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お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その8

「は? 拳銃?」


 反射的に尋ねるとパシャリとシャッターが切られた。その変異体は大袈裟に腕を振り仰いで、かと思ったらテーブルから滑るように降りて肩を組んでくる。そして耳打ちするようにカメラのレンズから声を発した。


『そうです拳銃! きっと必要になるでしょう。分かりますか? なぜか分かりますか?』


 彼は異様なハイテンションで詰問しながら、強引に鞄に拳銃を押し込んでくる。やめろ。これ以上巻き込むなと拒絶するべきだと思いながらも、仁はそれをしなかった。


『そこのスマートフォンがあなたの知らないことを教えてくれるでしょう! ワタシが麻真仁に伝えることは二つです! ……隕石は魔法少女が持っているもの以外揃いました。そしてもう一つは――――』


 焦らすようにカメラは沈黙を置いた。異様な空気が満たして、ついさっきまで惚気酔いしていた脳みそが緊張に強張る。


『各々が正義の名のもと! 目的のままに動き始めるということですよ。かくいうワタシも平等に真実を伝えるという目的もとい独善でもってこうして行動に出たわけですからねぇ』


 各々? 正義? こいつは何を言っている?


 勿体ぶって言われたことが理解できずに、胸にとっかかりが生じて息苦しい。変異体の戯言だとは思えなかった。漠然と、嫌なことがもうすぐ起きるのだと予言された気分になって、仁は顔を曇らせる。


 ――――表情をすぐに表に出す癖はやめたらどうなんだ? 優衣が怖がるだろう。


 心のなかで叱責されて、ハッとして彼女の顔を覗く。彼女もまた、こちらの表情を窺っていた。不安そうに押し黙ってしまっている。


「ご、ごめん。優衣」


『そうでした狐川優衣さん! ワタシは平等に真実を与えることを誇りに思っておりまして、不誠実は敵でございます! ですから、あなたに一つ見てもらいたい映像があるのですよ! 麻真仁さん、ちょっとスマホを借りますよ』


 さも当然の権利かのように彼はスマホを自然な仕草で奪い取った。


『離しなさい。仁様が承諾しておりません』


『真実を伝えるためにはワタシはあらゆる手段を用いるということを今知れてよかったでしょう! ハハハハ! ではこちらがVTRになります。ご覧ください!』


 次の瞬間、真実報道者の腰から伸びていたコードの一つがスマホに突き刺さった。


『んぁッ……!』


 大音量で漏れる機械的な、けれども艶めかしい女性の嬌声。突然自分のスマホからアダルトビデオが流れ出したようなもので、思わず顔を背けようとしたが、直後に映された映像に仁は凍り付く。


 映し出されたのは新宿の一画。見覚えのある状況だった。


『ちょ、当たって! 当たってる! 胸が!』


『叫ばないで欲しいですぅ。それに当たってるんじゃなくて当ててるんですよぉ?』


 スーツ姿のお面の女がべったりと仁の腕にくっついて、胸を押し当てている映像だった。こうして見させられると我ながら酷いもので、顔を真っ赤にしてデレデレだった。やがて映像が切り替わり、高級そうなイタリアンでの昼食が流れる。


 優衣が眼を見開いて、茫然とその映像を見つめているのが分かった。蒼い瞳が色褪せていくのが、彼女がぎゅっと震える手を堪えているのが分かってしまって、胃の底から這い出るような罪悪感が仁の呼吸を震わせる。


「ち、違うんだ優衣! これには深い訳がッ……!」


 咄嗟に浮気がバレた夫みたいな台詞が出た。やばい。この発言は絶対に言っちゃ駄目なやつだ。分かってる。分かってるけど冷静になるなんて無理だった。


 そもそも深い訳なんてない。デートの練習っていう建前でナンパを受け入れたのは紛れもない事実だ。


 それでもなんとか説明しようと慌てて立ち上がると、椅子がバタン! 大きな音を出して倒れてしまい一層視線が集まった。顔から血の気が引いていく。恥ずかしさじゃない。危機感と焦燥が心臓を締め付ける。


「…………そ、そうですよね……!」


 不意に、優衣は何度も首を縦に頷かせて蚊の鳴くような声でそう言った。微かな嗚咽。こちらを見上げて儚げな作り笑いを浮かべてきて、仁は沈黙せざるをえなかった。微動だにもできなかった。


「そ、その人……お面をしてても凄い綺麗だし……大人っぽいし…………。その、そもそもこれもデートのフリだもんね……! わたしが、……わ、わたしだけが一人で本当の、……フリなんかじゃなくて楽しんでて、だから、その、……ごめんなさい!」


 スッと一筋、頬を濡らして、けれどもそれを見られないように優衣は顔を俯かせた。


「待って!」


 待ってくれるはずがなかった。弱々しい力で昼食代をテーブルに叩きつけると、逃げるように人混みは駆けていく。


 ――――お前は馬鹿でありえないくらい恋愛チキン野郎だが鈍感じゃない。優衣が好意を持ってることぐらい分かってただろ。


 心のなかで自分が冷徹な態度でそんな言葉を突き付けた。分かってる。とは断言できなかった。けれども優衣を傷つけたことだけは締め付ける痛みと共に理解できて、仁は自責して歯を食い縛った。そして自己嫌悪に顔を歪めながら優衣の後をすぐさま追おうとした。


 しかし変異体はそれを許さなかった。俊敏な動きで目の前に立ち塞がって、ジッと黒いレンズでこちらを覗く。瞬間、プツリと何かが切れた。マグマのごとく湧き上がった激昂が真実報道者の胸倉を掴み上げる。


「邪魔するんじゃねえ!!」


 腹の底から叫んだ。対照的に静寂に返る周囲を顧みずに仁は顔を歪めた。


『仁様。すぐに追うべきです。ムプレを刺激すればあなたの命が危うい』


『だが彼女は不意打ちには滅法弱いはずでしょう。銃も知らない。ですからあなたは簡単に殺すことができる。原作通りに、ね?』


 バァン、と言い付け足して彼は銃を撃つ仕草をした。その指先は事が理解できずに困惑しているムプレに向けられていた。けれど理解ができない。こいつは何がしたい。ムプレを殺させたいのか?


 意味が分からなくて、ただ苛立ちが胸倉を掴む手に力を込めた。


「……何が目的だ。何が目的で接触してきた! 言え!!」


『分かりませんか? ワタシは正義と真実を愛する報道者! 国や権力のしがらみはワタシという孤高の存在にはありえない!』


 彼は危機感の欠片もなく毅然として大袈裟なふるまいをして天井を振り仰ぐ。パシャリパシャリと顔のカメラが何でもない場所をシャッターを切ってフラッシュを刻む。


『だからこそ伝えたんですよ! あなたは既に変異体ですが、あの子はまだだ。今離れれば巻き込まれずに済む。だからもしあなたが無関係な市民を、大ちゅきなあの子を助けたいと思うなら――――』


 変異体は口もないのに深呼吸をすると、他の人には聞こえないような囁き声で言うのだ。


『ここで狐川優衣と縁を切ってしまいなさい。それで――――魔法少女を撃ち殺してしまえばいいのですよ。そうすれば、あの子は正義の争いに巻き込まれませんよ? ……おっと、そろそろ追手が来てしまいますのでこれにて失礼』


 変異体は人混みの奥を見据えると、有無を言わさず淡々とこちらの腕を引き剥がした。そして颯爽と窓まで駆け抜けるとアクション映画のごとく突き破って、そのまま見えなくなってしまった。

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