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お台場デート野郎にキスと魔法と暴力を その2

 優衣が石像のように固まって瞬きすらも止めた。青い瞳から光が失せる。ピクリとも動かなくなって、ムプレが手を振ってみたが反応はなかった。アホ毛だけがエアコンの風で痙攣するみたいに揺れていた。


「優衣? 本当に何が――――」


「ダメ! そ、それは…………駄目。わ、わたしの所為なんです! で、でもい、言えない……です」


 優衣は不意に声を荒らげると、フリーズしていた感情を一気に顔に出して、耳まで真っ赤にして膝を抱えて顔を反らした。脚に押し付けられた胸は容易に言葉で表現できるものではない。


 ――――なっ!? やば……! 自分としては特別な感情は抱けないが、心のなかの語彙力は小学生以下。


「優衣が言わないなら私が教えてあげるわ!」


 空中に無から現れるトゲトゲの吹き出し。キラキラって感じのエフェクト。いつのまにか重力を無視して体育座りをしながら浮遊していたムプレが喜々として声をあげた。ミニスカートでする姿勢ではない。原作と同じ薄緑だった。


「見ての通り彼女、臆病じゃない? だから私が優衣とあんたが一つ屋根の――」


「わー!! わー! き、聞かないで! 聞かないでください! ムプレちゃん言わないで!? 言わないでぇ!?」


 優衣が慌ててテーブルから身を乗り出し、宙に漂う彼女を捕まえ、口を塞いだ。そして勢い余って転倒。優衣が押し倒す形でお互いに体を密着させた。


 ――――写真を撮れ。いますぐだ! じゃないとずっと頭のなかで叫んでやる。仁は自分自身に嫌悪をして顔を歪めつつ、無音カメラで撮影。スマホが勝手に待ち受けに設定してくれた。


「ご、ごごご、ごめんなさい! こんなつもりじゃ……」


「大胆なアピールね。うん、思ったより胸大きいわね。自信を持つべきよ。自分に」


 ムプレが照れ笑いを浮かべながら淡々と一回、二回とその豊果を手に取ってそんな感想を述べた。『ムニッ』、『フニュ』っとオノマトペが字になって二人の間に漂う。


「わふっ!? ちょ、やめ……! じ、仁……た、助けっ。嫌! み、見ないでぇ!」


 優衣は魔の手から逃れようと体をしならせるが、無駄な抵抗だった。いつのまにか押し倒す人が逆になって、もみくちゃにされている。危なかった。この冷静な精神状態じゃなかったらこの肉体があの花園を目の前になにをしでかしていたか想像もしたくない。


「ムプレ、それぐらいにしてやってくれ。話が進まない」


 仁は言われた通りに視界から彼女たちを外したうえで助け舟を出した。けれどもモニュだとかムニュだとか、そんなオノマトペの文字は相変わらず漂っていたし、優衣の色の混じった声は耳に入るし、たぶん助けられていない。


「えー!? でも優衣ちゃんが喋れても喋れてなくても多分変わらないと思うわよ。どちらにせよ、喋らないじゃない」


「……それもそうだな。ならそのままでいいから話を続けようか」


「ま、待って!? お、おかしいですそれッ……あぅ!」


「私が伝えたいことは単純よ。このおっぱいの大きい子と同居しなさい。ルックスもいいし、料理も裁縫もできて幼馴染なんでしょ!? もう運命じゃないのよ!」


『お互いスケベなのがよろしくないです。不健全でございます。手も足も出さず。プラトニックな愛を育める人をおススメ致します』


 ――――ええい喧しい。俺は他人に口出しされるのだけは嫌なんだよ。父さんも母さんもくっつけくっつけ、早く孫の顔を見せろだの。……それに関しては同感だ。いい気がしない。


 仁は苛立ってムプレを視界に入れた。伝えたいことが顔を見ないと余計伝わらない気がしてむしゃくしゃした。心の奥にしまいこんだ本来の人格も含めてだ。


「み、見ないで!? あうぅ、あうぅ……」


 もうそういう玩具なんじゃないかってぐらいムプレに弄られる優衣。ラフな格好だけにたやすく服のなかにまで手を突っ込まれていた。声が上擦っていて、やはり艶めかしい。


 しかし今は苛立ちが勝った。顔に曇りを差して、仁は冷たく威圧するように言葉を発した。


「……お節介だ。それに優衣の両親とかが認めてると思うのか? どうせ実家だって大して遠くない。わざわざ優衣の家の同居する意味はない」


 チッチッチと、ムプレがややぶりっ子めいた仕草をしながら嘲笑う。ニヤリと、まるでその言葉を待っていたみたいな笑顔。


 瞳の奥の五芒星を妖しく輝かせ、指で宙にハートを描いてそれをこっちに飛ばす。ピンク色のハートは腕に当たると弾けて消えた。


「優衣の両親にはもう電話を済ませたわ。彼女がね。盗み聞きしてたけど、『ようやく勇気を出したか。お父さんは信じていたよ』とか『なんのために一人暮らしをさせたかようやく分かったのね。お母さん早く孫の顔が見たいわ』だとか言ってたから平気よ」


 ――――そうだった。お節介は彼女の親もだった。頭のネジが数本外れているんだ。鮫やらお面の人やら以前にわりともとからなにかがおかしい。なんなら友人ももろもろグルだ。嵌められようとしている。


「優衣……。彼女が言ったことは真実か? いや、多分本当なんだろうが、念のためお前の言葉で知りたい」


「ぁう……ぁう……。ほ、本当です。だ、だから助けて、助けてくださっ……ん。仁、なんか今日……冷た、ぁっ。ン……」


 ムプレに百合設定はなかったはずだが……ここまでするものなのか。もはや言い表すこともできない。

「分かった。優衣の親がOK、したのは分かった。ただそろそろ可哀想だから離せ。それも断るなら俺は考えられる処置をとる」


 するとすればあのお面の人に電話とかだろうか。確実に面倒な事になるだろうからあまりしたくはないが。

「もう、しょうがないわね。続きはあんたのためにとっといてあげるわ」


 ムプレがようやく開放すると、優衣は脱兎のごとく部屋の隅、ベットの上にまで逃げてカナダスピスとゲロトラックスのぬいぐるみを抱き締め、そのまま蹲ってしまった。多分精神がカンブリアから三畳紀ぐらいに逃げているのでしばらくそっとしておくべきだろう。


「……俺の両親が許可するとは思えない」


『現在仁様のご両親に相談し、なんとか交渉をしておりますが彼らまるで聞く耳を持ちません。子どもはサッカーチームが作れるくらいがいいと思うだとかわけの分からないことまで言っております』


 ――――11人!? 中世の農家だってそんな作らないぞ。それにそんないたら一人一人の世話だってままならないし、そもそも何回…………!!


 冷静になれ。本気でそんなことを思っているはずないだろう。お節介で、強引にでもくっつけようとしているのは明らかだが、さすがに11人はありえない。落ち着いて対応しろ。じゃないとふとしたことがきっかけで優衣に嫌われるかもしれない。


 仁は軽くパニックになった仁を宥め、どうするべきか熟考した。これ以上、下手にぺらぺら喋ればどつぼにドボン。


「あ、そうそう。せっかく私が貴重な魔力を使ってこんな機会をあげたのよ。間違っても男友達の家に逃げるとかしないでよね! そんなことしてら……。愛を叫ぶ星空よ。黄昏の幕を下ろし我が体に魔の星を下ろせ。――――顕現せよ! ステラロッド!」


 その声に空気が震撼した。天井が色褪せて透明になったかと思うと、空が轟き、碧瑠璃の僅かに覆う白雲が晴れていく。


 昼だというのに星が輝いた。四百年前の光の輝きが少女に下りて、その華奢な手に白き粒子が集まっていく。それはやがて杖を形作った。夜色の柄。先端には白く蛍光する星がついていた。


「魔法……使っちゃうわよ?」


 ムプレはニヤリと笑った。チャームポイントの八重歯が魅せる。幻想的な虹色の髪が魔力の波を受けて風もないのに靡いていた。緋、金、蒼と色を変え続け、朧な光が煌く。


 ――――魔法。ムプレの能力が原作どおりなら彼女は重力を操る能力だ。杖の形状を見るに五巻のときの彼女が、隕石とやらの影響で出てきたのだろう。もし何かの拍子で最新版の能力になったら、彼女は地球の自転だって止められる。そしたらまず間違いなく建物も人間もすべて吹っ飛んで死ぬ。


「……人類の危機だな」

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