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蜂は忠誠と自由と愛を唄う その3

【蜂は忠誠と自由と愛を唄う その2】




 任務をこなした。四つに分かれたであろう石のうち、これで二つが女王様の手に渡った。何に胸の奥に突っかかる罪悪感。まるで人ではないか。


「我は……蜂。女王様のたメに一生を奉げル」


 森は夜止みに染まりつくして、足元の草木さえも真っ暗だった。人間も蜂のも、闇のなかでは無力だ。ジッといままでにない色の夜空を振り仰いだ。見たこともないような月の光と空の近さを見ると、草陰でなく虫共が羨ましく思える。


「ジジジ……。ドウシタ、我ガ僕。ナニユエソンナ切ナソウナ顔ヲシテイル」


 すぐ背後でざわめきのような声が響く。反射的に傅いて、みっともない顔を隠した。


「女王様。我ハ……何も間違っテはおリまセん」


 ソンナ言葉を自分に言い聞かせるとズキリと何かが痛んだ。それが何かが自分自身にも理解しかねて、息が震える。


「……ソウカ、ナラバ良イ。ダガ我々ハ自我ト精神ヲ、自分自身ガイカナル者デアルカヲ把握スルベキダトイウコトヲ、忘レテハナラナイ」


 女王様はそう言ってくださると、我が髪を撫でた。その異質な大きさの虫の脚。恐れ多いながらも触れてみると、ひんやりとした固い感覚がして、蒸し暑い夏の夜には心地よかった。そしてぼんやりと微睡みに落ちていき、


 ――――目覚めた。触覚が空気の振動を捉えて、人間が近付いてきていることが容易に理解できた。すぐに立ち上がり周囲を見わたす。草木の朝露が脚を濡らし、鮮やかな青空が木漏れ日と共に垣間見える。


「女王様、人間……三人デす」


 足取りから最小限に音を抑えていることを理解して、本能が翅を広げた。両腕から生える毒の刃。無意識のうちに手がガチガチと警戒の音を鳴立てる。


 女王様の前に出て、ゆっくりと体を浮かせた。聞き覚えのある足音、忘れがたい声。隠しようがない臭い。……あいつらだ。生い茂った夏の木々と凹凸のある傾斜のせいで姿こそ見えないが間違いない。


 距離はまだ遠い。三百メートル以上ある。人間ならば我々を感知することはできないはず……いや、それならばどうやってここまで来たのだ。彼らの動きは明らかに我を探すものだ。


「石を狙っテいる者、イた。迎撃か逃げルかイかがシますカ?」


「我ガ白イ石ノ収集ヲ命ジタノハ我々ガイカナル者デアルカヲ理解スルタメデシカナイ。彼ラガ何カヲ知ッテイルトイウナラバ、話ヲスルベキデアル」


「そうですぅ。虫けらのわりにはぁ、話が出来そうなやつで助かりますぅ」


 ――――ガチャリ。そんな物音と共に背後で響いた独特な声が背筋を凍り付かせた。……ありえない。どうやって気配もなく一瞬で移動した?


 半ば条件反射的に振り向いたが、人間的な思考が動きを鈍らせる。背後を取ってきた者に腕の針刃を突き刺すよりも、向こうが我が首に刃を突き付けるほうが一歩早かった。スーツ姿の仮面女。手に持った鋭利な長刃がギラリと輝いて、金属の冷たさと鋭利さを主張していた。


 いつからそれがそこにあったのか。考えることもばかばかしくなってくる。気づけばすぐ後ろに設置されていた大きな木製扉からさらに二人も人間が現れたのだ。何もなかったはずなのに。……そういう能力だと理解するしかなかった。


「分かってるじゃないか。言う通りにしなければ撃つ。こちらを見ずにそのまま翅を閉じて、伏せろ。頭に手を置け。それ以外のことをすれば撃つ」


 昨日、石を巡って敵対した人間が拳銃を我と女王様に向けてそう脅した。淡々とした口調であったが蝉時雨に掻き消されない程度には大きく、威圧的な声。


 人としての記憶と警鐘を鳴らす第六感。思わず顔が引き攣ると、焦燥を見透かすように彼は嘲った。同時、その構えていた拳銃が下品な笑い声を森に響かせる。


『ギャハハハハハ! 撃とうぜ撃っちまおうぜ!! 害虫駆除にはBANG! ってな』


「HAHA……。いまだに扉と銃が話すのを見ると自分の精神を疑いたくなるよ。それに加えて今度はでかい蜂か。嫌になるね」


 扉から現れたガタイのいいアメリカ人も同様に銃を持っていた。腕ほどの大きさをした大きな銃だった。酷く冷めてしまった青い双眸が同情するようにこちらを見つめていた。


「ソウカ。貴様ラガ話ニ聞イタ者共カ」


 女王様はガチガチと強靭な顎を鳴らした。翅を畳むことなく羽音をさざめかせ、警戒フェルモンを分泌していた。痺れるような毒の匂い。


「マズ武器ヲ置イタ方ガイイ。我々ハ話次第デハアノ石ナド渡シテシマッテイイトモ考エテイル。鉄臭イモノハ好カナイ」


「銃を……置けと? 貴様らはその毒針と顎を持ち合わせながら?」


『ギャハハハハハ! そうだぜ! 俺っちはいわば爪であり牙だ! 剥せってのはちょっち酷なんじゃねえかぁ!?』


 拳銃が喚いた。耳にざわつくような不快な声にその場にいる全員が顔をしかめるも、軍人は手放そうとはしなかった。むしろ力強く握り締める。


 瞬間、女王様の纏う空気が変わった。圧倒的な存在感が金色の空気を生み出して、五感では言い表せない力が生じた。バサバサと、木々に止まっていた鳥達が一斉に飛び立って逃げていく。


「――跪ケ」


 次の刹那、我が体は尋常ならざる力のもとに跪いた。筋肉が、全神経が跪くことのみに力を注ぐ。誰一人として逆らえる者はいなかった。


 お面の女も、軍人共も皆、抗う術もなく女王様の前に頭を垂れていた。

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