お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その5
【お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その3】
壁バァン! 弾けるお星様にプリティハート、飛び出す迫真の擬音。そして魔法少女は七色の髪をなびかせながらこう言ったのだ。
「あんた、あの子にデートしてキスしなさい。明日までに」
昨夜の出来事だった。ムプレがなぜ人の恋路に首突っ込んでくるかは分かっている。彼女は恋に恋しているのだ。
……漫画で見る分にはまぁ笑えてよかったが、いざ被害者になってみるとこうも厄介なことはない。なにせ逆らえばどうなるか分かったもんじゃない。だがピンチはチャンス。我ながらよくやったと思う。
そんなこんなで場所はお台場。天気はうざいくらいの快晴であまり綺麗じゃない海が左手に広がっていた。右手には奇怪な形状をしたテレビ局を背景に、一列で伸びるようにアミューズメント施設が……デートスポットが集中していた。
「その、あの……デートのフリをすればいいんですよね……?」
直射日光から逃げるように深く帽子を被る優衣。『フリ』という言葉を発する瞬間だけ言葉にしがたい表情をしていた。服装はあまりいつもと変りないシンプルなものだったが、どうしてか背が高くなったように見える。
――――分からないのか!? 黒いスキニーを履いて脚が色っぽい! 脚が出てるわけじゃないのに形が分かるんだぞ! 脚線美!
喚く脳内。うるさいと一蹴して、仁は冷静に優衣と向き合った。
「……服、考えてくれたんだな」
サンダルもよく見ると背が高くなるように底が分厚いし、手足の爪にはマニキュアが塗られていた。
「……っ! そ、その! 似合います……か?」
髪に隠れる蒼い瞳は逃げ場を探すように泳いでいたのに、そのときだけジッと上目で見つめられた。頬の紅潮。仁は刹那押し黙った。
「……それに対する台詞は俺じゃなくて奥に引っ込んでるやつに言ってもらったほうがいいだろ」
ピンチはチャンスとか思うんだったらスマホの能力なんて借りるな。仁は心のなかで仁を叱責した。
――――だ、だって。その、まだ心の準備が。
優衣だって心の準備してきてるんだぞ。童貞野郎め。
「ええと……、今はスマホ……さん? の、能力の人格ってことですか?」
「ああ、そうだ。悪かったな。けどようやく心の準備もできたみたいだ」
待て。せめて最後に深呼吸をさせ――
「ヘイ、スマホ。能力解除」
てくれなかった。次の瞬間、封印されし心臓の爆動が鮮血を巡らせ、息もできなくなるくらいに内臓が締め付けられた。正気を逸脱した手足が震え、顔の芯にまで激熱が灯る。
「ぐあっ……!」
そんな大袈裟な。
大袈裟!? いや違う。もう言葉が出ない。語彙が腐り果てた。やばいやばいやばいやばいと、沸騰しそうな頭が真っ白になっていく。
「じ、仁……!? 大丈夫!?」
「だ、大丈夫!! その、凄い、似合ってるぞ。普段……履かないだろ。その服」
もっと格好良く褒めようと思ったのに言葉は詰まり詰まりで、それが恥ずかしくて結局それ以上褒めれなかった。
「似合ってる……? えへ、えへへぇ……」
優衣が溶けるように笑顔を浮かべて帽子をより深く被った。仁はもっと褒めようと口を開いたが、その柔らかな笑みを直視して声が止まる。
「い、行こっか。その、いろいろ大変かもしれないけど、せっかく来れたんだし」
「そ、そそそそ……そうだな。行こ、行くよく、いき、行きますか」
しどろもどろしてタイミングを逃した。わかってる。気づいているんだ。いつもと髪の匂いも違うし、足の爪にマニキュアなんてしてるとこ見たの初めてだったし。
――――良かったな。言わなくて正解だと思うぞ。
『デートプランは把握しておりますか? まずは東京ジョイフルで楽しんでくださいませ。あまりここにいるとムプレさんが目立ちます』
……多分どこにいても彼女は目立つ。
デートをしているところを影ながら見ていたいらしいムプレだったが、この世界であの魔法少女の衣装は完璧なコスプレだ。オマケに知ってる人からすれば背丈、声も同じ。後ろを見ると彼女を中心に軽く人だかりができていた。
「ムプレちゃん……あのままで大丈夫ですかね」
怒ったり苛立っている気配はなく、むしろちやほやされてドヤ顔気味だった。純粋に照れているようにも見える。
「まんざらでもなさそうだし、逆に俺たちがデートしてないほうが危険だ。とにかく入ろうぜ。外は暑くて堪ったもんじゃねえ」
優衣のことから意識が逸れるとだいぶ落ち着いた気がした。そうだこれはデートのフリであってデートじゃない。だから何も慌てる必要ないじゃないか。それにデートの練習だってしたんだ。
あれ? でもデートの練習は実質デートなのにデートの練習はデートじゃないのか?
――――うるさい。




