蜂は忠誠と自由と愛を唄う その4
「なにっ…………!!」
動揺を隠せず、苦悶の表情を浮かべる軍人。なんとか頭を上げようと歯を軋ませていたが、女王様の能力の前には無力だった。
「あはぁ。虫けらのくせに偉そうな力ですぅ」
お面の女はニヤニヤと今この状況を実に楽しんでいるようだった。心拍数、汗の様子。すべてにおいて平常状態のままである。底が知れない。人間とは思えなかった。
『おい! 地面に地面に擦り付けるんじゃねえよルカ! あんまり調子に乗ってるとお前の頭を撃ち抜くぜ!!』
「黙れ。どうにかしようとしても動けないんだ」
女王様は羽音を響かせながら彼らにゆっくりと近づくと、一人ずつその頭を前肢で撫でていく。その行動が予想外だったのか、ルカと呼ばれた軍人は特に目を見開いた。
「問オウ。貴様ラハ白イ石ニツイテ何ヲ知ッテイル。ナゼ石ヲ求メル」
「喋ると思うか?」
跪きながらも屈することなく爛々と翡翠の双眸が敵意を剥き出しにしていた。女王様はそんな彼をジッと見つめた。黒々とした虫の瞳は恐ろしいものなのか、ルカは恐怖を感じた臭いを発した。
「……答エヌノナラバ、仕方ナイナ」
意外だと思った。目の前の人間共は我々を脅かす敵。なのに女王様は手を下そうとはしなかったのだ。何事もなかったように女王様はルカの前を通り過ぎるものだから、彼は屈辱に顔を歪ませていた。
「貴様ハ答エルカ。仮面ノ女ヨ。死ヲ恐レヌ異形ノ怪物ヨ」
「どうして石を求めるって質問ですかぁ? 答えたら返してくれるですぅ?」
「内容次第ダ」
蝉の声が響く朝の森のなかで、巨大な蜂と刀を持った仮面の女が対峙する光景はなかなかに異常だった。
「クフフ……。本当に面白いことばかりですぅ。石が欲しい理由は簡単ですよぉ? あれが私の物だからですぅ。それにぃあなた達みたいなイレギュラーが生まれてしまうのは心が痛みますしぃ?」
あの科学で証明できないことを引き起こす石が、人間の、一個体の所有物? とてもではないが信じられる話ではない。
「馬鹿な。……アれが人間の作り出シた物だト言うノか……?」
「私は人間じゃないですぅ。地球外生命体ですぅ」
ありえない。そう思う一方で触角が捉える人間離れした平常さも理屈が通る。この女だけ何もかもが異質なのだ。
我は改めて仮面の女に視線を向けた。向けざるを得なかった。彼女の表情は無表情なお面に隠れて分からない。ただ、心のなかを見透かされたような気がして気持ち悪かった。
「我々ハイママデ本能ニ従ウダケデ良カッタ。ダガ今ハ、石ニヨッテ得タ自我ガアル。……石ノ効果ハイツマデ続ク? 我々ハモハヤ常軌ヲ逸シタ。我々ハ一体ナンダ? 虫ハ思考シナイ。我ガ同胞ハ蜂カ? 人間カ?」
「クフ……クフフフ……! もしかしてぇ、そんなことを理解するために石を集めたですぅ?」
女は悪戯が上手くいったかのように、無邪気と悪意の狭間から笑い声を発した。今この瞬間を誰よりも楽しんでいる様子だった。
「ソレガ全テデハナイガ……間違ッテハオラヌ。サラニ言ウナレバ、チカラガアレバコノ森ヲ貴様ラ人間カラ守レルダロウカラナ」
「哲学的なことを聞く上に見た目に反して賢い虫さんですぅ。答えから言いますとぉ、人間でも蜂でもない新しい生命ですぅ。石の効果はぁ、効果を消す能力にでも会わない限りぃ、永遠と続きますぅ」
女王様はしばし沈黙された。生い茂る森を蝉の声と翅の風切り音だけが満たす。まだ涼しいはずの早朝の空気のなか、我が額からは気づかぬ間に汗が垂れていた。拭うこともできず、それは地面に吸い込まれていく。
「…………蜂デモ人デモナイカ。……ドノミチ、コノ体デハ種族モ残セヌ」
「自害でもするですぅ?」
お面の女がヘラヘラとそんなことを言うのだから、頭にカっと血が昇って、針刃から噴射毒が溢れた。地面に標的臭が漂う。
「次そんナことヲ言っテみロ……! 貴様ニは容赦しなイ」
「あらぁ? 今回は言っても許されるですぅ?」
お面の女が煽る。虫のころには無かった怒りが、これでもかとばかりに湧き上がって触覚がピクついた。
「フレミア……あまり煽ったらダメだろう。敵を作ってもいいことなんてないぞ。オレの国がいい例だ」
金髪のハンサム顔の男がお面の女……フレミアを窘めた。彼女は不満そうに、あざとく頬を膨らませていたがそれからは煽ってはこなかった。
「我ガ僕ヨ。人間ト争ウコトハ好カナイ」
女王様が我を庇うように前に立った。木漏れ日が警戒色の甲殻を反射させ、より一層、山吹色を際立たせる。
「彼ラハ全テノ大地ヲ我ガ物顔デ踏ミ荒ラスカラナ。……条件ヲ出ソウ。ソレヲ呑ムノデアレバ我々ハ石ナド渡シテシマオウ」
ショックだったと言えばいいのか。その瞬間心に渦巻いた焦燥に似た感情は自分でも理解できなかった。
「シ、しかシ! 女王様! それデは彼ラの思惑通リ――――!!」
「石の在処は臭いでわかりますしぃ。断るなら実力行使に移るだけですぅ」
我が反対の声をあげると掻き消すようにフレミアが言葉を重ねた。依然として跪いたままだというのに、本気で言っていた。嘘の気配はなかった。
「……っ! 今ノうちに殺スべきデす」
女王様の力が発動している今であれば、生かすも殺すも女王様の手のうちだ。彼らは絶対に牙を向く。
「ソウダナ……ダガ最後ノ質問ヲ聞イテ決メヨウ。答エヨ。……断ルナラ暴力ヲ用イルト脅ス者ガ、ドウシテ石ヲ大人シク渡シタトキニ何モシナイナドト思ワレルダロウカ?」
最後の質問は、
「いや、ないですぅ。人間はぁ、殺したら問題ですけどぉ、害虫退治は正義ですぅ」
反語だった。そして、人間の邪悪なエゴが垣間見えた次の刹那、女王様が叫ぶのとルカが跪いたまま誰かに命令したのは同時だった。
「針ヲ貫ケ! ソノ身ヲ守レ!!」
「Zauberkugel!! Schieße die Bienen!」




