異星より来冠者と国際連盟宇宙開発局尋常外対策部隊 その6
「セシリア、闇雲に探しても非効率的デショー。彼女達が行くであろう道を考えるのデースヨ」
建物にはいないと断定したところで、トニーはしたり顔でタブレット端末の画面を見せる。周辺の地図だった。セシリアは立ち止まって一瞥し、淡々と尋ねた。
「で、お前はどこに行きたいんだ。そういう才能はお前にあると思ってる。答えろ」
「彼女は、ええと、狐川ちゃんデシタッケ? 君と違って胸が大きいうえにしおらしい可愛い子」
「真面目に聞いてるんだからさっさと答えろ。ここは海に囲まれてる。いくらでも沈めれるんだぞ。お前の国に犯罪者の海漬けを寄贈してやってもいいんだぞ。んっんー、肉料理だ。誰も食わんがな」
セシリアは血管が浮き上がりそうなほど頬を歪めて声色に殺意を交えた。が、トニーは気にも留めずに言葉を続ける。
「彼女は助けようと動いてるわけデスカラ、行くとすれば手術も可能な病院でショウ。そのためには橋を渡る。つまりこの道を辿るはずデス」
「……追うぞ。違ったら金玉蹴り上げてやる」
二人は建物を飛び出すと車道のど真ん中を走り抜けた。ジリジリと照りつける太陽のもと、遠くでフレミアと魔法少女が交戦していた。何度も空に描かれる魔法陣。周辺の建物から立ち上る砂塵に煙。
「化け物め」
セシリアは小さな口から悪態を漏らしながら、トニーの発言を信じて地面を蹴って駆ける。荒事になれた二人が、手負いを背負いながら逃げようとする少女に追いつくことなどあまりにもたやすいことだった。
ぼろぼろの警戒色。掠れ泣く声。少女を背負い早足で移動をする少女の後姿。紛れもなく蜂女と優衣だった。
「よかった。これで人間のほうは無事に保護できる……!」
「狐川優衣さんデシタカ? どうか動かないでくだサーイ! 悪いことはしまセーン」
嘘をついた。蜂女は殺す予定だった。けれども罪悪感が沸くこともなく、特別な想いはない。
「し、信じられませんッ!」
優衣がこちらを振り返る。青ざめていて、誰がどう見たって怯えていた。背負われている蜂女が涙に濡れた顔を向けた。喪失感を映し出すように虚ろな黒い双眸。強風に揺れる黒と黄の髪。
次の刹那、トニーの心臓はあまりにも強く脈打った。
――ドクンと。
見てはいけないものを見てしまったように硬直し、瞬きすらできずに硬直した。呼吸のできない金魚のように口をパクつかせ、亡霊と対峙したがごとく震える指を少女に向ける。
「おい、犯罪者。どうした? 何ボケっとしている」
セシリアの声はもはや彼に届かなかった。トニーは狂喜と困惑に満ちた声で、蜂女に叫んだ。
「カリーナッ!!」
「……知らヌ。そんナ名前は知らヌ」
蜂女は軽いパニックに陥りながらも、震える声で否定する。しかし誰よりもパニックになっていたのはトニー自身だった。さっきまでどうやって殺そうかと考えていた脳みそは運命の悪戯に奔流され、海沿いの傾斜に立ち並ぶ白い街並みを、母国イタリアでの記憶をフラッシュバックさせていた。
――――トニー・ルチアーノ。恩赦を条件に今回の任務に従事する彼が追憶したのは、南イタリアのとあるリゾート地でしがないシェフをしていた頃のものだった。
怒鳴り声ばかりが響く厨房。小洒落た蝋燭型の照明が照らすテーブルクロスにいくら料理を置こうとも、毎日毎日味の分からないセレブ共が来店するだけだった日々を壊してくれた少女のことを思い出す。
(まっず……!)
そんな率直な感想を言われたのは初めてだった。黒く虚ろな瞳。類い稀なほどに美しい金髪は、反骨精神を見せつけるように点々と黒く染められていた。
少女の名前はカリーナ。当時イタリア全土にまで権力を伸ばしていた巨大マフィアの一人娘。トニーは彼女に一目惚れだった。
すぐさま行動に移してマフィアに組した。麻酔無しでのタトゥーを彫って忠誠を示した。麻薬の密売。暗殺。やれることはなんでもやった。死刑でさえも軽いほどに罪を犯した。
(私はもう二度と神の名を言えなさそう。あなたの名前はいくらでも囁けるのに。ねぇ、首筋を香わせてよ。一緒に逃げよう)
駆け落ちをしようとしたのだ。だが逃げれなかった。マフィアの凶弾が彼女を撃ち抜いて今も目を覚まさない。
「トニー! 気でも触れたか……? なぜ私に銃を向けている」
セシリアの怒号で、彼は我に返った。記憶がフラッシュバックしていくうちに、仲間と銃を向けあっていたことに気づいて目を見開く。
「そうデスネ。いままでがどうかしていたノデスヨ」
トニーの自嘲にセシリアは安堵して緊張を緩めたが、彼がより一層拳銃を握る手に力を込めたのだと分かると眉を細めた。額に皺が寄る。
「裏切ったと……連絡していいのか? お前の帰る場所はなくなるぞ。裏切ったマフィアからも、国からも追われる身になるんだぞ」
セシリアはその幼い外見に反して冷徹で、高圧的な声色でトニーに問いかける。脅迫だった。
睥睨が交じり合う。トニーは深く息を吸って周囲を見渡した。
無人になった街。状況を把握しきれずにこちらを睨む少女と、その背に抱えられたターゲット。傷だらけで、苦しそうに呼吸をしている。
トニーの瞳が刃のようにギラついた。湧き立つ衝動が彼を行動に至らしめる。
「もう誰も殺したくないから逃げたんデスヨ。オレは。……それに怒られてしまいマース。あんな子を撃ち抜いてでもしたらネ」
初恋のために躊躇いなくマフィアに身をやつした男にとって、この組織を裏切ることなど造作もないことだった。




