表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/68

お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その終

「フレミアが、さきほど瓦礫に潰された人が死んでいるかどうか確認致しますので、死んでいた場合は石をこちらに寄越してください。ひとまずそこにいてください。レーシャが確認してきますので」


「Я хочу, чтобы она умерла」


 二人は一定の距離を取ったまま、仁に応える。彼女は蜂女を高の足元に下ろすと、半壊した建物を見渡し、降りれる場所を探し始める。


「フレミア様が死ぬはずがない」


 淡々と、けれども腹の底から怒りを搾り出すような声をあげたのはルカだった。ムプレが無力化されたために、彼を縛る重力は消えていた。立ち上がるや否や、彼はフレミアが潰されたであろう瓦礫へと駆け飛んだ。


 三階から一階へと、躊躇い無く跳躍して、乾いた炸裂音を響かせて下へ着地する。身体強化があるわけではなさそうだった。着地と同時、彼は悲鳴とうめき声が混ざり合った苦痛の叫びをあげた。


「があああああ……! はは、ハハハ! フレミア様! 生きておられるのは分かっています。どうか姿を見せてください!」


 崩れかけた建物に狂信的な声が反響する。仁はしかめっ面をした。レオンや高とはまた違うおぞましさを前に息を呑む。


 ――狂ってる。


 冷静な自分が呟くけれど、それは最初からだと思った。玄関扉が消えたときから手遅れだった。


「生きてはいますけどぉ」


 独特なトーンで、幼く、けれども艶やかな声が瓦礫に埋もれながらもハッキリと聞こえた。


「Мне жаль, что она не умерла」


 なんと言ったかは分からないが、レーシャが落胆を示したのは理解できた。赤い瞳がルカと瓦礫を見据える。


「服が壊れてしまいましたぁ。深海でも耐えられるのにぃ……。ルカちゃん、体を貸してくれますかぁ?」


「喜んで!」


 ルカは子供のように純粋な笑顔を浮かべながら、その場に跪く。壊れた天井から入り込む光がスポットライトのように照らすなか、瓦礫の隙間から黒い霞掛かった何かが姿を見せた。


『ギャハハハ! ルカちゃんよぉ! もう後戻りできねえぜぇ!?』


「彼女は神だ。ああ……初めてあなたの姿を見たときからこの身を捧げるつもりでした。奇跡の一つすらくれぬ主よりも、僕は貴女様の名前を囁いていたい」


 彼の周囲を塗り潰す黒色が、口や耳からルカの体内へ入っていくのが見て分かった。そして全ての黒が入り終えたとき、彼はゆっくりと立ち上がってこちらを見上げた。


『石を寄越してくださいぃ』


 重なりなった声に悪寒がした。気圧されて、押し黙ったまま仁は深く頷いて白い石をルカへと向かって投げた。そして華奢な手が受け取る。


 彼は、彼女はその石を口のなかへ放り込むと、満足げに辺りを見渡した。


 中央をくり貫かれるように半壊した屋内アミューズメントパーク。薄暗かった建物は抜き潰れた天井から入る光に照らされ、電気装飾はショートして火花を散らしている。


 今日、優衣と乗っていたアトラクションも重力につぶれ、または切断されていた。ルカはそんなアトラクションのレールを蹴って、蹴り上げて、猫みたいな動きで崩れかけている三階へ、こちらのほうへと跳んだ。スタリと降り立つ。


 そして奇怪な笑い声を上げながらこの場にいる全員に届く声で彼女は宣言した。


『くっふっふぅ! 散らばった隕石の回収ができましたぁ! これで私とのぉ、契約は完了ですぅ。あとは好きにして構わないですぅよぉ? あとは人間達の問題ですぅ』


 それは、彼らが彼らの国に託された命令へと移行するためのある種の合図だった。


「動かないでくだサーイ」


「高、レーシャ。あなたたちは日本国民を不法に連行しようとしている。大人しく彼女たちを地面において銃を捨てなさい」


 声が上がった。同時、それぞれ別の死角からトニーとサラリーマンのような風貌をした男が姿を見せる。銃を向けていた。無骨な銃口は紛れもなくレーシャと高に向けられていた。


 ――――仲間割れか?


 あーあー……。最悪だ。最悪。いますぐ逃げたい。誰の能力を無力化して逃げるべきなんだ。トニーと……もう一人は見逃してくれるのか? わからん。全員敵だ。


 どう行動しようにも出来ずに様子を見ていると、高とレーシャはあまりにも呆気なく、優衣たちを下ろして両手を上げた。持っていた銃器も弾を外して地面へと捨てていく。


 ――――よほど自分達の変異体能力に自信があるんだな。


「トニーさん、一般市民の保護に協力してくださりありがとうございます。あとは我々日本が責任を持って管理いたしますので――」


「アメリカと一緒に変異体の共同研究デースカ? 安達サン」


 緊迫した空気のなか日本人が丁寧な物腰でトニーへ礼の言葉を言った。しかし彼はつっけんどんに返してもう一本の拳銃を安達とやらへ向けた。


『おほぉ。このときをぉ楽しみに待ってたんですよぉ。でも現状はぁ、高の独壇場みたいですぅ。レオン君と張り合うかと思ったんですけどねぇ』


 重なり合う声と共に、ルカが翡翠色の双眸に炎を灯した。ボウッと、熱のない火が陰陽を濃く映す。


「さすがルカ、いえ、フレミア様。状況がわかっていらっしゃいますね」


 高の声。けれどもそれは彼からではなく、別方向から聞こえた。カツン、カツンと瓦礫を踏み鳴らして声の主が姿を見せる。その男もまた、高だった。スーツ姿で、銃器を持っていて、長髪の男。寸分違わない。


「皆さんにはいくつか嘘をつきました。一日一回大量の人間を複製できる。ただし自分以外。変異体の能力はコピーできない。複製できる人間は自由な操作が効かないと言ってしまいました」


「能力の内容にホラふいたのが君一人だと思いマスカ? 君が偽者なら、偽者を殺シマショウ。それで優衣ちゃんや、カリーナを捜索して、保護するダケデース」


 トニーからぽとりと汗が落ちる。仁は歯を軋ませた。……人間を複製する能力。ああ、だからか。あの二人はずっと余裕なんだ。あの人質も。


 ――偽者か。残念だったな。ファーストキス。


「殺してみますか? いいでしょう。撃ちなさい。能力を正直に話しますと、自立行動する爆弾を……作る能力ですけどね。もちろん不発させることはできますが、試してみますか? こちらは既にサンプルも確保していますし構いませんよ」


 嘘ハッタリかもしれないが、真実かもしれない。トニーがどんな能力か、そもそも変異体かもわからないが、彼は行動を渋った。本当に爆弾だったら、これ以上は建物がもたない。全滅する。


「困りましたね。中国ロシアが我が国の国民を違法に捕らえるとすでに伝えてしまいましたよ。国際問題になりますよ」


 安達と呼ばれていたサラリーマン風の男が無表情のままそう語る。正義面しようたってこいつらも変異体を確保しようとしてる。全員敵だ。


「確かにこれは困りましたね。こんなこと命令されていないものですから、独断行動がバレてしまう。きっと祖国は我々を絶対に拘束しようとするでしょうね。しかし手遅れならばやれるところまでやってみましょうか」


 ――拘束じゃなくて回収だろ。嫌になるな。俺たちは新たな資源だと思われてる。まぁ、確かにどこにでも行ける玄関扉は欲しいけどな。


「それで優衣と蜂女を返さないつもりか?」


 仁は拳を震わせながら低い声色を発する。端から答えは分かっていて聞いた。


「ああ、そうでしたね。では彼女達はここに置いておきましょう」


 その冷笑は、偽者であることを隠す気すらなかった。いますぐ殴りかかってやりたい衝動が胸を逆撫でる。分かっている。そんなことやってもこの状況を打破できない。


 優衣達が本当に捕まってるかも分からないが、それがマジだったときのことを考えるとどうしようもない。機会を探るしかない。一番駄目なのは、こいつらに完全に逃げられることだ。


「糞野郎共。よく聞け。変異体のサンプルとかが欲しいなら俺がなってやる。触れたものを脆弱にする力だ。いい被検体だろ? 連れてけよ」


 そうなるくらいなら、捕まった方がいい。仁はさらりと嘘をついて、人格を入れ替える。冷静な自分で地面に落ちていた瓦礫を握り砕いて見せた。


「なるほど。素晴らしい力ですね。それにあなたが自ら志願してくれるのでしたら幸栄です。まぁ変異体のサンプルは多いほうがいいので回収できる限りはすべて――――」


 そのとき、瓦礫に埋もれた床が、傷だらけの壁がぐにゃりと空間を歪ませた。潮風の匂いがして、ポコポコと水音が頭のなかに響く。ゆらりと、背びれが見えた。それはゆっくりと目の前に姿を見せる。八つの蛍光する瞳。何重にも重なった牙。獰猛なアギト。


 昨日必死になってその大顎から逃げ続けていたのが、随分前のことに思えた。


 新宿を泳いだ鮫の一嚙み。高とレーシャは眺めていた。それを見て、仁は避けようとは思わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ