力能力の使用を抑えるようにと伝えてください。戦場では様々な思考が交錯しますから。
あ、あと全員自分の身を守ることを最優先。相手の身体に傷をつけることまではよしとし、欠損させるのは可能な限り控える事。以上です」
「了解しました。皆に伝えてきます」
結局、僕もこの戦いに乗ってしまった。
そうだ。止めなきゃいけないんだ。こんな不毛な戦い。
そのためにも、委員長を説得する!!
既に、戦いの準備は整っている。
「……行きますよ」
同道と正面から、智也さんが通う学校の校門を通る。
「しかし、鈴鹿よぉ」
「なんでしょうか」
「屋敷の妖怪、全部集めてやりあうような相手かい?」
私達の背後にはこれでもか、という数の妖怪が集まっている。
無造作に集めたわけではなく、私達と志を同じとする仲間を集められる限り集めた。
「ええ。数の恐怖で引いてくれればそれでよし。もし立ち向かってくるのであれば、応戦します」
それが、彼の望む事だろうし。
「鈴鹿さん、智也さんからの指示がありました」
「何と言っていましたか?」
「全員、自分の身を守ることを最優先。相手の身体を欠損させない程度の応戦は許可。眠さんは能力の使用を極力控えるように、と」
「なるほど……」
戦いは避けず、なおかつ最小限の被害に抑える、か。
面白い。
そうでなくては、妖怪屋敷の主など務まるはずもない。
「さあ、戦いを始めましょう」
四振りの刀を身の回りに待機させる。
それを合図に次々と仲間の妖怪達が構える。
ある者は剣を、ある者は槍を、ある者は弓を、ある者は己の拳を。
誰かの命を奪うためではなく、己の命を守るために、我等はこの手に刃を握る。
学校の校門に鈴鹿さんたちが現れた。
鈴鹿さんたちの後ろにも、様々な妖怪が居て、まさに全面戦争といった感じ。
「紫苑さん、あれ……」
「数で怯えてくれればそれでいい。そう鈴鹿さんは言ってました」
「なるほど……」
戦況はここからすべて見る事ができる。
「紫苑さん、ここから動かずに眠さんに指示を飛ばすことはできますか?」
「ええ、一応私も式神を持ってますから」
「じゃあ……これから僕の指示を伝えます。通信用の式神を用意してください」
「了解です」
と、いきなり藁人形を渡される。
「……あの、これは?」
「こちらの通信用式神、藁人形のカゼハヤくんです」
「じゃ、じゃああちらには?」
「あちらにはカエルのぐんそう君達が行ってます」
藁人形とカエルになんの繋がりがあるんだろうか。
いや、ともかくこれで指示を出せる。
「ところで、誰と通信できるの?」
「とりあえず全員には可能ですよ?」
「そっか。じゃあ指示を出すよ」
そろそろ、あちらさんも動き出す。
黒ずくめの集団を先ほど確認している。それらがどう動くか、ここから見させてもらう。
少し、楽しくなってきた。
だが目的はあくまでも、委員長の拉致。そして説得。
最悪の場合……脅迫する。
いくら委員長が陰陽師だろうと、巫女さんだろうと、こちらには紫苑さんがいる。
所詮はただの人間だ。妖怪の力に勝てるわけがない。
「智也さん、相手が動きました」
「わかった」
窓から様子を見る。
どうやら式神を使い、数を押し切ろうとしているようだ。
陰陽師は三人一組で行動しているらしく、その数も数えるのが面倒になるほど多い。
「各自、四人編成で三人編成の敵性部隊の迎撃にあたれ。ただし、先ほど指示したとおり絶対に欠損させるな、そして殺すな。
なお、今後の連絡は基本的にはコードネームで呼称する。各自コードを読み上げる……」
はじめようじゃないか。
頭デッカチの分からず屋を説得するための戦いを!
紫苑が飛ばしてくれた式神により、智也さんの指示がダイレクトにこちらに伝わるようになった。
それはいいが……智也さんの指示は無理難題といってもいいかもしれない。
なぜなら、相手は本気。それも対妖怪用の装備をしてきているのだ。
「はああッ!!」
薙刀を振りかぶって襲い掛かる男。
その薙刀を大通連で切り裂く。武器を失い狼狽する男の首を掴み、右肩を地面に叩きつける。
「ぐああああ! か、肩がぁ、肩があああ!!」
こうすればとりあえずは戦意を削ぐことができるだろう。骨折ならほっとけば直るし。
『S01、そちらから見て十一時の方向に式神出現。対処を』
「了解」
智也さんの指示通りにそのポイントへと向かう。
と、オオカミの姿をした異形がそこにいた。
「ちっ、妖怪!!」
「遅い」
指示を出す前に、式神の四肢を四振りの刀で切り落とす。
断末魔の叫びを上げさせる前に、式神の顎を掴んで、上下に引き裂く。
『T01、H38の援護に回れ。S02は上空に展開した式神部隊を迎撃。S02の援護にはE07とI91が当たれ。N08、S22、R03は空戦部隊に攻撃を近づけさせるな』
「っしゃんならあッ!!」
女妖怪が鎌を持った陰陽師に襲われていたまさにその時、椿折がそこへ乱入し鞘に入れたままの長ドスで陰陽師の腕を叩き、骨を砕く。
また、朔に続いて空を飛ぶ二人の妖怪が空中を舞っていたフクロウの姿をした式神を切り刻む。
「いい指示だ。戦いやすい」
朔は背中の翼を広げ、闇を放つ。
無数の虫のような闇は、陰陽師たちの顔に纏わりつき、視界を奪う。
『S02、そのまま視界を奪い続けろ。S01、日和見藍を探せ』
日和見藍? ああ、あの娘か。
確かにあのニオイは、間違えようがない。
『S01以外のものは、S01の活路を開きつつ、周囲の式神を駆逐。敵対する人間は戦意を削ぐ程度の怪我をさせてやれ』
智也さん、性格変わってませんか?
『なお、日和見藍は拉致し、私の元へ連れてくること。以後、最低限私の指示に従うのなら各自自由に行動してくれ。以上』
智也さん、指揮官が似合ってますねえ。
しかし、日和見藍ですか。
彼女を掌握したところで、この戦いが止まるとも思えないのですがね。
「藍様に妖怪を近づけさせるな!」
「守るのだ、前鬼!」
「砕くのだ、後鬼!」
おやまあ。前鬼に後鬼ですか。見た目は童話なんかに登場する鬼そのもの。
要するに名前だけの偽物。
「本物を見た事がないから、そんな名前を易々と付けられるんですね」
「何?」
私に付き添うように、右京と左京が飛び出し、前鬼・後鬼と名づけられた式神の首を掴む。
「本物は、こんなものじゃない」
「本物は、こんなものじゃない」
式神は苦しみもがき、自らの首を握りつぶそうとしているそれの身体を掴んで引き離そうとする。
が、それよりも早く彼女等の爪が喉を貫き、式神を絶命させる。
「なんだこいつら……!」
「ハンパじゃないぞ、この強さ!」
そりゃまあ、場数が違いますからね。こちとら、数百年はこうやって戦ってるんだ。
それも本気での命の取り合い。今までのうのうと平和な暮らしをして、実戦なんてした事ないような連中に、私達が負ける訳がない。
「右京、左京」
「はい、鈴鹿様」
「はい、鈴鹿様」
右京と左京は、素早い動きで前鬼と後鬼を操っていた陰陽師の背後へ回り込み、その首筋に鋭利な爪を突きつける。
「こ、こいつら……」
「なんのつもりだ……!」
「動くと……」
「刺しますよ」
にやり、と不気味な笑みを浮かべる右京と左京。これで式神使いは封じた。
あとは――――
「でああああああああああっ!! へぶっ!?」
突っ込んできたバカの鼻の骨を、グーパンでへし折って気絶させるだけ。
「さて、これであなたの傍には誰も居なくなった」
「……」
日和見藍は、ただ目を閉じ、手を細かく動かし続けている。その手の動きは次第に早くなりはじめる。
「何か言う事はありませんか?」
「…………」
なんだ、この違和感。
さっきからこの娘、俯いたままで表情を一切見せない。
何をたくらんでいる。
『S01、嫌な予感がする。用心して戦ってくれ』
「了解しました」
智也さんも、何かを感じている。
本能的が、この娘は危険だと告げてきている。
「西の門より出でて、東の門へと下れ。汝は西の獣なり。我は東の鍵なり。我は汝を呼ぶものなり。汝は我が手足なり」
「ッ!?」
まさかこの娘、式神ではなく別の何かを呼び出そうとしている!?
「古の書の盟約により、我は汝が名に命ず!」
その強き眼差しが、私を射抜く。それどころか視線で殺そうとしている。
「汝は宝玉を宿した者、出でよッ!! ヴィーヴル!!」
「なっ!! 馬鹿な、西洋の龍をこんな娘が呼び出せるはずが……!」
日和見藍の背後から、巨大な門が現れた。
その門がまるでぶち破られるように開かれ、中から巨大な翼を持った巨大なヘビのようなものが飛び出した。
門をくぐりぬけ、空でとぐろを巻くそれは、威圧感を感じずにはいられないほどのもの。
紅玉を宿したその目は、不気味なほどに夕焼けに映え、その威圧感を増長させている。
『総員、S01の援護! ただし、無理だと思ったら下がれ!!』
「鈴鹿御前。私を侮ってもらっては困る」
「っ……!」
ヴィーヴルとか言ったか。正直いくら私達妖怪でも、龍の類を倒せるか微妙だ。
「私は、陰陽師としては半人前だった。いえ、むしろ陰陽師としての才能はないに等しい。けれど……魔術は違う」
「西洋かぶれが……!」
刀を飛ばし、ヴィーヴルの翼を斬りおとそうとしてみるが、ヴィーヴルの羽ばたきで起きた突風に刀が弾き飛ばされる。
「椿折、朔!」
「応!」
「参る……!」
椿折、朔の順番で跳び上がり、朔を踏み台にして椿折がさらに高くジャンプ。
長ドスを抜いてヴィーヴルに切りかかる。
「だらあああああ!!」
が、相手は龍だ。そう簡単に倒せるはずがない。
椿折の刃は、確かにその龍の身体に触れた。だがそれだけだ。
「な、にぃッ!?」
椿折の驚愕とほぼ同時に、ヴィーヴルの尾が椿折を弾き飛ばす。
『R01、敵の情報について何か報告を!』
R01。燐ノ介さんのコードネームだ。
そうか、普段から様々な本を読んでいる燐ノ介さんなら何か知っているかもしれない。
「ヴィーヴル。たしか書物で読んだ事がありますね」
『報告を』
「はい。ヴィーヴルとはフランスに伝わるドラゴンの名前です。名前はラテン語で『マムシ』を意味する単語を由来とし、メスしか存在しないそうです」
『弱点はないのか?』
「弱点……そういえば、男の裸を嫌うとか?」
「はあっ!?」
「な、何故に?」
「なんでも恥ずかしいらしいですよ? 襲われた男性が服を脱ぎ捨て、ヴィーヴルが逃げるという伝承もあるくらいですし」
なんて言っていると、巨体をうねらせながら、大口を開けてヴィーヴルが私達へ迫る。
一斉に飛び退いて距離を保とうとするが、私のほうへと長い胴体が迫る。
「くっ……」
胴体に弾かれ、大きく後ろへと下がる。
『R01!! 他の弱点は!!』
「待って下さい。今思い出します」
燐ノ介さんは爪を伸ばし、背後から迫っていた式神を切り裂く。
「視界を奪われたからと言って式が使えなくなる訳ではない!」
「妖怪どもよ、我等に討ち滅ぼされよ!」
「勝手、な言い分でぇ……殺されてたまるかよ……」
椿折のダメージが大きい。
空中にいたために踏ん張りが利かず、姿勢を変えて攻撃を受け流すこともできなかったのだろう。
あの巨体の一撃を受けて、無事なはずがない。
「朔、椿折を安全なところへ!」
『それがいい。S02はT01を連れて一時撤退』
「待て、俺はまだ……!」
『無茶をして被害を多くするわけにはいかない。下がれ』
「……クッ」
「椿折。堪えろ。今のお前では足手まといになる」
「解ったよ……クソッ!」
智也さんの指示は的確だ。確かにこのまま椿折を残していても、無駄死にするか誰かの足をひっぱるか。そのどちらかしかない。
どうする。ヴィーヴルはまだ口をあけて襲い掛かってくるし、陰陽師たちの式神も、まだ全て倒せた訳ではない。
どうする。この相手にどう立ち向かう。
「思い出しました!」
「燐ノ介さん?」
「あの紅玉の目。あれがヴィーヴルの弱点です!」
『そうか……わかった。作戦を練る。指示があるまで持ちこたえてくれ』
目を狙えばいい。
だが話はそんな単純なものではない。
動き回る巨体に近づくことは難しく、近づいたところでその圧倒的な力で弾き飛ばされる。
ここはおとなしく、指示を待つか。
「どう、気分は?」
嫌味な笑みを浮かべる日和見藍。この性悪め。
「最悪、ですね」
本当に、最悪な気分だ。




