表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/68

異星より来冠者と国際連盟宇宙開発局尋常外対策部隊 その10

 【異星より来冠者と国際連盟宇宙開発局尋常外対策部隊 その7】






『初めまして皆さま。ミサイル巡空艦揚子江です。当艦は全ての階段を廃止し、テレポーターか落とし穴での移動を推奨しております。また、これより高速飛行モードに入ります。目的地への到着予定時間が五時間から三十分へと変わることをご了承ください』


 揺れが収まっても事態は収まってくれなかった。艦内で異様なアナウンスが響くと、狭い廊下が理解外のパワーでもって拡張されていく。青筋の光が壁を走り、金属製のテーブルやらが床から飛び出して、部屋となった廊下を飾る。


「なにがどうなっている。真実報道者から聞いた変異体のなかにこんな能力はなかったはずだ。高、分身を操舵室に……!?」


 すぐ隣にいたはずの高がいなくなっていた。何が起きた? つい一瞬前まではいたはずだ。変異体能力? 一体誰のだ? 扉の能力ならガチャリと音がするから違う奴だ。しかし聞いたなかにそんな力を使えるやつはいなかった。


 心が逆立つ。けどアナウンスが本当ならいいことのはずだ。あと三十分。たった三十分現状を守ればどうにかなる。私の任務がそれで終わる。お金が手に入って、家族が助かる。すぐに入金してもらえば弟も間に合うはずだ。


「守ればいい……。私がここを離れるのは悪手」


 ムプレを収容した部屋はまだすぐそこにあった。異常を収めようとしてここを離れて何かがあったら取り返しがつかなくなる。私は私にそう言い聞かせて深く息を吸った。しかし同時、天井がギギギと開き始めて、全身を固まらせるような緊張が引き戻される。


「うおおおおおおおおおぁあああああアア! ひでぶっ! ……痛タタ。んニー、数時間ぶりデスネ。レーシャさん」


 遅れて、間抜けな絶叫と共にトニーが落ちてきて、苦痛が伝わるくらいの衝撃で床に全身を叩きつけた。それなのに、大したダメージもなく起き上がって、彼は私と対峙する。銃を向けられた。


 張り詰める緊張がグリップを強く握らせる。……駄目だ。トニーの能力が発動すれば撃ち合いになって、確実に――負ける。その間に魔法少女が開放されたら? 彼女の力があれば扉を使わずとも逃げることだってできる。……私の能力では対抗できない。


 余裕がないことを悟られないように鉄面皮を保っても、彼は動揺の一ミリだって見せずに余裕な笑みを浮かべる。加えて最悪なことに、空気を切り裂く羽音と共に蜂女、仁、狐川優衣が降りてくる。


 私に勝ち目は無かった。命令された時点で詰み。武術でも力負けする。銃撃戦は絶対に勝てない。それでもなんとかして彼らを止めないと、せめて時間を……逃げられなくなるまで時間を稼がないと。


「ま、待ってくれ。話を聞いて欲しい! いままでの非礼は詫びる。人質を取ったことも、気絶させたことも!」


 そうだ。なんとかして本田裕に連絡を取るんだ。艦に異常が出ないように鮫は使わせないでいたが今ならもう問題ないはずだ。あの力があれば人間は無力化できる。バレないように無線をオンにして、連絡を取れば……勝てる。


 幸いにも彼らは耳を傾けてくれていた。日本語もイタリア語も喋れないが、私の言葉を彼の持つスマホが翻訳してくれている。


「お前らと話すことなんて何も無い。邪魔をするなら戦うだけだ」


 麻真仁は怒気に満ちた声でそう告げた。その刃のような瞳が睥睨して、剥き出しの敵意に感化された蜂女もまた威嚇音を発する。アナウンスは彼だって聞いている。時間稼ぎも無理だ。


 しかし、諦められるはずが無かった。あと三十分だ。たった三十分なんだ。二度と来ないチャンスなんだ。私は、私は――――まともな親孝行一つだって出来てないんだ。助かるチャンスをむざむざと、手放すなんて無理だ。


「お願いします。話を、話を聞いてください」


 私はひれ伏した。彼らに深く頭を下げて、そのまま床に当て擦る。土下座だった。唇に滲む屈辱を噛み締めて、麻真仁の脚に縋った。彼の能力は直接接触しなければ問題ない。それに狐川優衣の同情を引けば可能性はあるはずだ。


 事実、仁が私を無理やり振り解くことも無かった。トニーも蜂女も口を挟んでこない。


 ――異様な沈黙が包み込んだ。誰も微動だにせず、じっとこちらを窺う視線だけが背中を突き刺す。……彼らは話を聞いてくれているのか? だとすればこのまま話し続ければ。


「この任務が終わればな。わ、私の家族が助かるんだ。東京と違って何にも無くて、冬は地獄のように寒い場所でずっと生活してきた。楽をさせてやりたいんだ。それで……それで……」


 言葉が詰まった。街のほうに引っ越させたい。病気を治療して、もう一度テーブルを囲んでパンを食べたい。思うことは沢山あったのに、口にしていくと嗚咽がしてそれ以上何も言えなくなった。涙腺が熱くなってくる。息ができない。


 弱みを自ら晒すようで、こんな話を彼らにしたくはなかった。しかしスマホに嘘を見破る機能がある以上真実を話すのが最適解だった。彼らは話を聞いてくれている。大丈夫だ。冷静に判断するんだ。こんなにも、顔を上げようとするのに力が必要だったことはない。首に鉛の塊でも圧し掛かっているかのようだった。


 それでも涙を隠さずに、ゆっくりと、震えながら顔を上げた。そして、あまりにも冷徹な双眸と目が合う。


「俺も大切な人を助けるために、誰かを犠牲にしないといけない。……それがお前だ。どちらかが助からないときは絶対にある。だったら俺は自分と優衣を選ぶ。見ず知らずの、遠いどこかの誰かさんじゃなくてな」


 彼は一切躊躇うことなくそう言ってのけると、そのまま力任せに拳を振り下ろした。私は咄嗟に能力を行使する。――触れたものを一瞬で凍らせる力を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ