お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その14
異常な発光。髪が逆立ち、蒼い瞳から稲妻が迸る。バチバチと、弾ける音が走り筋肉が隆起していく。
「変異体か! どいつもこいつも!」
能力は――身体能力の向上か? いや、断定はできない。危険だ。距離を取って能力の詳細が分かるまで様子を……駄目だ。優衣が逃げるための時間を、時間を稼がないといけない。
「時間を――――ッ!!」
言葉は途切れ、声にならない雄叫びをあげて、仁は決死の想いで飛び掛かった。風を切って地面を砕き蹴り上げ、レオンの顔面を狙い澄ました一撃を。拳銃を持ったまま拳を振り下す。そして躊躇うこともできずに勢いのまま弾丸を撃ち込んだ。
発砲の反動が肩を走り、拳が鋼でも殴ったかのような鈍い痛みを覚えた。轟く発砲音のなかカランと、乾いた音を立てて銃弾が地面を転がる。
「HAHAHA。……あいにく今のオレはスーパーヴィランでもないかぎり止められないな」
拳は頬を殴り飛ばす直前で受け止められていた。レオンはニヤリと笑っていた。がっしりと手首を握られる。
――やばい。頭が警鐘を鳴らした。咄嗟に膝蹴りを打ち込もうとしたが、隙だらけの腹部に強烈な殴打をもろに受ける。
ハンマーで内蔵を撲られたかのような鋭利な痛みと骨を打ち砕く衝撃。蒼雷が渦巻く。視界がぐらりと黒く染まった。五感の遮断。洒落にならない力の暴力が刹那意識をも吹き飛ばす。
『仁様! 無事ですか!?』
スマホの声が飛びかけた意識を呼び戻す。――――殴られて、何が起きた?
理解が追い付かなかった。苦痛に歯を軋ませながら体を起こした。臓器が縮み上がって、まともに呼吸も整わないなか周囲を見渡す。
「ヒュー……ヒュー……」
空気が漏れるようなその音が自分の口から出ているとわかるのに時間が掛かった。……黒塗りの天井。薄暗い屋内。手が瓦礫に触れた。ショーウィンドウのガラスを突き破ったのか?
仁はよろけながら立ち上がり、壁に打ち付けられるまで吹き飛ばされたのだと理解した。その衝撃で壁が砕け、天井の一部が崩壊していた。砂塵が舞っている。
「なるほど、二階から飛び降りてなんともないようだったからおかしいとは思っていたんだ。君も身体能力強化の変異体か」
パキリとガラス片を踏み鳴らして、レオンも建物のなかに入ってくる。
「……お前ほどじゃない。スーパーヒーローにでもなったつもりか? ああ、糞……マジで痛い。服が焦げてるし……吐きそうだ」
仁は腹部を強く抑えながら、余裕があるかのような軽い口調で煽った。けれどもそれは、レオンより自分自身に負い目を感じさせていく。
――――すまない。俺のせいだ。
「黙れ……。謝るくらいなら行動に出るな。恰好つけたんだったらそれを貫けチキンのチェリー煮込み野郎」
「なにを一人でぶつぶつ言ってるかは知らないが、……HAHA。スーパーヒーローか。皮肉なもんだと思わないか。変異体の能力はまさに君の言う通りなのに、やろうとしてることは殺害だ。知ってるか? いや、日本人は知らないだろうが、ヒーローっていうのは人殺しはしない」
レオンは自嘲して、眼前から姿を消した。瞬間、轟く爆音。電光のごとく彼は一瞬で距離を詰めて、拳が振るわれる。
『残り充電は85%です!』
スマホが叫ぶ。瞬間、彼女の画面を中心にして目を閉じようとも頭痛がするほどの眩い閃光が瞬く。レオンの動作が明らかに鈍った。仁は一瞬の隙を突き、渾身の力で蹴り飛ばす。二度の発砲。反響する銃声。
「スマホ、助かった。このまま時間を――――」
言葉は続かなかった。閃光がまだ消え切らぬなか、レオンが壁を駆けて剛腕を薙ぐ。その戦車砲にも等しい一撃が顔面を捉える刹那、身を屈め回避できたのは奇跡的だった。しかし突風の刃が横切り、触れてもいないのに皮膚がズタズタに切り裂かれる。
疼痛と熱が籠った。目元の傷が視界を妨げる。その僅かな傷が反応をワンテンポ遅らせた。
鋭く、力任せの蹴り。避け切れずに腹部に膝が食い込む。稲妻が走って、尋常ではない一撃が仁を真上に吹っ飛ばした。
全身がコンクリートに打ち付けられて、それでも収まらずに二階、三階の床を砕き、貫く。衝撃。激痛。燃えるような熱が連続的に渦巻いた。体が引き裂かれて、打撲。殴打。裂傷。火傷。脳みそが強く揺らされてぐわりと揺れた。
砲弾にでもなったかのようだった。最上階の天井に全身を打ち付けて、仁はようやく床に落ちた。ばたりと、強化された身体能力でも耐え切れない負荷が手足を痙攣させた。
体を動かせずに床に伏していると、湯に浸かるような心地がした。鉄臭い。服にそれは染みていく。蹴りの一撃で皮膚から湧いて出るようにとめどなく、血が流れていた。
「ぁ……くそ。痛……」
声がうまく出せなかった。口のなかは血の味がした。耳に入る音がすべて雑音で、頭に直接響くような痛みがする。
「すごいな。まだ意識があるとは思わなかった。だが分かったはずだ。運がよかったとも言えるし悪かったとも言える。君の変異体としての能力は脅威になるほどではなかった」
すぐ隣でレオンの声がした。一瞬でここまで上がってきたのかだろうか。確かめようと視線を向けようにも、苦痛と意識の朦朧がそれを妨げる。もはやどうしようもなかった。完膚なきまで無力化された。
……ああ、糞。悪い。俺にはどうしようもない。
――――謝るな。俺の所為だ。……君の変異体か。なぁ、お前の存在もスマホの能力の一環なんだろ? なら俺は、俺は結局ただの一般人なのか? 真実報道者がとやかく言ってたのは嘘なのか?
「……知るか」
仁は吐き捨てるように言った。レオンとなんか話してはいないが、彼はその一言を返事だと勘違いして嘆息する。
「はぁ……。とにかく、拘束させてもらう。大丈夫、安全はアメリカが保障してやる。中国やら日本に掴まらないだけ幸運だったと思うべきだ」
ジャラジャラと手錠が鳴った。手首に食い込むそれは頑強だが、強引に壊せる程度でもあった。痛む腕が、肋骨が、そうはさせないが。
――――少しでいい。スマホの能力を解除させてほしい。
「痛むぞ」
「オレだって弾丸は痛かったとも。お互い様さ」
レオンが弾痕を見せつける。出血こそないが、確かに肌が青ばんでいた。だがそれだけである。暴れまわってできたことといえばその傷と、くすんだ金髪をさらに砂まみれにするくらいだった。
――構うもんか。能力解除。
強引にスマホの能力を解除した。複数の骨折。多数の打撲。裂傷。どうして自分が淡々と耐えれていたかが分からない。身悶えるほどの熱と叫ぶことしかできない激痛が全身を蠢く。
「があああああああああああああああああッ! アアアアアアア! ハハ、ハハハハハハハハハ!」
引き攣った笑いが止まらなかった。ぼろぼろと涙が溢れ出る。酷使された全身の倦怠感。しかし同時、自分の能力をようやく理解できた。いままでずっと使っていたのだ。
「脳内麻薬が観念して切れたのか? 今は我慢してくれ。あとで鎮痛剤を渡すから」
突然の豹変ぶりにレオンは気味悪がりながらも対応してくれた。それが滑稽で、なぜ自分の能力に気づかなかったのかが馬鹿らしくて、仁は狂ったように笑い続けた。
「痛い痛イ痛い痛い! がぁあああ……! ハハ、ハハハハハハハハハハ! これが、これが俺の能力だ! 脅威じゃないかはてめえとお前自身で確かめてみろ!」
そして――仁は初めて、意識したうえで能力を発動した。




