異星より来冠者と国際連盟宇宙開発局尋常外対策部隊 その3
【異星より来冠者と国際連盟宇宙開発局尋常外対策部隊 その3】
さて、なんとか新宿の騒動は鎮圧できて交通網も戻りつつあるが面倒なことが起きた。ひとまず余計な誰かに絡まれるのを避けるために私達の建物にまで移動した。
基地を使えるには使えるが、私が信用されてないので大人しく東京にある空きテナントをいくつか借りた。おかげで部屋は最低限のソファとかそれぐらいしかない。特別広いわけでもないのに人も中途半端に多いせいでやや狭苦しい。
「うぅ……面倒。面倒ですぅ。私達も人間共もこういうところは嫌いですぅ。初心な仁君をぉ、からかって遊びたいですぅ」
テレビに映るニュース番組。どの局も新宿に鮫が出て耐水性のなかった機械がすべて壊れたと報道していた。いや、どっか一局だけ相変わらずアニメを流していた気もするが。
ともかく、何が面倒って私達の存在が早くも勘付かれたことだ。もとより隠し通せるとは思ってなかったが、人間共のトップは隠密に事が終わると期待していたらしい。
「はい、はい。大変申し訳ございません。はい。もちろん情報規制は掛けておりますがこればかりはどうにも…………」
もはやクレーム。騒動になったことで上から叱られる日本担当。確か、安達宗真あだちそうまとかいういかにも気の弱そうな、メガネのサラリーマンみたいなやつ。
「クフフ……やっぱり人間は見ていて愉快ですぅ」
何が面白いって電話越しなのにぺこぺこと頭を下げる彼の姿もそうだが、心を覗いてみるともう空っぽ。何も考えてなくて、機械みたいに反射的に対応してるだけ。
「フレミアさん。それでこの子が鮫を出した変異体なんですか?」
私が楽しい人間観察をしていると中国代表が、高雨澤ガオユゼが声を掛けてきた。澄ました面に細い双眸。オールバックに黒ぶち眼鏡。同じスーツでも彼は裏社会のエリートみたいな風貌だった。
ロシアと協力して隕石か変異体を国に持って帰りたいらしい。無論、そんなことを彼は口には出さないが、アメリカも日本も察しているし、命令しているようだった。
「そうですよぉ? この子が変異体のぉ、本田裕君ですぅ」
私はソファに座る少年の名を口にして彼の隣に座った。一度やってみたかった保護者スマイル。まぁ、お面のせいで誰にも見られないけれど、それはそれでいい。
「……どうも」
「裕君はぁ自分を叔母さんに預けて失踪した両親をぉ見つけてくれるなら私達に協力してくれるですぅ」
こくこくと、胸の内に秘めた複雑な思いを隠して少年は頷く。
「HAHAHA。冗談だろう? まだガキじゃないか」
レオンがわざとらしい笑い声を発しながらぽんぽんと少年の頭を撫でた瞬間、何もなかったはずの場所からあの鮫が現れた。発光する八つの瞳。重なった大顎を開けていて、むき出しの牙がレオンの眼前に向けられた。
「ヒュー……。なるほど、本当みたいだな。HAHA、怒るなよ。試しただけさ、悪かったな」
くっそ余裕そうに彼は取り繕っていたが、内心心臓バクバクなのは私にだけ分かる。やっぱり見ていて面白い。
「駄目ですよぉ? 怖がらせたらぁ。それでレオンさぁん、捕まえた扉はどこにあるですぅ?」
「フレミア、君の後ろだ」
ハッとして振り向くと、確かにそこにはあの扉があった。木製のシックな雰囲気を帯びた扉。朝ほど、新宿の喫煙所にさも当然の権利かのように設置されていたものだ。情報によると仁君の幼馴染の家のものらしい。
「……さすがに扉だから気配はしないですぅ。転送能力でしたっけぇ?」
ガチャリガチャリ。なにかを懸命に伝えようとしているのか、扉がドアレバーを何度も鳴らした。レオンがこれを聞いて会話が成立すると気づいたなどと言うんだから耳を疑ってしまいそうだった。
――――『そうだよ』と、やや遅れて言語翻訳が仕事をした。私は思わずクスリと笑ってしまった。
「クフフ……隕石の力はやっぱり想定外のことばかり起きるから面白いですぅ」
私の心を読む能力も玄関扉には効きもしないのだから。まーったくもって何を考えてるのか分からなかった。表情だってない。ある意味最強のポーカーフェイス。
「ギャハハハハハ! 見ろ! あの扉今喋ったぜ!? 聞いたかルカ!」
ルカの所持する拳銃が下品な馬鹿笑い。反して彼はふわりとした栗色の髪さえも微動だにせず、部屋の入り口で直立不動だった。なんというか、真面目すぎる気がする。可愛い顔なのにムスってしていて損だ。
「ルカちゃん、隕石を横取りされたのは仕方ないことですぅ。あまり気負いし過ぎないでいいですよぉ?」
私はスクっと立ち上がって、彼? 彼女? のもとまで歩み寄った。毅然とした態度も私にだけはやや例外で、強張った表情を変えることはないけども、近づくと瞳の翡翠が微かに色褪せた。
ちょっとショックだ。けど彼らを攻略していくのも楽しいかなって思うと、うきうきする。私はルカちゃんの華奢な手を握った。柔らかくて、ぷにぷにする小さい手。引っ張るとわかる腕の筋肉。
「任務に失敗したのは事実です。それに僕の心はおかしくなりそうだ。さきほどから変な感覚がして……」
リアクションも可愛らしくて、不安と仕事への忠誠心が入り混じった態度は思わず頬ずりしたくなる。
「気にしたら負けですぅ。ルカちゃん。私だって異変の原因を間違えましたしぃ、あの隕石は私達の科学でも解明できないから回収したいわけですぅ。変異体も言ってしまえば予測不可能ですぅ。イレギュラーは付き物。わかりますかぁ?」
「しかし――――!」
「すみません。ルカ様、フレミア様。緊急のことですので、至急テレビをご確認していただきたいとのことです」
割って入ったのは安達だった。へり下った態度で何度も申し訳なさそうに頭を下げながら、強引に私達の手を引っ張ってテレビの前まで移動させた。
「もう、なんですかぁ? つまらない用件だったら容赦しないですぅ。もう私に依存しきって私無しでは生きられない身体にしたあと失踪しちゃうですよぉ?」
口にしておいてなんだがへんな脅し文句だと思った。ともかくテレビのチャンネルを言われた通りのものに変えた。
そこに映っていたのは淀んだ青緑に染まった海中だった。空き缶、ビニール傘、木材の破片。ゴミが積もった場所に人に似たなにかがいた。
スラリとした八頭身。水の中なのに黒いスーツ、白い手袋、赤いネクタイ。けれどもそんなことより目に付くのは顔の代わりに存在する巨大なカメラだった。それに腰から伸びる無数のコード。水のなかをゆらゆらとしてりて、くらげの触手みたいだった。
『あーあー! マイクテストマイクテスト!』
ポケットから取り出したマイクで彼は喋った。口はない。けれども陽気な声がした。機械質で海の波音のせいでやや聞き取りづらかった。
「これは……」
誰かが呟いた。――変異体だ。
『ワタシは歪んだ真実を正しいものへ! 虚偽を断ち切り正義の真実を報道する真実報道者でございます! 以後この時間よりニュース番組を乗っ取って全世界で放送です! さて記念すべき初回は東京で発生した異常現象と地球に降り立った宇宙人、そして結託した大国についてでございます!!』
頭のレンズが邪悪に煌いた気がした。彼はケタケタと変な笑い声と共に海中で足を組み、白い隕石を手に取って言うのだ。
『現在中国、ロシア、アメリカが主になって日本領内に原子力潜水艦、ミサイル巡洋艦まで派遣している今回の事態ですが、全ては天文観測所に送られた交信から始まっております。ではまずそのデータと各国の会議の映像をごらんいただきましょう!』
この能力はまずい。粛々と流れ始める私の送った地球への便り。そのせいで軽くパニックに陥った各国の対応と会議の映像。……全て何一つ偽りのないものだった。
「ルカちゃん、さっき言いたかった続きですけどぉ、変異体は誰にも予測できないですぅ。どうやったってテレビのあれを未然に防ぐことはできないですぅ。わかりますかぁ? 大事なのは次の一手ですよぉ」
正直したり顔で言った。面白い。どんどん面白いことになってきている。真実をばら撒く能力……お偉いさんが慌てて電話を寄越してきたのも納得だ。感情の波が見える。
「映像にでてきた海の場所を特定してくださぃ。ルカちゃんと私とレオンはぁ、奪われた隕石を取り返しに行くですぅ」
私はまた瞳に炎を灯した。翡翠色が好きだった。ルカちゃんの目と同じ色。今度は殺意じゃなくて鼓舞を込めた。彼がジッと、私の瞳を見つめるのが分かった。そして、コクリと頷いて、私にだけ囁くように伝えた。
「……僕は、変異体になってしまいました。誰にも、予測できない……。任務から外されてしまうのでしょうか?」
ああ、だから彼は怯えていたのか。私を盲愛しているから、任務の失敗のうえに発現した不確定要素を恐れていた。
「大丈夫ですよぉ? 能力を、私のために使ってくださぃ。あなたの力を、教えて欲しいですぅ」
「――僕の力は、変異体を増やす力だと思います」
なんて、なんて楽しい力だろうか。私は感極まってルカちゃんを抱きしめた。彼の心臓が高鳴るのが分かる。脳を満たすアドレナリンの海に溺れてる。
「くっふっふ……。楽しい力ですぅ! 素晴らしい力ですぅ! ルカちゃん、あなたはサイコーにクレイジーですよぉ」
翡翠の双眸が交えて、共鳴するようだった。




