新宿デート野郎は核ミサイルにハグをする その4
【新宿デート野郎は核ミサイルにハグをする その4】
「『その力は弾速よりも早く動けるというのか? 六発……六発も。なんで、なんで……!』」
放たれた弾丸をすべて避け、拳銃と、隠し持っていたナイフを蹴り飛ばして、彼女を勢いよく組み伏せた。轟いた発砲音は残響しながら青空へと溶けていく。仰向けに倒れたレーシャは白銀の髪を草地に広げて、深紅の瞳で睨み見上げてくる。病弱な白肌が太陽に照らされているところは見惚れてしまいそうなくらいだったが、邪魔する以上容赦はできなかった。
「弾丸を見てから全部避けるのは無理だが、撃ってくる場所を予想くらいはできる。あんたは俺を殺したら駄目だからな」
説明すると、彼女はこみ上げる嗚咽を押し殺したように弱り切った声で、卑怯だ。とだけ吐き捨てた。その一言で抑えていたなにかが決壊したのか、何度も咽てから、怒りをぶつけるように地面に握り拳を押し付けて泣き出してしまった。
(可哀想だからって遠慮をするつもりはなかったけど、やっぱり見てて辛いな。なんとかできればよかったが。……それで、彼女はどうするんだ? 今のお前なら首に手刀でも打てば気絶させられるか?)
「俺はできる限り後腐れがないようにしたい。お前がイチャイチャするときまで罪悪感を背負ってほしくないからな」
国のためになんて使命なら諦めてもらうしかない。けど彼女の話が本当なら必要なのは金だ。国がいくら用意したか分からないが、薬代程度、幼馴染とくっつかせるためにわざわざ家を購入して一人暮らしさせるような金銭感覚が貴族みたいな親バカからちょろまかせば用意することはできる。
『仁様、エレオノーラ・カムイシンスカヤの口座を特定。およびあなたのご両親からきちんとした許可を貰いました』
話の理解が早いスマホがすでに行動してくれていた。仁はすぐにスマホの画面をレーシャに見せつけて、提案と脅迫をした。
「レーシャ、お前の口座に二千万円……いや、一億一千六百万ルーブルぐらい振り込んだ。けど邪魔をするならお前のはした金ごと凍結してやる。スマホの力があればそれぐらい二秒でできる」
彼女は凍り付いたかのように、瞬きすらせずに画面を凝視した。涙がピタリと止まって、嗚咽どころか息すら殺して、それからまた咽た。
「『え、え? 一億ルーブ……? ど、どうやってこんな大金を。まさか、銀行のデータを改ざんしたのか!? それになんでお前を撃った相手なんかに!』」
もう税金だって払ってお金を移したのにレーシャは信じられないと、声を裏返して震わせた。その言葉は日本語ではなかったが、わざわざスマホが声質まで合わせて同時に翻訳を挟む。彼女が半分パニックになっているのがよくわかった。けど泣き止んでるいるし、敵意は完全に薄れている。
「なんでってお前が胸糞悪くなるようなこと言うからだろ。データ改ざん? 撃った相手なんかに犯罪するわけないだろ。親の金だ。どうやってあんなお金持ちになったかは……俺にもよくわからん。変異体になる前からこいつは普通じゃないんだ。」
仁は自分の頭を指でトントンと叩いて、説明もほどほどに立ち上がった。幸いにも玄関扉は一連の結末を見届けて、草原のど真ん中で待ってくれている。
「『あ、ありがとう。いつか、いつかこの恩は絶対に返す。ありがとう。こんな言葉でしか礼を言えないが、本当にありがとう……!!』」
レーシャは自身の端末から入金を確認すると、涙を拭い、そう何度も礼を言った。これで頭のなかがゴチャゴチャ言うこともないだろうし、優衣にもきちんと話せる。
(……待て。俺の親が無条件に大金を下すとも思えない)
「待ってる場合じゃないだろ? あと三十分もしないで中国に着くんだ」
――――もし全てのゴタゴタが終わったら、俺は本当にどうしようか。こうやってこの馬鹿をサポートするのも悪くないが、俺だって、俺だって麻真仁だ。
また、反吐が出るような自己主張を脳裏に過らせながら、仁は扉を開けた。ガチャリと響いて景色が変わる。青空は白塗りの天井へ、地平線まで広がる草地は閉鎖感のある部屋へと戻った。けれども、そこには誰もいなかった。扉も、役目は終えましたとばかりにいつの間にか消えてしまった。
(くそっ、俺だけがテレポートするなんてことがなければ……! さすがのトニーでもあの状況は詰んでたか)
「鮫だけじゃないな。よく見たら壁に弾痕がある。血の痕もだ」
多数の弾丸が白い壁を打ち付けた痕があった。貫通こそないが凹みはあるし、何より空薬莢がいくつも落ちている。それに血痕。明らかに誰かが撃たれていた。分身なら、それが気絶なり死ぬなりすれば一緒に消える。
『血液をチェックしていますが。ほぼ間違いなくトニー・ルチアーノのものでしょう。狐川優衣のものではありません』
(よかった……。いやよくないな。どうする仁? ムプレを探す? でも時間切れになるくらいなら操舵室を探したほうがいいのか? どっちにしたってテレポートだの落とし穴だのの所為で完全に迷路だ!)
「探す。もちろん探し出して、見つけ出さないと話にならない。けどその前にこそこそ隠れてるやつの対処をする」
仁は隣の部屋を睨むと、重厚な金属扉を難なく蹴り飛ばした。銃声よりも鈍く重い音を轟かせて、吹っ飛んだ扉がそこにいた誰かを巻き込んで部屋の奥に叩きつけられる。数秒すると扉と壁の間から光の粒子が漏れていった。分身が死んだか気絶したのだ。
(スマホの能力をさっきより強くしたのか? 身体能力が上がってるのはいいけど、意識が遠く感じる)
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ? 見ろ。どうやらどこでも転送装置とか落とし穴が使えるわけじゃないみたいだな。この分身、お前の漫画を持ってたみたいだ」
すぐに『流星の魔法少女☆ムプレ』の五巻を拾い上げた。能力を強めて、強制発動させる力を行使する。腕から流し続ける。十秒、二十秒と、頭のなかで時計の秒針が音を鳴らす。
(もっと早くできないのか!?)
「そんなことしたらお前が消える!」
けれど一分十秒のキスを打ち消すにはそれ以上の時間が必要だった。じっと動かずに能力を発動し続ける。すると不意に、部屋全体にノイズが走った。それから大人びた女性の声で、二度目のアナウンスが響き渡る。
『こんにちは皆さん。ミサイル巡空艦揚子江です。当艦はあと五分ほどで着港致します。また、艦長代理の命令により、目的地に着くまでの間すべての転移装置、落とし穴を停止することをご了承ください』
同時、ボフンとオノマトペを宙に描いて小さな白煙。漫画を握っていたはずの手は気づけば小さな少女の手を握っていて、眩暈がするくらいに星とハートが床いっぱいに形成され、バウンドし、煌めいていく。
「あら。どうしたの? 私の手なんて握って。もしかして、私の力が必要とか?」
深紅、瑠璃、翡翠。波打つたびに色彩を変える虹色の髪。五芒星を光らせる魔法の瞳がこちらを見据える。小悪魔のようなその微笑。浮遊の力が少女を浮かべて、フリルを靡かせる。味方になればこれほどまで頼もしいヒーローはいなかった。
「ああそうだ。力を貸してくれ」




