私が惚れたらどーすんだ。
女性視点は初めてなので至らないところもあると思いますが、御容赦お願いします。
「──ほらそこ! ちゃっちゃと動く!」
「えっと委員長、俺このあと用事あって……早く帰りたいんだよ」
「知らないよ。掃除当番くらい、そうやって喋っている間にさっさと終わらせたら?」
ああ、また怒ってしまった。いっこうにキビキビ動こうとしない男子たちを眺めながら、心のなかでそうやって嘆息した。
私こと宮原凉は、どうしてか口調がキツく育ってしまった。自分の言葉が攻撃的だという自覚はあるし、直そうとした時期もある。でも、母親に下手に矯正なんかしなくていい、と言われて以来ズルズルとそのままになっている。
今もそう、私に苦言を呈した男子の発言は一歩引きながら。せめてもの抵抗、といったところだ。男子達は父親含めて皆怯えるし、友達はなんとか続いている子や特別仲がいい子もいるというだけで平均より少ないはず。その仲がいい子だって、私の口調に関しては明言を避けているという有り様だ。
「ほら、箒持つ! 背が高い人は黒板やって!」
運動部の人は遅れるわけにいかないらしい、ようやく諦めてやる気になってくれた。……やる気になってくれた、よね? 私の周りは箒の長さの二倍くらい離れてるのは偶然だよね?
「さすがの仕切り番長、凉さんですなぁ。かわいい顔が台無しだぞぅ?」
「早乙女も抱きついてないで仕事!」
ええい、首筋に抱きつかないで早乙女。私の髪は長めだから一応崩さないように意識してるのに、後ろから抱きつかれたら形が気になるでしょ!
箒すらもたずに私に抱きつき続けてるのは、早乙女鞠華。自称バレー部期待の新人で、長身のイタズラ系美人。私の口調で垣根を作らず話せる、数少ない人。でも抱きつかないで。
「早乙女の方が美人だし可愛いでしょうが! 働かないと先輩に言ってウェア洗いの系にしてもらうから」
「うげ、それは勘弁ならん。女子の方も負けず劣らずウェアは臭うし、それを誤魔化そうとして香料とかつけるから部室がもう匂いの爆弾でさー」
「今掃除を誤魔化そうとしてるのは早乙女。ほら、ほんとに言うよ」
ようやく引き剥がして向き直る。ちぇー、じゃないの。
やり取りしている間に男子達はほとんど適当に見えるところだけゴミをとって帰ってしまった。机運んでくれたのはありがたいけど、隅っこの大きな綿埃は取ってくれないのね。
「早く行きたいなら早く終わらせたらいいだけでしょ。なんでちゃんとやらないのかわからない」
「同じく早く行きたいところがある人は言うことが違いますなぁ」
「……何が言いたいの?」
「べっつにー。早く図書室行けばいいんじゃないですかー」
言い返す間もなく早乙女は逃げるように去っていった。ちくしょう、この怒りのようなやるせなさはどうしたらいいのか。
ため息一つこぼして、委員長の職務をまっとうするために動く。カーテンを纏めて、机の列の乱れを直し、教室の施錠をしてから鍵を職員室へ。そして、それから。
……帰るだけなら、職員室をでてすぐ左に行けばいい。でも、私の目は右側の少し離れたところにある階段を見ていた。同時に、早乙女のニヤニヤとした笑顔を思い出してムッとした表情になる。
違うから。別に、習慣になったから、とかじゃないし。授業でわからないところがあったから聞きに行くだけ。教科担任にきくのは面倒くさいからしかたないの。"アイツ"に教えてもらってるからほとんどわかるけど、わからないところがあるの。
不満げな表情を意識して保ちながら、右側の階段に向かう。怒っているのを装うくせに、足音は無駄に出さないように変に意識しながら廊下を歩く。
二回に上がって右手、少し歩いたところに図書室。
無駄に覚悟を決めて扉を引く。図書室に入って少し奥、部屋の片隅の机のエリアに、"アイツ"はいた。
無駄なく整えられた髪、最近の男子らしくなくしっかりと上まで閉じられたシャツのボタン。聞いたわけじゃないけど、小学校の頃のあだ名がハカセでしょって感じの眼鏡君。
同じクラスの、長谷川樹だ。
私が来たことに気がついてないみたいで、少しイラつく。頭どついてやろうかな。やらないけど。近くに立ってプレッシャーかけるくらいいいでしょ。
私が近くに来たらようやく気がついたらしい。
「こんにちは、宮原さん」
「もう夕方でしょ。というか同じクラスなのにこの時間に挨拶ってのもどうなのよ」
……そこは素直にこんにちはでいいでしょ、って何回目の反省かな。やっぱり、険がどうしても出ちゃう。
それでも目の前の樹の表情は緩めな笑顔のままだ。早乙女に続いて珍しい、口調で私を避けない人。教室では所属しているグループとかのせいで話したことほとんどないけど。
最初に樹と図書室で話したのは、たしか三ヶ月くらいまえの授業後だった。ちょうどテスト期間で、気分転換に図書室で勉強しようと思って来てみた時に会った。
その頃には口調で色々言われていたのもあって、その時は離れたところに座った。樹も私に良い印象を持ってないって思ってたから。
だから、その日の図書室利用時間の終わりがけに樹に話しかけられたときは驚いた。「どこかわからないところがあるんですか?」って。反射的にわからないところを答えて、ササッと教えてもらった。利用時間のことも教えてもらって、それ以来帰る前にここで勉強するようになった。
ほとんど他の利用者はいないから静かにできて助かる。
「今日はどこかわからないところありました?」
「あった。でも、いつも通りとりあえず自分で考えてみる」
「了解です。では、頑張って下さい」
そう言って樹は視線を手元の本に戻した。何回目からか忘れたけど、下手に離れるのも嫌らしいということで樹の隣の席に腰を下ろして荷物から適当に目についた数学の教科書をとりだす。
……数A、どこかわからない所あったかな。このままだと単なる問題演習になっちゃう。わからないって言って不自然じゃない所、ないかな。
手慰みにシャーペンを回して、どこなら良さそうか探っていく。なんで私は数Aを選んでしまったかな。先生はどちらかというと分かりやすい人だし、というか昨日樹に聞いたばかりの教科だし。
適当に問題を解いていく。どこかつまれ、という思いとは裏腹にスラスラと進んでいく。
これじゃダメじゃん。……適当にこれ、聞こっと。
「樹。これわかる?」
「はいはい、どれです? ……ああ、これはこの式がここに当てはまるんですよ」
知ってるよ。昨日も聞いたから。ちゃんと聞いてたから。それでも樹の言葉に合わせて解いていく。相槌をうちながら、ノートに式を連ねていく。
結果として、三分もかからずに問題は解けた。まあ、わかってる問題だったし当然かも。
「──という感じです。わかりました?」
「ん、ありがと。多少は分かりやすかった」
「それは良かったです。わざわざ分かってるはずの問題を聞いてくるのでビックリしましたけど」
体がビクッとするだけで済ませられたのは誉めてほしい。
……というか、なぜわかった。
「授業で当てられたときに完璧に答えていた問題を聞いてくるなんて」
あ、それはダメだね。痛恨のミス。というかそれくらい覚えてなよ私。あと樹、なんで君は覚えてるのかな。授業に集中しすぎじゃない?
「まさか、わざと聞いてきたのかな、なんて」
「まっ、ちがっ、そんなわけ!」
「はいはい、図書室では静かに。騒がしくすると期待しますよ?」
「~~っ!」
私の顔は今度こそ動揺を隠せてない。
樹の言う期待とやらが私にクリティカルヒットしてるから。私の反応をみてニッコリしてる樹のせいでさらにダメージが強くなる。
そう、ほんの一月前。こうして隣で勉強しているとき、不意に樹は私に告白をしてきた。こうやって安心して一緒に時間を過ごせるのが良いんだ、って。珍しい、本気の目でまっすぐ見られた。
でも、私はこんな口調だし。たぶん女の子らしくないだろう。そして、そんな私にも優しくできるコイツにはもっとお似合いの子がいると思うんだ。
そう言って断ったのに、なぜか諦めなかったけど。
だから、返答は今は保留。どうしても無理だってお互いが感じたりしない限り、とりあえず今のまま継続、ということで。
ただ、それだと完全に私のエゴというか、自分勝手になってしまう。それは癪だし失礼だと思ったから、とりあえず仮恋人になった。
私が明確に無理って示すか、樹を受け入れるかのお試し期間だ。
この提案自体も失礼かもと思ったけど、樹は了承してくれた。短い期間しか経ってないのにこういうことを言った僕も悪いから、って。心底嬉しそうな表情が夕日で照らされてて、少しだけドキッとした。
それからもこの緩やかな時間は続いている。たまに、ほんの少しずつ距離を縮めながら。樹は無理に迫ったり答えを急かしてきたりはしない。たまにさっきみたいな遊びの延長に話をだしてくるだけ。
だからこそ、仮恋人をすることでわかってほしかった。もっと良い子がいるはずって思ってほしかった。こんな荒い口調の人は似合わないって、思ってほしかった。
なのに、態度が変わらない。少しずつ近づくのが良くなってきてしまっている。これで私が惚れたらどーすんだ。
「やはり、宮原さんはたまにからかうと面白いですね」
「……うるさいなぁ。勉強してるから邪魔しないで」
樹は小さく笑って静かに読書に戻った。
クルリ、クルリ、とペン回しばかりが捗る。少しも集中できてないなぁ。というか数Aを出してるのは誤魔化しだってたぶんバレてるよね。
いそいそと数Aの教科書を鞄にしまい、今度はちゃんと物色して英語表現の教科書とノートを取り出す。なんで日本人なのに英語やんなくちゃならないの。というか高校英語の文法とか例文って日常生活のどこで使うのよ、ってやつばっかり。
このへんの説明も樹はしてみせるんだろうなぁ、と思ってちらりと横目で見てみる。夕日が逆光になってほとんど暗くなってるけど、眼鏡に光が反射してなんかきまっていた。
その後は比較的静かに時間が流れた。
ノートを見直し、問題を解いて答えと照らし合わせる。理解できなければ少し考えてから樹に聞いて、応用の問題をしてとやっていく。
気がつけば、壁掛けの時計は十七時半を指していた。程なく校門がしまる予告の音楽が流れはじめるだろう。手元も随分と暗くなっている。
右をみて、樹と目があった。
「そろそろ帰りましょうか」
「ん。片付けるから少し待って」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。僕も本戻してくるんで」
筆記用具やノートを片付けて、一応服をささっと見直す。ん、問題なし。暖房を切っている司書さんにさようならと声をかけて一足早く図書室の扉の外で待機。
「ん、さむ……」
もう十二月。日の落ちた廊下は寒気を溜め込んでいた。手もカサつくし、周りの女子はみんな保湿に必死。そんなに色々しなくても唇とか割れたことないんだけどなぁ。せいぜいが登校前に色なしリップをするくらいなんだけど。
「お待たせしました」
「ん。……そのマフラー、ずるい」
「ずるいって言われても。朝の天気予報で冷え込むって言ってたじゃないですか」
顔に似合わずなんか手触りいいタイプの少しお高そうなやつ。黒い毛が暖かそう。私も明日からマフラーしようかな。樹のやつみたいな高そうなやつじゃないのが悔しいけど。
その日も、二人で駅まで帰った。
◇ ◇ ◇
家に帰り、ご飯や風呂を済ませたあと。
私はいつものように布団の上で早乙女と電話をしていた。とはいっても長電話ではなく、延ばしても十五分程度のやり取り。
『いやー、最近トモコが色気付いてきてさー。なんか彼氏とのやり取りすごい自慢してくるんだよねー』
「あぁ、同じバレー部の友達だっけ。あの子彼氏いたんだ」
『え、二ヶ月前くらいからずっとひけらかしてたよ。凉、さすがにゴシップに疎すぎだよ』
まあ、確かに私はあまりそういう他人の人間関係に興味はない。女友達で話せる人は少なく、最大手の情報窓口がイタズラ系美人の早乙女である以上自分から積極的に聞き出したりしない限り基本そういう情報は流れてこない。
「校内ゴシップとかどうでもいいからね。それで、どーしたの?」
『いやさ、今十二月じゃん? もう一日に何回もクリスマスって言うから耳にタコできちゃって』
あー、そうか。もうそんな時期なのね。
クリスマスは、プレゼントを貰えなくなってからしばらく経つしそこまで意識になかった。あとは、気が早いのか十一月から装飾をつける家があったり、無駄に人が増えたりとかって印象。
「あんまり人が多いと、私出歩かないからなぁ。人混みキライ」
『あー、凉はなんか邪魔な人にキレて人混みを蹴り割ってそうだもんね』
「私の印象については今度面と向かってじっくり聞くとして。早乙女はクリスマスどーなの」
『私? んー、バイトかなー。クリスマスは稼ぎ時だからね!』
「バイトってやっていいんだっけ。というか、早乙女こそクリスマスは遊んでるもんだと思ってた」
イタズラ系美人の称号は伊達じゃない。私しかそうやって呼んでないだろうけど、聞けば皆納得すると思う。
そんな早乙女に彼氏がいないことのほうが私は驚きだった。めっちゃカッコいい他校の先輩でもつれ回して、それこそ寂しくバイトしてる学生にダメージを与えてるものだとばかり。
『バイトは申請したらオッケーだよ。私は彼氏とかいないし、遊び相手もいないしなぁ。わざわざ男子誘ったりパーティやる気もしないもんね』
「彼氏作らないの?」
息をのむ音、そして不自然な間。
え、なに?
『私からしたら、凉が彼氏作らないことのほうがわからないんだよねぇ。可愛いのに、誰かに誘われたりしてないの?』
「可愛いのは早乙女。私は恐がられてるし、誘われるわけないよ」
口調の高き壁。荒さが直れば一般的な女子程度には男子と話したりできるのかな。そこまでして男子と話してどーすんのって思うけど。
夜なのと布団の上なのもあって思考が揺れてきた。そろそろ終わらせようかなー、と気を緩めていたから次の不意打ちをまともにくらってしまった。
『まあ、凉は誘われなくても大丈夫か。一月前くらいから仲の良い男子いるでしょ? 隠しててもわかるよ~。もしかして彼氏候補?』
ほんとなんでわかった。仮恋人だし、わりと言い当ててて怖い。
『いやー、それだけ口調を気にしてる凉を落とせるんだからねぇ。で、誰なの? クラスの男子?』
「ちょっと待って、勝手にそういう人がいることにしないで。というか、わりと普通に暴言吐く女子なんかを気になる男子いるわけないじゃん」
いい終えてから気がついてダメだわーと思うほどの早口。ここまでされたら早乙女ほど敏感でなくても察するよね。自分で彼氏ないし親密な男子がいますって白状したようなもんだよこれじゃ。
『つまり、凉はその口調が大丈夫な男子であれば好きになる可能性はあるってこと?』
「いや、まあ、端的に言えばそうなんだけど。でも暴言吐く彼女なんて嫌だろうし、相手の評判とか落ちたら申し訳ない」
『じゃあ、それも気にしなさそうな人だったら?』
そんな人がいたら、どうなるんだろう。
中学の時に自分の口調の荒さを知って、それ以来そういう相手ができることを考えてこなかったからよくわからない。もしかしたら、好きになるなんてことも、あるのかもしれない。
「……気にしない人なんてそうそういないと思うけど」
『なら、そういう人に出会えたらその時点で分かりやすすぎるチャンスで転機ってことじゃん?』
「そんな簡単で良いもんなの?」
ロマンチックなんて考えたり言うつもりはないけど、でもなんかこう、相手個人を見ないっていうのはなんか違う気がする。何ヵ月か一緒に定期的に過ごしたりしないと、どういう人かなんてわからないと思うから。
だから、たまたま少し歯車が噛み合っただけ、ということもあるはず。出会ってすぐアプローチしたりするのは私には無理。
『んー、私は良いと思うけど。気になるならその人をよく知る為の機会を設けたらいいじゃん』
「何その大学生の合コンみたいな考え。どんな機会を設けるわけよ」
『近くに良いイベントがあるではないですか姉御~』
何かあったっけ。
今月は十二月、その半ばを過ぎた辺り。今日のちょうど十日後は二十四日。十二月の二十四日だ。つまりはクリスマス。
「あ……」
『わかった? その日に誘ってみるべし!』
「だから、勝手に気になる人がいることにしないでってば」
早乙女は画面の向こうで笑うだけ。心底楽しそうでなにより。私のため息でさらに笑う声が聞こえる。たぶん、美人顔の目尻から涙を流しながら笑っているのだろう。
『誘えなくても、誘われたらこういう時くらい素直になるんだよ~』
「うるさい。そろそろ寝るから切るね」
『はーい。おやすみー』
そうか、仮とはいえ一応樹とは恋人関係。誘われることもあるのか。
そんなことを考えながら布団に入った。
◇ ◇ ◇
翌日の朝。
私は無駄に緊張して登校した。教室につくなり早乙女はニヤニヤしながらみてくるし、変に昨日の電話を意識してしまっているからというのもあるだろう。
結局、布団に入ってもすぐに寝付けなかった私は私から誘うべきか、それとも樹に誘われるのを待つのかを考えた。結論としては、私から誘うことにした。返事を待ってもらってる身だし、仮恋人を持ちかけたのは私。なら、恋人のイベントに誘うのは私であるべきだろう。
ただ、問題がひとつ。……どうやって誘ったらいいか、わからない。女友達でさえ誘い待ちみたいな状態の私が、いくら仮恋人とはいえ異性をデートに誘う。そのハードルがどれだけ高いことか。
それに、誘うのは決定としてもどこに行くかとかはまったく決めていない。一応調べたけれどどれにも"混雑が予想されます"ってあるし。ならどこなら良いのよ、と探しているうちに寝落ちたのが昨日だからなぁ。
考え込んでいるうちに、いつも通り教室では樹と話せないまま昼休みに突入。早乙女とラウンジの椅子にでならんで座る。角の辺りが取れてラッキー。
「お困りかな、お嬢さん」
「誰がお嬢さんよ。開幕から早乙女オネエサマが何用?」
「それこそ誰がお姉さまよ。で、朝からお悩み中な顔をしていた凉はなにか助言が欲しいんじゃない?」
「何の助言よ」
「ずばり、某気になる人を自分から誘うことに決めたは良いものの誘い方も誘うところもわからない、と悩んでいるね?」
そんなに分かりやすいかな私って! もしくは早乙女は本物のエスパーか!?
だけど、悩んでいることは事実だし助言が欲しいのも確か。顔が赤くなっているのはさておき、とりあえず素直に頷いてささっとご教授願おう。だからニヤニヤしない。さて置いてるんだから。
「そんな悩める子羊に、少し早めなクリスマスプレゼント。程よく人が少なくて雰囲気が味わえるところが良いでしょ?」
渡されたのは、おすすめ冬ビュースポットとかかれた紙とチラシが数枚、そしてその近くにあるカフェのペア割引券。若干の裏道のその店やスポットは確かに人通りが少なそうだ。
いつの間に準備していたのやら。ニシシシと笑う辺り、わりと前から準備していたみたいだなぁ。
「さて、子羊よ。何か言うことは?」
「……ありがと。とても助かる」
「その素直さを誘うときも出すんだよ。わかった?」
頷き一つだけ返して、丁寧にチラシや割引券をしまう。にしても、早乙女がペアチケットを使う相手がいないなんて本当に意外だなぁ。さらっと彼氏つくっているもんだと思ってた。
「そーいう邪推はしないの。凉は素直に誘うことだけ考えてなさい」
やっぱりエスパーの方だったか。
その日の夕方。結局図書室でも言い出せず、帰り道の別れ際になってようやく叩きつけるようにしてカフェのチラシを渡して誘った。
樹の嬉しそうに笑った顔がとても印象に残っててその日も寝付けなかった。
◇ ◇ ◇
十二月二十四日。
行き先のカフェの最寄り駅、そこの噴水で樹と待ち合わせすることになった。親には、クラスでクリスマス会があるから夕御飯は要らないとだけ言って出てきた。
そして、今の時刻は十七時二十二分。待ち合わせは十七時半だ。なんとか早めに噴水前にはつけたけど、樹はまだかな。
周りを見れば、どこもかしこもカップルばかり。駅から出てくるときには手を繋いでる二人もいれば、私と同じように待ち合わせをしては出会って離れていく二人。楽しそうに名前を呼びあって、手を繋ぎ、時には腕を組みながら離れていく。
また一組、隣のカップルが手を繋いで離れていくのをボーッと見ていたら後ろから声をかけられた。
「ごめんなさい、待たせてしまいましたか?」
「大丈夫。待ち合わせ時間より早い」
振り返ってみた樹は、なんか悔しいまでにきまっていた。
黒をベースに、真面目なイメージを使った落ち着いた配色にしている。そして、首もとにはあのずるいマフラーをしていた。
「それじゃあ、行きましょうか?」
「了解」
横目で早乙女から送られたアドバイスだけ確認して、樹について歩き始める。私も一応道は覚えてきたけど、樹も覚えているみたいだから横にいれば大丈夫だろう。
『自分の気持ちに素直に!』
早乙女のアドバイスは結局いつも通りの内容なのだけど。着ていく服とか、どのくらいお金持っていくべきかとかって聞いても"私デートとかしたことないし"の一言で終わりだった。
というか、そうかこれはデートなのか。今更ながらにとても緊張してきた。
イルミネーションに彩られた街を二人で歩く。色々な光に照らされた人々や建物が、普段の日常との違いを否応なしに意識させてくる。
元々教室では喋らず、図書室のみの関係だったせいかこういう時にどういう事を話したら良いのかがさっぱりわからない。それは樹も同じのようで、さっきからお互い黙ってしまっている。
樹は楽しめているのだろうか? 何を話すのが普通? 店ではどんなものを頼めばいいの? ……手は、繋ぐべきなの?
すれ違うカップルは皆当然のように手を繋いて、樹もそれを目で追っているのがわかる。
「宮原さん」
「何?」
「その、手がとても冷たいので繋いでも良いですか?」
そんな困ったような悩んだような顔で見られても困る。手が冷たいのは手袋していないんだから私も同じ。むしろ私の手の方が冷たい可能性まであるのに。そこまで分かりやすい誤魔化しなんてせずに握ってきたら、って思う。
だから、今回だけは私から繋いであげる。無言なのは許して。私だって恥ずかしい。
「……なによ」
「いえ。そろそろ店ですね。空いてるかの確認は一応取っておきました」
「ん、ありがと。助かる」
その後はまた二人とも無言に。それでも、人混みを通りやすいようにさりげなくリードしてくれるのが嬉しくて、ついつい頼りきってしまった。言葉じゃなくて、手で会話しているような不思議な感覚。
そんな感じで、景色を見ていて気がつけばカフェについていた。二枚扉をぬけて、落ち着いた曲の流れる店内へ。
「いらっしゃいませ。二名様ですね、あちらの奥へどうぞ」
案内されたのは、小さな窓に面した店舗の一角。今日の客層からして大きな声で話す人はいなさそうだが、もしいても大丈夫そうなくらいには奥だ。
いざ座ろうというときに二人とも固まったが、できるだけ意識しないように手をほどいて向かい合うように着席。手が離れただけで寂しさを感じる。
メニューを開いて、ページをめくっていく。
「んー、こういうカフェにはいまいちご飯というのはないんですね」
「当然でしょ。どちらかというとカフェっていうのはお話とかお茶を飲んだりして休憩するところなの。料理は少ないのが普通」
朝ならまだしも、今は夜。モーニングがある時間帯じゃないのにご飯の類があるってだけで助かるのだ。
結局私がカルボナーラ、樹がオムライスにした。店員にオーダーをして、ようやく落ち着いて話を始める。
「今日、実は予定があった日だったりとかはしてる?」
「まさか。むしろ、宮原さんをどうやって誘ったらいいか悩んでいたら先を越されてしまいましたって感じです」
「まだ始まったばかりで聞くのも変かもだけど、楽しめてる?」
「もちろんです。好きな人とクリスマスデートしてるんですから、楽しくて当然です」
思わず目線を窓のそとに逸らしてしまった。でも仕方ないでしょ、こんないきなりストレートに来るなんて思ってないんだから。
「真っ直ぐ言うとは思わなかった。意外」
「僕も驚いてます。クリスマスの雰囲気に当てられましたかね?」
樹はいたずらっぽく微笑んだ。普段の印象が真面目一辺倒なだけにギャップがすごい。
「宮原さんこそ、楽しめてますか?」
「ん……どうなんだろ。ごめん、まだわからない。こうやって男子と出掛けたこととかなかったから」
樹から言われたとはいえ、自分から手を握ったのだ。クリスマスのイルミネーションや雰囲気には酔っているのかもしれない。早乙女とだってクリスマスのこの時間帯に出歩いたことはないしね。
でも、まだ樹みたいに楽しいって言い切れない。
「なら、今日知ったらいいと思います」
「エスコートはしてくれる?」
「喜んで。とはいっても、異性とデートするのが初めてなのは同じなのでどこまでできるかわかりませんが」
そこまで言って照れ臭くなったのか、今度は樹が視線をそらした。なんとなく私も窓の外ではしゃぐ子供たちを見る。寒いなかでも元気に遊んでいるのが微笑ましい。
タイミングよく店員が料理を持ってきてくれたからなんとか変な雰囲気を引きずらないですんだ。
樹のオムライスが見事に開いたことに二人して驚いたり、カルボナーラに店独自のソースが使われていてとても美味しいと話をしながら時間が過ぎていく。
意外なことに、早乙女は男子のなかでも既に彼氏がいるという事になってたらしい。そういう相手がいなくて、今日はバイトしたあと家でゴロゴロしてるはずと教えたらとても驚いていた。私でさえ知らなかったということもあって、樹はその話は知らないことにしておくと言っていた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
同時に手を合わせて席をたつ。そこまで高い値段の所でもないからと割り勘を提案したのだが、必死に断られてしまった。なんでも厳しいお姉さんがいて、割り勘にしたことが知れたら八裂きにされるからと言っていた。
本人も自分が払うべきだと思っていたようだしその好意に預かることにした。
店の扉のカウベルを控えめに鳴らしながらそとに出る。
「さて、次はどこに行きましょうか」
「エスコートしてくれるんでしょ?」
そうですね、と言いつつ自然に手を握られた。正直まだなれなくて、どのくらい力を入れたらいいのかわからない。手が冷えてる以外の原因はわからない理由で感覚が鈍くなっているのもある。
でも、それ以上に他の理由がある気もして。
「では巨大ツリーがあるのでそれを見に行きましょうか」
「ん、了解」
でもそういうところは人が多いんじゃないの?
「大丈夫です。穴場スポット知ってますから」
穴場、といって連れてこられたのは少し高い丘の展望エリアだった。夏場に天体観察、冬場に流星観察のイベントを開いているところで、街を高い位置から見渡すことができる。
普段は何かと人がいて明かりがあるここも、クリスマスの今日は人が他に来ないからか暗めになっていた。
「どうです、ここ。大型スーパーのツリーが綺麗に見えるのに、あまり人がいないんです」
「この展望エリアのことは知ってるけど、人がほとんどいないのは知らなかった」
「前にクリスマスの短期バイトをしていたときに見つけたんですよ。一休みしよう、ってきたら誰もいなくて」
樹はカップルだらけで心が疲れるのも覚悟していたんですけどね、と笑っている。
それから、色々な話をした。
学校の友達の事。先生の話。冬休みの課題や受験の事。知らなかったクラスメイトの事や他の部活の人の事が知れたし、反対に教えてあげた。サッカー部の部長は県大会にいくって報告を壇上でしてるときはしっかりしていそうにしてるけど本当はとても不真面目だって聞いたときは心底驚いた。
自然と笑顔に、なれた。
「……もう10時」
「この季節で夜10時はとても寒いですね。体の芯まで冷え込んではいませんか?」
「大丈夫。手足の先が少し寒いだけ」
防寒対策は怠ってないのだ。でも、手袋をしていたとしても手は冷たいし顔は冷え込んでるだろう。鼻は今赤くなっているんだろうなぁ。
「んー、では少し急ぎましょうか」
「次はどこ?」
「いえ、移動はしなくて大丈夫です。ツリー見てください」
樹の視線が向くまま巨大ツリーを見た。たくさんの装飾と電飾をつけられて、周りのものと一緒に道を照らしている。その天辺には、一際大きな星形が。
さっきまでと変わらない──あれ?
突然周りの電飾ごと、一瞬で闇に包まれた。停電でもしたのかと思うほどだ。だけど、それより不可解なのは、樹はこれが起きるのを知っていそうだったこと。
「え、なにこれ」
ツリーの最上部、本物の水晶で出来ている事で話題の星に綺麗な青と黄色の光がついた。踊るように色が動いて、とても目が引かれる。
その光の躍りが終わると、今度はツリーの電飾が上から順に点いていき、見事な光のグラデーションが作られた。
それをきっかけにして、周りの電飾まで次々と光の波を作る。ただ、それは停電前とは違って、まるでパレードのような賑やかさを見せていた。
さらに変化は続く。
雰囲気や装いを完全に変えた電飾は、さっきまでは光っていなかった所にまで広がっていく。そこでまた、波を作って広げていく。
そして、クリスマスの波は大きくうねって──今度は一直線に、私たちがいる展望エリアを飲みこんだ。
「なに、これ?」
芸のない、さっきと同じ質問。それだけが頭を埋め尽くしているんだ、仕方ないと思う。
「サプライズですよ」
「わざわざ、根回ししたの?」
「ええ。イタズラ好きな人とか、電飾関係の人に頼んで一月前から」
本当に訳がわからない。サプライズは成功だろう、今の私はたぶんすごい間抜け面を見せているとおもう。でも内容がわからないと、戸惑うことしかできない。
「ここまで盛大にライトアップして、アピールしましたからね。たぶん来年からここはたくさん人がきます」
「だから、ここを二人で独占できるのは僕たちが最後です」
「そんな特別な時にはやはり特別な想いを伝えたいと思うんです」
いつの間にか、樹の視線は私をまっすぐ見ていた。何を言われるのかは大体わかる。あぁ、今から言われるんだ、って他人事のようにすら感じることを。
「宮原さん、僕はあなたが好きです。よければ彼女になってください」
そう言われたとたん、私のなかで色々な感情が爆発した。
私は無愛想で口が悪いから友達すらたくさん作れなくて。男子どころか、父親からも怖がられて遠巻きに見られる。それが私で、それは変わらないことで、それはどうしようもなく私を邪魔するんだ。
「ごめんなさい」
「私みたいなのと付き合うと、樹の評判まで悪くなる」
「だから、諦めて」
私の な人の評判が下がるのは嫌だ。自分のせいで樹が嫌な目に会うのは耐えられない。
でも樹は、私の言った事を全く気にしていなくて。
「知りませんよ、そんなの」
「え……?」
「言いたいやつには言わせておけばいい。それ以上に俺の彼女は可愛いんだーって言って聞かせてやりますから」
「宮原さんは、俺の事どう思ってるんですか?」
樹が私の手を掴む。今日一日感じてきたような、頼りがいのある力強さと優しさがある手。冷えていても暖かさの伝わる手。
早乙女の言葉が頭を過った。
『自分の気持ちに素直に!』
そう、私は今素直になるべきなのだろう。
私にとって樹はどんな人?
気がつけば だった人。
一緒にいて安心する、隣にいると嬉しい、もっと話したい。
人はたぶん、そういう気持ちの事を──
「好き」
──たぶん、そういうのだろう。
初めてこんな気持ちになったから確証なんてない。なにしろ、三ヶ月の付き合いだ。でも、それでもきっと、この気持ちは"好き"なのだろう。
「ずっと、怖かった。自分は好かれないって思ってたから」
「僕も、図書室で最初あったときは警戒してました」
「だから最初に声をかけられたときはとてもビックリした」
「僕自身、未だになんであのとき声をかけたかわからないですからね」
おい、って突っ込むの失せる幸せそうな顔しやがって。さっきまでのキリッてした顔の方が引き締まっていていい──事もないな。ふにゃってした顔の方がまだこいつらしいや。
だから別のところに突っ込みいれてやる。ずっと、困ったようなふにゃっとした笑顔でいたらいいんだ。言うのも恥ずかしいから樹の胸に顔を埋めながら言うけど。
「その、付き合うんだから要求が三つ」
「はいはい、何でしょう?」
「一つ、一人称偽らない。さっき自分の事俺って言ってたでしょ。これに関係してその二、敬語やめて」
いくらテンパってても、好きな人の言葉を聞き逃すものか。
付き合うのに敬語もない話だろう。
「三つ、私のことは名前で呼んで」
「わかりましたよ、宮原さ──あっ」
頭どついてやろうか。私はちゃんと樹って呼んでるのに。
「その、お互い動揺しているので。とりあえず帰り始めませんか?」
「名前で呼んで。敬語やめて」
「す、凉さん」
「呼び捨てでいい」
全くもう。要求三つがちゃんと履行されるまでにはけっこうかかりそう。
樹の胸から顔を離して帰り道の方へ。
少し歩いてから樹がまだ固まっていることに気がついて振り返る。
「ほら、帰るよ樹」
「わかった。帰ろうか、凉」
自然に手を握って来やがって。
まったく、これ以上私が惚れたらどーすんだ。
「バーカ。樹のバーカ」
「さすがにそれは理不尽だなぁ……」
うるさい。
「早乙女ありがとう、なんとか上手くいった」
「展望台にきてからチキンになったもんねぇ。樹が言い出さないせいで体の芯まで冷えたわ」
「それはすまん。あと電飾の手配と操作ありがとう」
「あれ、説得にかなり時間と手間かかったからね。いくら幼馴染とはいえ頼りすぎじゃない?」
「埋め合わせはちゃんとするつもりだ」
「じゃあ、あんたの彼女の惚気話止めるように言ってくれない?」
あっくそ、樹のやつ既読無視しやがった。はぁ、寝よ……。