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お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その9

 遅れて、人混みから特殊部隊のような恰好をした三人の男女が駆けつけてくる。その服装は新宿で見たアメリカ人のものと酷似していて、当然のように腰には拳銃を下げていた。堂々とし過ぎていて、不審者の多すぎるこの場で違和感を抱いている人は少なかった。


「君、怪我はないですか? あの不審者に何かされたりはしてませんか?」


 そのなかの一人、メガネで七三分けの日本人がこちらに尋ねた。


「あ、いえ……平気です」


 仁は反射的に畏まりながらも応答する。


 彼らもあのお面の女の人の仲間なのだろうか。……いや、そんなことを考えてる場合じゃない。すぐに優衣を――――追いかけるべきなのか?


 自問自答。何かとてつもないことが起ころうとしていることしか分からなかった。正義の争いは何のことを意味してるんだ? なんで拳銃を渡された? ただの嘘っぱちか? それとも……こいつらが何かするのか?


『対象エイブルがデルタを逃走。現在フォックストロットの方に向かっています。どうぞ』


『馬鹿野郎! そいつのデートを邪魔しちゃ駄目デショウ! そいつは観察対象デス!』


 アジア系の長髪の男が変異体に割られた窓を睨みながら無線で連絡を取った直後、それに対して酷く訛った日本語で怒鳴り声が走る。


 ……聞き覚えのある声。忘れようにも忘れられない。間違いなくイタリアンの店にいたシェフのトニーだった。デートの邪魔をするな? なんでこいつらまで関わってくるんだ。どこで知られた? ……尾行されてるのか?


『Шумная. Не кричите』


 咄嗟にアルビノの女性が長い銀髪を揺らしながら、冷淡な口調で何かを伝えた。その言葉は理解できなかったが、きつく引き攣った表情と赤い双眸からは焦りが見えた。


 優衣が走り去ったことへの罪悪感以上に、首に蛇が巻き付いたかのような不快感が心臓を打ち鳴らす。胸騒ぎがした。肌を苛む嫌な予感が、仁の表情を無意識のうちに隠した。何かを悟られるのが怖かった。

 ――――拳銃が必要になる。お前はもう既に変異体だ。


 冷静な自分が真実報道者の言葉をリピートする。その言葉が真実かは分からなかったが、事実として銃を渡された。偽物には思えなかった。


『Veuillez suivre la variante immédiatement. Ne le concerne pas(すぐに変異体を追え。そいつにこれ以上関わるな)』


 無線から響いた声をスマホが瞬時に翻訳して、画面に文字を映し出した。同時、その言葉に従ってか三人がその場を離れようとする。仁は慌てて、去ろうとした日本人の肩を掴んだ。


「どうか致しましたか?」


 その男は物腰穏やかな言葉でこちらの顔色を窺った。その言葉に反応してかアルビノと長髪がこちらを振り返って、警戒の一瞥を下す。


「…………あんたたちはいったい何者なんですか?」


 問いかけた瞬間、シンのその場が静まり返る。声が余計に響いた気がした。しかし不意に、返答よりも先に地面を打ち付けるような音が屋外で鳴り渡った。


 ――バン! と、乾いたような、生々しいような。一度耳にしたら頭から離れないような音。どよめきが割れたガラスから外気と共に伝わる。窓側の席にいた人たちが棒立ちして、我を忘れたように一点を見つめていて。



「きゃああああああああああぁあああああああああぁああああああッ!!」



 そして耳をつんざくような悲鳴が何重にも轟いた。絶叫が一瞬にして人々をパニックの渦中に引き釣り込むなか、仁は今度こそ顔面を蒼白させた。……気の所為かもしれない。考えすぎかもしれない。ただ頭のなかにべっとりと


 ――おい。いま優衣の悲鳴も、


「スマホ!! 変われ!」


 居ても立ってもいられずに、悲鳴を掻き消すように仁は叫び、呼びかけた。異常を察知してか日本人の男が身を屈める。同時、スマホの変異体としての能力が作用した。頭のなかが凍り付くように冷静になっていきながら、尋常ではない力が湧き上がる。


 ――――そのまま窓から飛び降りろ!!


 危機感と自己嫌悪と恋心に板挟みにされていた自分が激情を頭のなかで撒き散らす。どうしてか、その叫び声は冷静さを掻き乱してくる。


「言われなくてもそうしてやる」


 仁は歪んだ笑みを浮かべて、床を強く蹴り上げた。取り巻く観客を置き去りにして。テーブルを飛び台に跳躍。跳躍。そして助走をつけて、既に割れていた窓をさらに蹴り破って、勢いよく外へ飛び出した。


 ――着地。人混みのなかにぽっかりと空いた穴に足をつける。骨を砕きかねない衝撃が駆け上がったが、スマホの能力によって強化された肉体が堪えることはなかった。


「優衣!」


 名前を呼び叫んだ。顔を上げて、すぐ彼女を見つけることができた。だが同時に、その表情が恐怖に引き攣っていて、蒼い瞳が一点に釘付けになっていることに気づいた。


 仁は突如として込み上げた吐き気に口を押えた。その視線の先が、悲鳴と混乱の渦の中心であって、誰も見たことがないような惨劇の一端を禍々しく物語る。


 そこにあったのは、否、そこにいたのは昨日の蜂女と巨大な蜂の化け物だった。……生きているかもわからない。纏う衣服も髪も肌もドス黒い血の塊と鮮血で濡れていて、地面に血溜まりを広げていたのだ。


 むわりと夏の湿気と共に這い上がる鉄臭さが全身の皮膚を撫で回す。蜂の化け物も同様に、脚はいびつに吹き飛んでいて、その薄翅は引き裂かれ、警戒色の甲殻にははっきりと弾痕が残っていた。一つや二つではない。数えきれないほどの穴が開いていた。

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