新宿デート野郎は核ミサイルにハグをする その5
【新宿デート野郎は核ミサイルにハグをする その5】
ムプレはなんら躊躇も無く艦の甲板にまで大穴をぶち開けた。天井が空の彼方へと消え失せ、青空が映る。けどそのせいで今すぐ海に落ちるんじゃないかてぐらい激しく揺れて、挙句に警報が鳴り出していた。
「これで上に行けるわ。優衣ちゃん達の助けを求める心が私には感じられるの! さっそく行きましょう」
してやったぜとばかりに誇らしげな笑顔を浮かべて手を伸ばす魔法少女に反して、頭の中は軽いパニックに陥っていた。
(おいいいいいいい!? 優衣が巻き込まれたらどうするんだこの馬鹿魔法少女は! そもそもどこに機関部があるかも分からないし、下手したら墜ちてるだろ今の!)
けど墜ちる様子はないし、いくらムプレだってこれから助けようって人をドジって殺したりはしない。それにいままでだって銃持ってる相手に突っ走ったりわざと鮫に食われたり、馬鹿なことは散々なしてきたのに何をビビッてるんだか。
仁はもう一人の自分に自嘲しながらムプレの手を握った。彼女の華奢な腕から魔力の波紋が伝わると、ふわりと宙に浮くことができた。そのまま飛翔して、甲板に足をつける。
太陽の光が照りつけていたが、強風が吹きつけていて少し寒かった。青空が近い。しかし同時、すぐ近くにまで大陸が見えていた。
「まさかこんな形でお互い顔を見合わせるとは思いもしませんでしたよ」
憎き敵は目の前にいた。巨大な砲台の隣、高ガオは鈍色のナイフを優衣に突きつけながら立っていた。冷徹な黒い双眸がこちらを睨んだ。こんな状況でも黒いスーツを着込んだままで、シワ一つない。
「ご、ごめんなさい。わ、わたしの所為で仁まで……」
優衣は恐怖で萎縮した声で、謝ってきた。蒼い瞳は潤んでいて、それを目の当たりにするだけで煮え滾るくらい胃のなかが痛む。
「あなたは本当に無茶をされるお方だ。艦が変異体化していなければ確実に撃沈しているほどの大穴です。けれどあと三分。いえ、二分半? 大人しくしてくださいますか? 任務は変異体の確保です。なんなら、不幸な事故を装って彼女は殺してもいいのですよ」
高は冷笑を浮かべ、首元に突きつけた刃を軽く押した。優衣の押し殺した悲鳴と共に、ゆっくりと赤い筋が垂れる。
(この腐れ外道が……! けどどうする。あれはマジな顔だ。本当に刺すぞあいつ)
頭のなかが怒りに声を震わせながらも、目の前の状況を冷静に判断していた。考えてみればさっき叫んだときもそうだったかもしれない。
「ムプレさんでしたか。あなたが魔方陣を展開させた時点で私は優衣さんの首を掻っ切りますから、どうかそのまま大人しくしていてください」
「卑怯者! 罪のない女の子を脅しにするなんて最低! 絶対許さないんだから!」
魔法少女が声を荒らげる。周囲で生成され続けるハートが彼女にとっての悪を前にして黒く染まり始める。暴走の前触れ。よくない兆候だった。警戒してか、高は僅かに苦渋を浮かべると何体もの分身を生成し始める。
黒いミリタリーアーマーに身を包んだ兵士達が一人二人と甲板に生み出されていく。どうせ撃てないくせに彼らは銃を向けてきた。しかし仮に撃たれれば、いくら肉体が強化されても四方八方の弾丸は避けられない。
「なるほど、確かに俺達には打つ手なしか。けど一つだけ、……そもそもお前ら二人は本物か?」
仁は緊迫した面持ちで問いかけた。――彼の能力は分身の生成だ。わざわざ本体がこんな場所で待ち構えてる方がおかしい。少しでも反応を見せれば答えが分かる。しかし高は口を開こうとはしなかった。
「十秒だ。人はいくら嘘や隠し事をしても睨み合ったときに体に変化が出る。黙っていてもだ」
ブラフを掛けた。秒数なんて適当だ。変化はあるだろうが個人差がある。けど一切反応しないのは不可能だ。そのとき少しでも脈や汗に異常があったらぶん殴ってやる。
仁はギリギリと軋む擬音が身を屈めて脚に力を込め続けた。だんだんと早く脈打つ心臓の鼓動と共に一秒、二秒と数えていく。この艦が予定通りに進んでいるなら到着まで二分を切っていた。
(……本当に大丈夫なのか?)
――――今更何を心配してやがる。優衣の顔見て日和ったか? お前はデートの心配をしてればいい。俺がこうしているのもきっとそのときを作るためだ。
頭のなかの自分を煽って、そして自分自身を鼓舞した。限界まで緊張の糸が張り詰めて、互いに睥睨を交え続けた。涼しい風が顔に吹き付けるなか、膠着状態のまま八秒が過ぎた。九秒。高も優衣も動揺していなかった。鼓動も呼吸のペースも変えない。
――そして十秒が立った。緊張による生理的反応の皆無。優衣も高も全て偽物だった。
「ムプレ! 【黒枷】を撃て!!」
「あと数分は絶対に暴れてもらうわけにはいかないんですよ!」
『警告。敵機を察知しました。ミサイル攻撃が行われています。対空デコイの発射準備中』
二つの声と警報が重なる。仁は甲板を蹴り上げて、全身をバネにして力強く宙を跳んだ。同時、眼前に何人もの兵士が形成され、彼らが無骨な腕を伸ばす。
体を捻って攻撃を避け、旋回する勢いのまま頭部を蹴った。ヘルメットが派手な音と共に砕けて分身が二体消滅する。宙を落ちていくなか、残っていた分身の喉元を掴み、そのまま甲板にも叩きつけた。ダン! と爽快なまでに音が描かれる。握力で首の骨をへし折ると、掴んでいたそれは光の粒子となって消える。
「チキン野郎は海にでも落ちやがれ! 二度も偽者なんかに騙されると思うなよ!」
勢いが途絶える前に高を思い切り殴り飛ばした。偽者の高が宙を舞い、そのまま空を落ちていく。隣にいた優衣は悲しげな表情で腕を掴んでくると、ギリギリと関節が軋むくらい組み付いた。華奢な腕。柔らかな感触が背に当たる。
咄嗟に人格を切り替えた。脳奥にいた激情が表に現れて、打ち消す能力に触れていた優衣がボロボロと涙を流しながら消えていく。
――――大丈夫だ。これは偽者。本物の優衣は無事なはずだ。動揺するな。自分に何度も言い聞かせても収まりがつかないくらいの不快感。嫌悪感。吐息から怒気が溢れていく。
(悪手だな。爆弾にガソリンをぶっ掛けるくらい馬鹿だ)
すぐ背後ではムプレの魔法によって作られた重力の鎖が何十体もの分身を跪かせていた。だが魔法を行使したタイミングを見計らって、少女を覆うように、宙に何十体もの分身が生成されていく。
――――轟音。耳をつんざき鼓膜を震わせる衝撃が集中線と共に走った。その音はこの巡洋艦が大量の対空デコイを飛ばした音でもあり、ムプレを襲う分身が全員纏めて艦橋に叩き付けられた音でもあった。
「た、助けてくれてありがとう。接触されると魔法が上手く使えないから助かったわ。あなた何者なの? 凄いパワーね」
ムプレが無邪気な笑顔でお礼を言った。ペコリと彼に頭を下げる。デコイの発射によって白煙が甲板を埋め尽くすなか、彼はくすんだ金髪を掻いて、じろりと蒼い瞳をこちらに向けた。
「レオン、俺は今マジで怒ってる。人生で一番って言っていい。また邪魔するってなら今度は能力打ち消したあと海に投げ捨ててやる」
「HAHAHA。そう身構えるなよ。お互い殴りあった仲だろう? オレは命令を放棄した。厚かましいけど今からでもお前の青春を手伝ってやる」




