お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その12
「伏せろッ! 大魔法だ! 全員死ぬぞッ!」
仁は優衣に覆い被さったまま無我夢中でここにいる全員に叫んだ。鮫なんかよりもっとやばいものがくる。その一心で喉が張り裂けんばかりに声を荒らげた。しかし傍観していた彼らが行動を移すには、やや手遅れだった。
直径何百メートルにもわたる巨大な魔方陣が五芒星をゆっくりと回転させながら輝きを増し、何重にも描かれると、それは唱えられた。
「流転せよッ! 【朱銀の断頭台】!!」
蛍光する藍が朱に一閃した。その刹那、すぐ真上を朱銀色の波動が通り過ぎて、街灯も並木もたやすくへし薙ぎ倒すほどの狂風が暴れ狂う。否、その風をたやすく巻き起こし、伏せられなかった人々の頸椎をへし折り砕くほどの重力負荷が生じたのだ。
「優衣、見るな!」
魔法少女ムプレが漫画キャラ最強格として名をあげられる理由が今現実として目の前の光景を作り出していた。
――死屍累々。その言葉が今ほど当てはまることはない。周囲にいた人々のほぼ全員があらぬ方向に首がへし折れて、はたまた、骨が肉を貫いて即死していた。虚ろな目にこわばる体。そんな状態でばたりばたりとみんな倒れて動かなくなっていく。
魔法によって放たれた朱銀の波を受けた人が、物が、その部分だけ受けるべき重力負荷のベクトルを強引に捻じ曲げられたのだ。
「うぅ……んんっ!」
優衣はその凄惨たる状況を目の当たりするや否や、仁を押しのけて無理やり立ち上がった。口に手を当てて必死にその奔流を堪えていたが、それも耐え切れずに彼女はその場で嘔吐する。
「おええええええええ! げほっ……ごほっ」
「優衣、大丈夫か?」
仁は駆け寄って彼女の背中を優しく擦った。スマホの能力によって引き上げられた第六感ともいうべき危険感知能力がその場で最も注意すべき敵の気配を掴み取る。
ムプレではなかった。彼女は魔法を唱えたが、あれは変異体の能力だ。吹き出しの一環。どれだけ遠くに言おうとも叫べばトゲに満ちた言葉が轟く。近くに気配がなかった。
「あららぁ、みーんな死んじゃいましたぁ?」
数ある死体のなかから、彼らは悠然と立ち上がる。伏せろと言うべきじゃなかったか? しかしそれでは、本来の人格が蜂女を助けようとした意味がない。
「……ムプレは不意打ちとか、卑怯なことにトラウマを持ってる。一緒に映画観たんだから知ってるだろ。……ああ、何も知りたくなかった。映画一緒に見に行っただけの魅力的な人なら良かった。…………フレミア、お前らが狙撃とか、寄ってたかって蜂女を殺そうとしたのがバレたんだ」
仁は再び拳銃を構えた。レオンとルカが反射的に銃口をこちらに向ける。状況はもれなく悪化していた。上空を泳ぐ八目の巨大鮫――新宿で見たソレが何百匹も上空を遊泳しているし、ムプレは完全に暴走してしまっている。
「彼女のことは伊と仏が……トニー、セシリアが接触してぇ、邪魔されないようにしてたんですけどぉ、真実報道者が今の事と仁君と私のイチャラブっぷりを見せつけちゃったみたいでぇ、あなたも怒りの対象ですよぉ?」
――――悪いとは、本当に思ってる。もう絶対知らない女の人に付いて行かない。
「黙れ。それもお前が変異体をどうこうするためにこいつの童貞心を悪用した所為だろうが。デートのこともムプレのこともどこで聞いた? どうせ盗聴器でも仕掛けたんだ」
仁は怒りを隠そうとは思わなかった。本来の人格の嫌なとこを自分以外の誰かに指摘されるのがこんなに不快だとは思わなかった。
「くふふふ……。楽しいですねぇ。晴天の初夏。海風に血潮が混ざってぇ死屍累々のデートスポット。日本! 東京でぇお互い銃を向けあってるなんてぇ、奇跡だと思いませんかぁ? 怒らないでくださぃよぉ。面白くて……クク、笑いが……ぷふふ」
転がっていた人間の頭に器用に片足立ちをしながら、確かにフレミアは笑っていた。お面でその本当の顔が見えなくとも、彼女の見下す視線と狡猾に嘲って攣る頬が容易に想像できた。
「何が面白いんですか!? なんで平気で踏み付けたりなんて……!」
優衣は不快感を露わにして、顔を歪めていた。ルカとレオンに向ける感情とは違って、それは明らかに軽蔑と嫌悪だった。
「面白いですよぉ? あなたがぁ私を最初から嫌っていることもぉ、それ以上に君たちがぁ、罪もない一般人が巻き込まれて死んだと思っていることもですぅ」
意味を理解できなかったのはその数秒だった。しかし異常に染まろうとしている脳みそが、答え合わせよりも早く解を導いた。けどそれは同時、最悪な状況が思っていた以上に最悪だったと認めることでもあった。
「…………変異体!」
「正解ですぅ」
呑気な返答とともに、彼女が乗っていた人間の頭が、地面を覆うほどの量の死体が、白く淡く発光して、ゆっくりと白い光の粒子となって消えていく。何百人いた? いつからだ? ……全員なのか?
血の気が引いていくのが分かった。なにせ、自分たちと敵以外、すべての人間がお台場から消えてしまったのだから。
「ようやくわかりましたかぁ? だってぇ、魔法少女なんて危険なもの対処しないはずないですよねぇ? 知ってますかぁ? 財団法人とか交通局とか自治体とかぁ、糞みたいな縦割り仕様でも人類の危機ぐらいには対応してくれるですよぉ?」
彼女がヘラヘラと説明するがその真意が理解できずに仁は苦悶の表情を浮かべたまま硬直した。
『レインボーブリッヂ、封鎖されております。いえ、それどころかすべての交通が遮断されております。これではお台場から出れません』
「けど私としてはぁ、石が回収できればいいのでぇ――――あ、まずいですぅ!」
フレミアが素っ頓狂な声を上げた瞬間、空の彼方から何百もの小さな魔法陣が地上まで一直線に展開された。鮮やかな紫の五芒星が玲瓏として輝くと、藍色の闇を纏った流星が間を割って入るように降り落ちた。
その衝撃は凄まじく、立っていられないほどの破壊力が地面に亀裂を走らせ、『バァン!』と巨大な擬音が宙に浮かび、空気を震わせる衝撃が波と爆風を描く。集中線が見えた。意識が一点に注がれる。
破壊の中心で星が、ハートが作られては、弾けて消えるを繰り返していた。暴走しているときのそれは、あまりにもドス黒くて、血に濡れていた。
「……また分身? 本当最低な能力ね」
幼い声が響く。漫画的演出の煙が晴れていき、魔法少女が姿を見せる。長い髪が爆風で靡いて壁瑠璃に、金に、翡翠色に複雑に色彩を変えていた。三日月の髪留めが煌めく。
あどけない白いスカートが靴の赤紐がふわりと揺れていた。桃色の靴で、もはや原型もない人間の死体を踏みしめながら。
「人を玩具にする化け物。平気で女の子を殺そうとする利己主義の屑。こそこそと隠れて遠くから卑怯な一撃を与える臆病者。倫理観のない人造人間。浮気男。全員……悪! 正義の執行をしてあげるわ」
狂った正義が死刑宣告。ぽわりと彼女が踏んでいた死体が光の粒となって消える。幼い少女の相貌が殺意の影に曇り、妖しげに瞳を蛍光させていた。




