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お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その4

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 夕食を食べ終えると、夏の夕暮れにも夜の帳が下りて、鮮やかな薄藍と焼けたような黄金色が空を満たしていた。ムプレは星の力を浴びてくると言ってベランダで黄昏れている。


 皿を洗い終えて勢いの強い水を止めると、リビングを満たす扇風機と冷房の風音がよく聞こえた。沈黙を際立てる環境音と満腹になって生じる脱力感は心地よいものだ。しかしさきほどからずっと、優衣がそわそわとして落ち着きがなかったので、仁は少し悩みながらも話の取っ掛かりを作った。


「なんか久々だな。こうやって一緒に飯食ったの」


 けどそれは自分ではない。冷静さに欠ける童貞臭いアホの方の自分だ。同じ肉体でも精神は別人だと思いたい。そんな自己嫌悪をしながらも微笑した。けど優衣は緊張を緩め切ることはなかった。笑い返してくれたが、肩の力は依然として強張っている。


「そ、そうですね。すっごい久々です。その、仁……さん。なんかその、言い方変ですけど、どうしちゃったんですか? スマホが喋っても、家があんなことになっても冷静で、慣れちゃってて、……少し、怖いです」


 怖いと口にされたとき、無意識のうちに仁は瞳孔を細めた。頬が僅かに引き攣る。それに気づけたのはスマホと、優衣だけだった。


 ――――怖い。怖いか。分かってはいたが。いや、ショックではない。ただあの優しい子から怯えられてるという事実を冷静に受け止めると深く精神に突き刺さるものがあった。


「ご、ごめんなさい! 気にしないでください! その、ええと、あの……」


「いや、取り繕わなくていい。わかってる。優衣、君の言うとおりだからだ。俺が麻真仁であることは事実だが、君の知ってる俺ではない」


 優衣は明確な違和感を抱いていたようだが、仁がいざその違和感を肯定すると動揺を隠せない様子で一歩たじろいだ。ずきんと、胸が締め付けられた気がして息が細くなる。


 小さなキッチンに奇妙な緊張と沈黙が満たした。仁は冷静さを保ち続けながら彼女をじっと凝視した。不思議と心が波立つ。


『この小娘が信じるかどうかは分かりませんが、事実だけ簡略的にお伝えしょう』


 スマホが突然喋りだして、優衣はビクリと肩を揺らしたが最初ほど慌てることもなく、不安げに何度も頷いた。


「だ、大丈夫……ま、魔法があるのだってこの目で見ましたし…………」


『では事実を羅列致しましょう。ワタシ達も理解していることは少ないですが。まずワタシや魔法少女などの異常な存在がここ数日で増えております。そして彼らは皆、なんらかの超常的な能力を持っています。ムプレは見てのとおりのあのクレーターですね』


 スマホの画面に映る無様な自宅痕。戦争の被害にあったと言ってもバレなそうだった。


『仁様は今日、複数の異常存在に絡まれました。ワタシ、空を飛ぶ女、地面をすり抜ける鮫』


 そういえば、と、仁は自分の手を思い出して意識を向ける。いつの間にか傷口は塞がっていた。お面の人がくれた薬の影響だろうか。


 まぁそんなファンタジーもびっくりな現実に片足突っ込んだことを自覚したのか、優衣はきょとんと意識を置いてかれていた。青い瞳を見つめてみると、彼女の常識が覆されて光が失せていくのがよく分かる。


「……優衣、好奇心で厄介ごとに巻き込まれてもつらいぞ」


「も、もう巻き込まれてます!! だ、大丈夫です。理解しましたから、その、続けてください」


『仁様がおかしいというのはよい観察眼です。ワタしの能力はワタシと仁様をワタシが理想とするスマホと所有者様にする能力だからです。ですので、今の仁様は童貞臭くもなければパニックにもならない。つねに冷静で運動神経抜群で頭も良く、人を苛めることで快感を得るサディストです』


 理想の所有者がサディストってどうなのだろうか。にわかにスマホへの不信感が脳を走るなか、ついに優衣はフランヘロンとよろけてしまった。倒れることは無かったものの、リアクションに困る困惑顔を向けられる。


「その、あの、なんで仁がサディストに……じゃなくて! ええと、スマホさん? は特別な能力を持ち出したんですか?」


『原因ですか。東京の何箇所かに落下した隕石の所為だと思われます。既に国が回収するべく人員を派遣しているところも確認しました。その隕石の近くにある物体、生物が無差別的に異常性を持つと考えております。理解できますか?』


「そ、その隕石って……仁の家を壊した?」


「あれはムプレの重力を操る能力の一環だ。あれとは別に周辺に隕石があるはずなんだ。だからすぐに見つけないと身の回りが大変なことに――――」


「あら、とっ……ても! 楽しそうな話なのになんで私がいるときにしないのよ」


 背後からの声。肩にぽんと杖が置かれて、頬の隣に煌くハートと星が映り込む。それは銃口を突きつけられたに等しかった。


 もし彼女が魔法を発動すれば、すぐさま肩に途方も無い重力が発生して、臓器やら脳みそやらがその一点に寄せられてベキベキに圧縮されて死ぬ。漫画で何度も見たシーンが、今自分に降りかかろうとしてる。


 全身の緊張が限界を超えた。恋愛感情ではない心臓の脈動はキリキリと動脈に警戒心を巡らせていくのに、顔から血の気が引いていく。


「ふふ、怖がらなくてもいいのよ?」


 怖がるな。振り向け。じゃないと彼女の機嫌を損ねる。何度も自分に言い聞かせて、仁は息を止めてゆっくりと振り向いた。


 彼女は宙を浮遊していた。背中側だけが異様に長いミニスカートと、そのフリルが虹色の髪と共に風も無く靡いている。


「……さっきまで、ベランダにいなかったか?」


「あら? 次のページになった瞬間、見開きで大胆に移動するのはバトルモノ主人公の特権じゃないかしら?」


 漫画三巻で敵の親玉を殺す直前に彼女が言い放った台詞。まだ子供っぽいその相貌で、ニヤリと大人びた嘲笑。瞳の五芒星の幻想的な輝き。


 仁は何も言わずに唾を飲み込んだ。


「ねぇ、その隕石ってこれのことかしら?」


 ムプレは手を突き伸ばすと、どこからともなくそれを取り出した。鈍い白の輝き、自然物とは思えない完璧な球体を四つに切ったような見た目をした石だった。新宿で見たものと瓜二つ。


 ――――おい。あの隕石じゃねえか。さっさと貰ってあの人に渡したほうがいいだろ。これ以上変なのが増えてデートがおじゃんになったら……考えたくも無い!


 心がギャーギャーと喚くなか、いざ隕石を目の前にした途端、正気を逸脱した感覚が理性を蝕んだ。本能がそれの異常性を訴えて、胃のなかを焦燥と酸っぱさが渦巻く。


「ムプレ、できればその石を渡して欲しい。はっきり言って爆弾を持ってるのと変わりない。危険だ」


「えー……どうしよっかなぁ。こんな楽しい石そうそうないもの。それにぃ、聞いた限りだと私もこの石の影響なんでしょ? 変な人の手に渡ったら死んじゃうかもしれないしなぁ」


 ゆらりふわりと宙を漂い、彼女は嘲る。七色の髪も相まってその姿にはある種の神々しささえあった。仁はそっと優衣を後ろに移動させた。怖がられていても、彼女が傷つくようなことは避けるべきだと思った。


「もぅ、そんな反応されたらいくら私だってちょっとはショックなんだから。……そうだわ! いいことを思いついた! もし私が言う条件を満たしたら、渡してもいいわよ」


 厄介事からは逃れられないか。けどあの白い隕石をどうにもできないより百倍マシだ。仁は苦い顔を浮かべ皺を寄せながらも分かった、とだけ言った。ニヤリと笑みが返される。


「この話は優衣ちゃんには秘密ね! それじゃあ、二人きりになれるところに行きましょうか。あ、大丈夫よ優衣ちゃん! そんなに反応しなくても私はタイプじゃないから」


「ふ、二人きりになんて反応してないです!!」


 優衣が顔を真っ赤にして墓穴を掘ったのを見届けて、ムプレに手を引かれ廊下まで歩いた。電気は付いてなくて、窓の光もなく薄暗い。エアコンが効いてないのか、むわりとした湿気が全身を覆った。


「それで話っていうのはね……」


 ――カツン、と。彼女は浮遊をやめて白い靴で廊下を鳴らした。焦らすように言い留まると腰を低くしてこちらを見上げる。一歩二歩と歩み寄られて、仁は反射的に後ずさった。しかし、すぐに壁に背がつく。デジャヴだった。


 そして建物が壊れるんじゃないかってぐらいの衝撃と轟音と共に華奢な手で壁ドンされた。溢れ出る『☆』。数回バウンドすると弾けて消えていた。遅れて、狂風が彼女自身の髪さえも強く靡かせる。


 ムプレは気迫に満ちたその顔を目と鼻の先まで近づけると、足元に重力魔法の魔方陣を展開した上でようやく口を開いた。


「あんた、あの子にデートしてキスしなさい。明日までに」


 明日はまだ来週の日曜日ではなかった。

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