異星より来冠者と国際連盟宇宙開発局尋常外対策部隊 その2
【異星より来冠者と国際連盟宇宙開発局尋常外対策部隊 その2】
東京医科大学病院で発生したと思われる変異体の行動は想像以上だった。被害範囲は電子機器破損について言えばゆうに一キロを超えようとしている。被害総額はいかがなものか。せっかく発生現場の隣に警察署があったのにパトカーも使い物にならない。
「困ったものですぅ。なんで日本人は避難命令を出しても仕事を続けるわ、全然逃げずに野次馬精神を見せつけるですぅ?」
いまだ病院に入れずにいた。入口付近の道路で立ち往生する一般人の避難がいまだに終わらない。特にマスコミとサラリーマンが厄介だ。ブラック企業と命知らずが多すぎる。避難命令より仕事を優先してくるのだ。
「こちら中継です。観てください! 大変なことが起きております。現在新宿区、大学病院で大量の鮫の怪物が泳いでいます! それに警官とは思われない人が銃器を携帯しています。あの何かコメントをいただけますか? なんでお面をつけてるんですか? やはり顔を見られたくないとか」
今もどこかのテレビ局がでかい機材を肩に持ち、鮫の怪物にレンズを向けたかと思うと今度はぐいぐいと力強く腕にマイクを押し付けてくる。目障りで耳障り。それにこちとら懸命に被害を抑えようとしてるのに邪魔をしてくる。うざかった。
「見ての通り危険な状態なんで避難しろですぅ! それにここに来た時点でカメラもマイクも壊れていますよぉ?」
「なっ、本当に壊れています! どういうことでしょうか! 警察機関が報道の自由があるにも関わらず機材を壊してきました!」
「あーもー! じれったいですぅ!! アメリカ! イタリアはいつになったら来るですかぁ!? 避難誘導手伝ってくださいよぉ! 事情を知らない警官じゃ無理ですぅ! マスコミの対処もどうするですかぁ!」
『許してネー! 今凄い美人のお客さん来ちゃったカーラー! オウ! でもフレミアちゃんも好きダヨー!』
『こちらレオン、現在変異体と思われる玄関扉の能力によってテレポートしたと考えられる。……HAHAHA。どこにいると思う? 動物園だ。パンダがいるところのな。しかし近くで見てみると思ってたより白くないな。というより汚い』
ええい役立たず共め。もうその手のプロじゃないと分からないほどの速度で手刀でもしてマスコミ達を気絶させたほうが……いやでも、それで協約違反になっても困る。お星に戻ったときになにをぐちぐち言われるかわからない。考えただけで耳が、いや、目が痛い。
「くぅ……こんなんだったら新宿に中国とかも集めるべきでしたぁ。ルカ! 病院の反対側のほうは避難誘導できたですか!?」
ルカはドイツ代表の人だ。まだ若くて、男か女かわからない名前と顔つきをしてるから性別は私にもよくわからない。栗色の短い髪に翡翠色の双眸をした可愛い人。早くこれを終わらせて撫でまわしたい。仕事もそれとなく淡々としてくれるので扱いやすかった。
『ええ、避難は完了しました。ですが僕の持っていた拳銃がおそらくですが変異体化しました。会話も可能です。代わりますか?』
中性的な声で告げられる新たな問題の発生。隕石の面倒臭いところがこれだ。回収するにも事態を混乱させていく。思わずため息が出た。人の体になりきっているとくせまで人間になって恥ずかしい。
「……コミュニケーションが可能なら代わってください」
『ギャハハハハハ! 大変だな! けどよぉオレちんの気持ちになってほしいぜ! こんな男か女かわからねえ奴じゃなくて胸も心もビッグなやつが――やめろ! 壁にオレを叩きつけるな!!』
「ルカ、あまり変異体を刺激しないでくださぃ。とにかく、避難が終わったら行きますのでぇ、それまで隕石の捜索をお願いしますぅ」
『了解』
……隕石の落下予測地点が新宿なのは正しかった。さすがは最新科学。繊細さが違います。
偶然見つけた変異体の人間も、盗聴器にGPSなどもろもろ仕込ませたから位置情報もバッチリ見える。耐水性の高い軍用のものをアメリカから支給してもらって助かった。でも避難しろって言ったのに、なぜか彼らも病院に近づいてきていた。明らかに道じゃない場所にいるし、能力を発現させたのかもしれない。
「えー現在偶然持っていた防水の盗聴器でコメントをもらおうかと思います。それであなたは今のはどうやって連絡していたんですか? そもそも警官の方な――――」
またしつこいマスコミがマイクもとい盗聴器を押し付けてきたかと思ったら、ざぶざぶと心地よいくらいの水音をあげて、鮫が彼らを丸呑みにした。満足げに煌めく牙。地中に逃げ込まれる瞬間にナイフを投げてみたが、すり抜けて地面に突き刺さるだけだった。
「むぅ、困ったですねぇ。この鮫やっぱり物理的な干渉がないですぅ。それにぃ、これ凄い今更ですけどぉ、避難誘導しても鮫がだいぶ広がってるですよねぇ? もう根本を気絶なり破壊なりしないと駄目だと思うですけどぉ。変異体が人間だった場合可能な限り暴力的な手段は取らないって制約ぅ、不可能そうですぅ」
『僕としては特に気にせずに始末してしまったほうがいいかと思われます。誰も見ていません。宇宙人であれば祥子も残さず処分ぐらいできるでしょう? 上の人たちは被害が小さくあればあるほどいいと考えるはずです――――ギャハハ! やっぱり胸がねえやつは心もねえ痛い痛い痛い痛い!!』
ルカは可愛い声のわりに考えは事務的だ。淡々と物騒なことを言ってくれる。遅れて響く変異体の笑い声。どうやら暴行を受けているみたいだ。でも私は痛くないし、問題は起きていなさそうなので些細なことじゃない。
「とにかく今から病院のほうで変異体をどうこうしてくるですぅ。……嗅いだ限りではぁ、病院の近くに変異体は1、2……七体ですぅ。大変ですぅ」
デート野郎が1人、鮫の原因が1体、拳銃が一丁……あと4つの匂いは誰なのでしょう。さっぱりわからないし、とても厄介だ。私は今一度病院を見上げた。
白い病棟。大体十階建てはありそうか。匂いのいくつかは病院の中からする。馬鹿正直に一階のロビーから行くよりとっとと跳んで窓から入ったほうが賢くて恰好いいと思う。
「それじゃあ行ってくるですぅ。何かあったらすぐ連絡をよこすですぅ」
地面をぶっ飛ばすくらいに跳躍。見た目は人だけど中身は誇り高きフレンジィ星人(人間の言葉で発音すると)。力はそれなりにあった。それで一気に最上階近くまで宙へ跳んだ。風を纏って、窓を蹴り破って病院に侵入。前に見たアクション映画の真似だ。最高にキマった。
「さて、坊やは黒みたいですぅ」
病院の最上階の個室。ベッドで座っていた少年に声をかけられた。まだ逃げ遅れた人が……なんてことはありえない。この子も変異体だ。まだ小学生程度で、痛々しい点滴と頭を覆い隠すニット帽が目に止まる。部屋は海の色で満たされていた。静かな波の音。潮の香り。
「……ほら、見てよ。もう普通に喋れるんだ。座れる。歩ける。鮫が僕に力をくれたんだ」
少年はその黒い眼に遠い水平線を映しながらゆっくりと立ち上がった。一歩、二歩と歩み寄る。そのとき無線に騒々しい声が入った。
『こちらルカ! 隕石を発見しましたが変異体と思われる人間に襲われています。迎撃許可をください!』
「……ふふ、楽しいですぅ。ルカちゃん、許可しますぅ。変異体は時々精神さえも歪んでいるときがありますぅ。手加減はなしですよぉ? さぁ、この狂乱の渦に身をゆだねるですぅ!」
満面の笑みを浮かべたと思う。少年の目がその笑顔を映すことはないけれど、それでいい。さぁ、私は私でこの変異体を対処しなければ。




