お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その16
『ヘヘヘ! 分かってるじゃねえか青二才ッ! 俺は気に入ったぜ? てめえのことをな。オレ達悪役感あって嫌なんだよ』
拳銃が荒々しい口調で愚痴る。ルカは黙ったまま銃身を軽く殴って、こちらをジッと睨んだ。
「……こいつの言うことは無視して構わない。とにかくあまり時間がないのだ。あの女の能力はッ――!」
言葉は途中で上書きされた。全身をまさぐるような藍色の魔力の渦と、建物の外から響く快活な少女の声に。
「愛と屈辱の対価を払え! 我が正義に跪け! 【殲滅重激】!!」
詠唱。頭上を満たす藍色の魔力因子が翡翠に蛍光し、魔術を展開させる。広範囲攻撃のなかでは一番弱い魔法だ。しかしそれでもあまりに強力で、爆撃のごとき轟音と地鳴りを響かせて、瞬く間に天井と壁の一部が空の彼方へと吹き飛んだ。
同時、暗かった屋内に太陽光が差し込める。遅れて建物全体に亀裂が走った。レオンとの殴り合いで生じた砂塵が舞い上がり、晴天の青空を灰色に塗っていく。
仁は日差しに目を細めながら空を振り仰いだ。魔法少女ムプレは頬に僅かな切り傷をうけていたが、それだけだった。色彩を変化させ続ける髪が触手のように揺れ動く。太陽光が服の一部分に白線を描く中、彼女は禍々しいまでの笑みを浮かべた。流れ出る血をぺろりと悪戯に舐めて、声高らかに唱えた。ドス黒い魔方陣が何重にも空に描かれる。
「絶望を泣き叫べ。【黒雷の殲杭】!」
瞬間、魔方陣の範囲にあったあらゆる物が地上へと押し潰された。さきほどの魔法で空高く舞い上がった瓦礫と鉄骨、砂の一粒さえも目視すら及ばぬ速度で過度な重力負荷を受けて地面を抉り沈み込む。
建物にぽっかりと巨大な穴を作りながら、地面が大きく揺れた。その衝撃と破壊の中心、ボロ布のような痛ましい姿になったフレミアが、垣間見える。
「フレミア様ッ!!」
ルカが叫んで、過重力空間に飛び込みそうになったのを仁は咄嗟に止めた。抵抗して彼は腕を強く振ったが、そんなものはどうってことない。
「うーん……さすがに重力がきつすぎて動けないですぅ」
瓦礫に埋もれてくぐもった声が響いた。フレミアだ。生きていたという安堵よりも、今となっては生きてるのかと戦慄しか湧かない。レーシャも高も表情にこそ出そうとはしないが、それでも顔を引き攣らせていた。
「あら、まだ生きてるの!? ならッ、これでトドメよ!」
魔法陣がさらに瑠璃に輝きを増し、可視化された重力の一撃が集中線を帯びて何度も放たれる。轟音。衝撃の連続。その尋常ではない力はとうとうフレミアの骨格ごと圧し砕いた。
べしゃりと、到底直視できるものではない血肉の塊が瓦礫を塗る。ムプレの効果か否か、その肉塊を黒い塵が隠すように覆っていく。
――マジかよ……。殺しやがった。
「これで、まず一人ね」
ムプレは悠然とまだ残っている床に降り立つ。深い紫の瞳の奥、五芒星を煌かせながらこちらをじろりと睥睨した。
罪の瞳……睨まれただけで重力負荷が身体に圧し掛かる。がくりと膝が見えない力に押された一瞬の隙をついて、抑えていたルカが腕を振りほどき、アサルトライフルを構えた。
「フレミア様をよくも怒らせてくれたなッ! 貴様があのお方から感情を受け取るなど……あまりに傲慢だ!」
狂信者のごとく激昂を張り上げて黒光りするアサルトライフルの銃口を彼女へ向けた。ガチャリと、ムプレの影響によって大袈裟な擬音を立てて安全装置が解除される。
そして火を噴いた。閃光と硝煙混じりの弾道がムプレへと向かい、しかし直前、過重力を受けて地面を穿つ。
「あなたは……後ッ! 【黒枷】!」
重力がルカに跪かせる。頭を上げることもできずに彼は悔しさを噛み締める。
「くそ……! こんな力! ザミエル! 撃て!」
ルカは身悶えながら拳銃に叫んだ。しかしザミエルと呼ばれた変異体の拳銃は下品な笑い声をあげるだけで銃声を鳴らすことはなかった。
『ギャハハハハ! 無理だぜそりゃ! オレっちの弾丸は確かに絶対当たるがよぉ。重力の影響は受けるぜ。撃ってもこの拘束から抜け出せねえ。そもそも手に持たねえとさすがに撃てねえぜ』
そんなやり取りに興味も示さずに、ムプレは小悪魔のような微笑を向けた。
「フレミアは倒した。次はあなたよ。最低ッな、麻真仁君。ねぇ、あなた狐川優衣ちゃんのこと好きだったでしょ? 優衣ちゃんもなのよ」
「はは……なら放っておいてくれよ。殺しても悲しみしか生まれない。誰も得しない」
説得はしてみるも無駄だということは分かっている。理性的な彼女なら手を止めてくれるが、完全に暴走状態だ。魔力が黒い。こうなったら殺すと決めたやつは絶対殺す殺戮機械だ。
案の定彼女は許してくれなかった。バチリと黒雷を走らせ、可視化された重力が黒い球体となって周囲を漂う。エフェクトの星もハートも黒々と染まっている。
「駄目。一度過ちを犯した人間は罪よ。償うには私が裁くしかないの。私が正義よ。でも殺す前に教えてあげる。優衣ちゃんね、あなたの家が壊れてほしいって願う程度にはあなたに恋していたわ」
――えっ、なにそれ。そういえば家が壊れたの私の所為って何度も言ってたけどもしかして優衣がムプレにお願いしたのか?
そのことは全部解決してからゆっくり二人で親密に話し合え。
「最期にやり残したこと、言い残したことはあるかしら? 命乞いは受けないけれど、私にだって慈悲はあるもの。叶うものなら叶えてあげるわ」
――原作と同じ慢心だ。これで終わらせよう。アメコミヒーローも魔法少女も軍人もぶっ飛ばして、早く来週の日曜日になってほしい。
「なら、少しだけそこにいてくれ。すぐにやり残したことを終える。仁、変われ」
頭の奥が頷いた。能力の強制解除。電流が流れるように筋力も反射神経もただの一般人になって、冷静だった思考が奥へと戻る。それでも仁は冷静でいられた。まだ不安は多いし、死ぬのは怖いし、優衣が人質に取られているのが恐ろしくて、恐ろしくて仕方ないがビビってもしょうがないと思った。
レオン・ガルシア(Leon・Garcia)
変異体能力:極度の身体能力強化。
この能力は変異体の能動的な意思によって発動する。筋肉の膨張。蒼雷が周囲を迸るという外見的変化のほか、反射神経。思考能力。非科学的な筋力。火や電気、衝撃への耐性が生じる。現状、この能力が発動している限り普通の戦車砲や核爆弾ですらその肉体を殺すに至らない。
弱点があるとするならば、他変異体との相性の問題である。




