お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その7
ポイントとかレビューがほしい(真顔
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男には見栄を張らなきゃならないときがあるはずだ。仁にとってそれが今日だった。……デートのフリといえどデートの三文字がついたならデートなのだ。多分。
好きな幼なじみが絶叫アトラクションに乗りたがってる。そもそも彼女は高三だし、この機会を逃せばもうしばらくは遊びにだって行けない。なら合わせるべきなのは当然こちらで、グロッキーになったのはいわば男の勲章だと思うのだ。
――――恰好いいかどうかは別の話だがな。
「つ、次何乗るんだ……? あ、あのジェットコースターは乗ったっけか?」
「な、なんかごめんね。凄い楽しくて……その、ええと、休みますか? あ、アイス売ってますよ! 一緒に……その」
いつも控えめな反動か、優衣がいままでにないくらい積極的だ。
クイクイと手を引いてきて、ふわりと揺れる前髪。恥じらいながら、ジッと潤んだ瞳で上目遣い。もうずっと練習してたんじゃないかと思えるほどだ。どうして直視できるものか。そう、できなかった。
「だな! きゅ、救急休憩しようか!」
「……救急休憩? は、はい! それに、そろそろいい時間ですし、お昼にしちゃいましょう」
『ムプレは現在10m離れた位置でワタシ達をストーキング中。今のところデートはあなたが糞ダサイことを抜きにすれば非常に順調でございます。仁様』
さて、こっからが後半戦だ。なんとかしていい雰囲気を作って、夕方まで楽しんで、最後にはお台場の海と東京の絢爛たる夜景をバックにロマンチックなキスをするのだ。
そして始まる久々のシュミレーション。
黄昏に染まった雲。下りた夜の帳が空を藍色に染めて、煌々とする遊覧船。レインボーブリッヂ。その光を反射して揺らめかせる水面。まだ暑い夜に吹き付ける潮風。そこで二人きりで海を眺めながら――。
「じ、仁? 仁? だ、大丈夫ですか? 上の空になってますよ?」
優衣に肩を揺らされて我に返る。ハっとして辺りを見渡す。そこそこの人混み。オーシャンビューで開放感のある小奇麗な店だった。そ、そうだ。まだ昼じゃないか。
――――そうだぞ。妄想に逃げるな。
「ごめん! も、もう平気だ。えっと、何を頼もうか。俺はピザとかにしようかな。あ、飲み物にスムージーがあるって書いてあったぞ。優衣はどうする? もし食べたいのとかあったらメニューを――――」
「仁? 本当に大丈夫? も、もう頼んだ品来てるよ?」
ふと眼下を覗くと既に注文していたマルゲリータとマンゴースムージーが、しかも食べ掛けで。
『膨大な演算処理に脳みその熱排出が追い付かなくなってオーバーヒートし掛けておりますね』
そんな人をポンコツ機械みたいに言わないでほしい。
――ポンコツは事実だろ。
『おや、喋るスマートフォンですか。素晴らしいものですねぇ? 一体これをどこで?』
不意に背後から声を掛けられるのと、優衣が目を見開いて硬直したのは同時だった。ああ、猛烈に嫌な感覚がする。
嫌々ながらも振り返ると人ではない何かがいた。すらりとした八頭身。黒いスーツに赤いネクタイを身に着けて、服装だけはきちんとしていた。けれども顔はまるで巨大なカメラのようで、レンズが瞳のように表情を見せていた。……嘲っている。
ソレはすっと手を差し出して握手を要求した。白い絹手袋。じんわりと不快な汗が背中から滲んでいくのを理解しながらも、仁はその手に応えた。
『おっと! 恐れ入りました! ワタシのことはもう知っているかと思いましたが、今時の若者でも意外とテレビは見ないものなのですねぇ……! ワタシは歪んだ真実を正しいものへ! 虚偽を断ち切り正義の真実を報道する真実報道者でございます!』
周囲がざわついているのが分かった。真実報道者と名乗る理解しがたい存在がいきなり声をあげたこともあったし、ムプレとコイツの外見もある。けどそれ以上に、他の人がコイツをまるで芸能人か何かを見るような目線なのだ。
「スマホ、こいつについて調べろ」
『……彼は随分面白い能力の変異体でございます。推測するに、ありのままの真実を全世界のテレビ局をジャックして放送することができます。……どうやらいくつか知らせるべき案件が増えてしまいました。いつにします?』
――――変異体。その言葉が仁を庇うように立ち上がらせた。……でかい。黒々としたレンズがこちらを見下ろす。腰からうねうねと蠢くコードを見て、優衣が小さな悲鳴をあげたのをハッキリと聞いた。
「あとでにしろ。スマホ。……それで真実報道者とやらはひと様が仲睦まじくデートしてるってのにいきなり声掛けて何の用なんだ?」
「な、仲睦まじく……!!」
嫌悪感を隠そうとは思わなかった。何よりもどよめきに反応して、デートらしからぬ雰囲気になったがためにムプレがこちらを凝視している。
惚けた笑顔でこちらをストーキングしていた一瞬前とは一転して、双眸を蛍光させ、魔力の粒子が漂い始めていたのだ。……余裕はない。
『まぁそうカッカしないでください。ちょぉーっと、お話がしたくてですね』
ガチャリと食器が音を鳴らすのも気にせずに、それは白昼堂々とテーブルに腰を下ろした。巨大なレンズがこちらの顔を映し出しているのは心地よいものではない。
『いやはや! 実はですねぇ……ケタケタケタ。麻真仁さん! あなたは変異体やらなんやらに巻き込まれないようにしてますけど、もうハッキリ言って手遅れなんですよね』
それぐらい分かってる。デートのフリをしてるのも変異体が原因なんだから。
『だからこれを渡そうと思いましてねぇ』
機械的な声がケタケタとノイズを鳴らしながら、彼はスーツから一丁の拳銃を取り出して、こちらに手渡した。黒く、無骨で、反射的に受け取ってしまったそれは片手で持つにはいささか重かった。




