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新宿デート野郎は蜂と宇宙人と手を繋ぐ その2

 それは昨夜のことだった。ベッドでごろごろとしながら『流星の魔法少女ムプレ☆』の一気読みをしていたら、不意にスマホが鳴って、麻真仁あさまじんは電話に出た。相手は向かいに住む、狐川優衣こがわゆいだった。


 家の玄関扉が盗まれただとか正直よく分からない話から始まったが、(今朝見たところ確かになかった)最後のほうでこんな話題が持ち上がった。


「ね、ねぇ……。今度の日曜、一緒に新宿行かない? その、昼食とか……、遊んだりとか……」


 か弱い声。小学校のころから一緒に遊ぶことは多かったが、彼女からそんな誘いを受けたのは初めてだった。しかも場所は新宿。もしかして、と仁は仮定する。


 ――――幼馴染からデートの誘いを受けたのでは?


 まさかと、一瞬即座に否定したが、新宿といえばいわば東京のなかでも結構な都会だ。よく新宿、デートスポットだなんて検索してみることもあるが、やはりお洒落な建物が多い。やっぱりそれはつまり、そういうことなんじゃないだろうか。そう言い聞かせるポジティブな自分が、ネガティブを殴殺せんとシュミレーション。



「ご、ごめんなさい……。お、遅くなっちゃって…………」


 おどおどとした口調で待ち合わせのなんかお洒落な駅前に優衣が来る。


 いつも前髪で片目だけが隠れていて、その黒髪がなんか甘い匂いがして、ちらって髪の間から見える青い瞳が綺麗で、恥ずかしがってスカートやワンピースなどは着ないでいつもシャツと長ズボンを履いてるのが逆に色っぽくて、けどデートのときだけは勇気を出してスカートとか履いてくれそうな気もする。


 さらに胸も大きくて、からかうとすぐに顔を真っ赤にして恥ずかしがって、胸も大きいような、本当に可愛いくて、率直に言ってしまうとそそるのだ。


 そして男ならば言ってみたい台詞第五位ぐらいのセリフを自然な流れで言うのだ。もちろん服装もユニなんたらとかじゃなくて、きちんとした高い奴を着こなしてだ。


「大丈夫、俺も今来たところだ」



 ――――だなんて……! いいじゃないか。いいじゃないか幼馴染。


 よく幼馴染って負けフラグだろとか言ってくる奴がいるが、そうは思わない。少なくとも優衣のことを考えれば考えるほど頭が馬鹿になる自覚もある。


 今日の行動も完全に頭が馬鹿になっていたんだな……と、我に返って仁は自嘲する。詳しいデート場所も聞いていないのに事前に行って予行練習をしようだなんて。馬鹿そのものだった。来週の日曜日と指示されたにも関わらず、今週の日曜日に行かずに、平日に、授業をサボってしまった辺りも馬鹿丸出しじゃあないか。

「はは……はぁ」


 乾いた笑いとため息は同時に出てくれた。仁は東京に来てパンケーキの店を探す田舎者のごとく、周囲を用心深く見渡した。


 立ち並ぶデパート、家電量販店のビル。ジャングルみたいなノリで建造物が生えていた。太陽光を反射して鈍く光る青い窓。汗がだらだらと流れるくらいの日差しに、これまた熱さを助長する人ごみ。死ぬような思いをして新宿駅を脱出したわけだが、もう倒れてしまいそうだった。


 特に、駅を出てすぐ隣に喫煙エリアがあるのはよろしくない。あの独特の臭いが頭を揺らしてくる。それに共産党の喧しい演説が耳に残るのでもうメチャクチャだった。新宿は馬鹿になる。そう、馬鹿だ。馬鹿の街に違いない。


「おえぇ……やっぱ帰ろうかな」


 否、そんなわけにはいかない。緩んだ心を律し、仁はスマホを凝視した。わざわざ授業サボってまでこんなところに来たのだ。今更帰ったら往復の時間が無駄な上にチキンだってことを証明することになる。それだけは嫌だった。


『チキンじゃないことを証明できる! 猿でもわかる女性が喜ぶプレゼントとデートスポット十五選!』


 昨日の話を理由に友人に出席を取ってもらおうとした結果、送られてきたデータだ。


 まったく余計なお世話だと、本当に心の底から思う。自分の力だけで告白したいのだ。それなのにこういうデータをわざわざ送ってくる馬鹿が多いのだ。まぁ、送られたからには活用するしかないだろう。感謝はしないが。


「ったく、なんで今日に限って駅の出口が立ち入り禁止なんだよ……。新宿中央公園ってどこなんだ……?」


 目的地に着ける気がしなかった。愚痴りながら歩いていると余所余所しい目で見られるのが痛い。適当にその辺を歩いているが、周囲を見渡しても公園なんてものはない。


 あるのはどデカイ交差点や飲み屋。それにファミレスやカラオケなどがまとまったビルとかそれぐらいだった。あとは赤茶色の高層建造物。確かホテルとデパートと駅が合体しているとかなんとか。


 ……地図を見た上でもすぐに迷子になるような男の告白をOKしてくれるのだろうか。そもそも本当にデートなのだろうか。


 歩き続けているとそんな不安が過ぎった。せっかく雰囲気のいい場所まで行って、凄い事前に準備して告白しても、駄目だったらどうしようか。いっそ無理矢理体の関係だけでも……いやいやいや、何を考えている。それじゃただの屑じゃあないか。やはり優衣のことを考えると頭が馬鹿になってくる。


「すみません、新宿公園中央って西武新宿のほうであってますかね?」


 いい加減彷徨うのもアホらしくなって、横断歩道を渡ってきた小太りしたタヌキロボットのようなおじさんに道を尋ねた。


「……新宿中央公園なら真逆の方向だよ。ええと、そこの道を――――」


 おじさんが指を差した方向とスマホの地図を交互に見ていって、ああなるほどと理解した。だが同時、何か変なものが視界に映り込んでいた。


「……ヒレ?」


 そう、背ビレだった。ゴミと見間違えたわけではない。まるで鮫のヒレのような何かが、器用に車を避けて車道を渡って、こちらの道にまで来ていた。多分だが、立ち入り禁止になっている辺りから来たのだろうか?


 それから道案内の話は耳に入らなかった。ヒレがゆらゆらと蛇行しているのを目で追ってしまっていると、おじさんがやや不快そうに声を荒らげた。


「……道を聞いておいて、話を聞いているのかね?」


「あ、いや、すみません……ただなんか背ビレが」


「背ビレ? そんなものどこにもないじゃないか。からかっているのかね?」


 指を差したタイミングでそのヒレはアスファルトのなかへ潜って見えなくなってしまった。もどかしい。本当のことを言ったのにこれではただの危ない人じゃないか。


「……いえ、多分疲れてるのかもしれません。道を教えてくださりありがとうございます」


「人……?」


 こちらが礼を言っているのに、今度はおじさんは空の遠くを見つめて上の空になっていた。どうしたのかと思い視線を同じ方向に向けてみたが、あるのは快晴の空だけだった。見てるだけで飲み物が欲しくなる。


「なんかあったんですか?」


「いや、今女の人が空を…………気のせいかな? ごめんね。なんでもないよ」


 よくわからなかったが、きっとこのおじさんも疲れているのだろう。なんだか申し訳ないことをした。仁はもう一度頭を下げて礼を言って、言われた通りの方向へと歩き出した。

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