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お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その11

 動揺しなかったのはフレミアただ一人だった。傍観に徹底していた一般人がどよめき、その渦の中心にいた優衣も、レオン達でさえも焦りと不安に似た感情が顔に滲み浮かぶ。


『ギャハハハハハハハハ! トニーの銃じゃねえか! パスタ臭えからよくわかるぜ! あいついつのまにこんな乳臭えガキに拳銃盗られちまうくらい落ちぶれたんだぁ!?』


 その下品な声が仁の持つ凶器に信憑性を持たせた。無骨な銃身がより一層重く圧し掛かる。心臓の鼓動が緊張で高まっていく。互いに、額から汗を流が流れ落ちていく。拭えないが。


「おいおいおいおい。マジかよ……。ええと、仁君だったな。落ち着け。分かった。それを治療をすると約束する。だから、銃を下ろそう。撃ったら人殺しだ。まだ若いのにいいのか? 日本人だろ? そんなアメリカンな西部劇は望むべきじゃない」


 レオンが焦ったように説得してきた。けれどもその視線は決して拳銃を見放さず、完全に臨戦態勢。


『仁様。こうなってしまったからには助言致しますが、彼の発言には嘘が含まれています。信用に値しません』


「俺のスマホがそう言うんでな。無理だ。レオンさんだったか? 悪いがハッピーエンドの演劇みたいな展開は望めねえ」


「そうか。それが若気の至りってやつか? 懐かしいもんだ。だがな、君は分かっちゃいない。俺達はあいにく高校卒業したばっかの青春野郎とただのJKにどうこうできるもんじゃあないんだ」


 ――――今からでも彼に応じるべきだ。そんな拳銃一つでどうにかなる話じゃないことは分かっているだろう。敵は何人いる? 無線で連絡を取っていた奴だってどこかに潜伏しているはずだ。組み付かれても狙撃されても詰みだ。俺たちに蜂女とその化け物を助けるなんて。


「無理だって言いたいのか? けどあいにくこの銃を向けたときからそれは分かってるんだよ。俺は勇気がなくて告白もできないし、すぐに頭のなかがパンクするけどよ、……こんな状況になってもそれ続けたら、ただの屑野郎だ」


 怖い。怖い。怖い。ああ、言ってしまった。銃を向けてからようやく頭が冷えてきて、そんな感情が溢れ返る。こんなの誰が見たって犯罪だ。ああ、皆見てる。終わった。人生が詰んだ。


 ――――恰好つけめ。優衣が聞いたらあ呆れるぞ。お前のエゴと本音を両方聞く俺の身にもなれ。


 ……それはすまないと思ってる。


 ハッキリ言って状況は最悪。そうしてしまったのは自分自身。仁は無意識のうちに歯を軋ませる。優衣はフレミアとこちらを交互に見つめて、どうすればいいかわからずに萎縮していた。


「我ノ所為……ごメんなサい。ゴめんなさイ……」


 蚊の鳴くような言葉が一層引き戻れないところにまで導いていく。そんなことを言われて、どうにもしないわけがなかった。


「助けないと、屑になるか。ようは自分のために助けたってわけだ。まぁ、正しいと思うさ。俺だってこうして君と向かい合うのは俺のためだからね。ルーカス、君もそうだろう」


 レオンは憂鬱そうにそのくすんだ金髪を掻いた。だんだんと、彼の蒼い眼から光の色が褪せていく。


「僕は君たち二人を撃ち殺してから安全にその害虫を駆除してもいいと思ってる。死人に口なし。理由はいくらでも後付けできる。真実報道者も処分してしまえば――――」


「ルカちゃん。あれの能力は未知数ですぅ。不用意な発言は控えたほうがぁ、面倒ごとは少ないですよぉ? あれのせいで一部のカルトと過激思想がとやかく言って大変なんですからぁ」


 ルカの過激な言葉にフレミアが注意をすると、彼は申し訳なさそうに顎を引いて、そのまま押し黙った。


「……あ、あの!!」


 詰まっていた言葉が突然放出されたような大声を優衣があげると、フレミアさえもびくりと肩を震わせた。ルカの銃口が彼女に向けられる。


 優衣は泣きそうなくらい瞳を潤ませて、声も一転して弱々しくなったが、口を閉じようとはしなかった。毅然として対峙することもやめようともしなかった。


「ひゃ……! あ、その…………ごめんなさい。ただ、その、――きっと後悔します。ここで殺したら、見捨てたら、罪悪感で、胸のなかが真っ黒になっちゃいますよ」


 悲痛な呼びかけだった。その場を凌ごうとするものではなくて、本気で彼らのことを心配しているように見えた。けれども、


「確かに後悔するだろうな。けど撃たなくても、後悔する。仕事がクビになって、妻と子供を泣かせる。母国を裏切りたくもない」


「慣れた」


「私はぁ、今の優衣ちゃんとかぁ、ルカちゃんの反応が楽しめればぁ、いいかんぁって」


 けれども、無意味だった。優衣は震える拳でぎゅっと何かを堪える。顔に焦燥の影が差していた。自責するように、ごめん、と小さな声で謝られた。


「最終警告だ。本当に君たちはそこを退くつもりはないし、近づいたら撃つか? 撃つって脅すってことは、撃たれる覚悟もあるんだな」


 仁は答えなかった。ただ拳銃を構える腕に力が籠る。身構えた姿勢に血が巡る。臆病さから目を背けた。


 あるだなんて、言えるわけがない。怖い。背筋が凍る。でももう戻れない。こいつらはきっと撃つときは撃ってくる。その前に先に撃つべきか。せめて優衣だけでもどうにか……。考えても考えても、どうすればいいか分からなかった。頭が真っ白になっていくのだ。


「う、撃たれる前に、撃ってやる」


「……そうか。ならオレ達にはもうどうしようもないな。ルカ、フレミア。諦めよう。それよりも真実報道者を対処しよう」


 ――――信じられない。諦めたのか?


 レオンに従って、あまりにもあっさりと彼らは引き下がっていく。傍観する周囲の人たちは淡々と彼らに道を開けていく。


 おかしい。何かが突っかかる。気持ち悪いくらいの違和感にどうしようもなく嫌な予感がして、胸をざわつかせる。けれどもその正体がつかめず、仁はしばし茫然とした。


「助かった……のか?」


 緊張しきっていた筋肉がゆっくりと解かれて、仁はそっと蜂女をその場に寝かせる。拳銃を握る手は震えを超えて、ビリビリと麻痺しかけていた。もう持っているのも嫌になって銃口を下した直後、


『伏せなさい!』


 スマホがけたたましいサイレンのごとく空気を震わせた。瞬間、体の主導権が乗っ取られた。油断しかけて脱力した体に電流が走る。仁は一転して化け物じみた俊敏な動きで、アスファルトを蹴り上げた。


 そして棒立ちしていた優衣を押し倒して、その場に覆い被さるように伏せるのと、すぐ背後でガラスが砕けるような音が二度響いたのは同時のことだった。


「な、なにが……!?」


「狙撃されてる。奴らは諦めてなんかいなかった」


 仁は淡々と説明した。忌々しげに飛んできた弾丸を睨む。地面に突き刺さり、砕け散ったガラス片。飛散した薬液。


『麻酔銃……』


 引き金が引かれたのだ。そして最大限に警戒しながら顔を上げたとき、目の前に映る世界が音もなく崩れ去るように、藍に蛍光する巨大な魔方陣と何百匹もの鮫が空を覆っていた。

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