混ぜるな危険
やあ。
ようこそ、魔王ハウスへ。
ここは全部セルフサービスだから、まずは手持ちの水でも飲んで落ち着いてほしい。
……あれ? 滑ったか? お呼びでなかったかい?
ふーむ……やはり「なあ、ちょっと聞いてくれよ」のほうがよかったかな……
え? 違う?
……なるほど、では改めて、自己紹介でもしておこう。
私が、君の探していた「魔王」であることに間違いはないよ。
そして、君と同郷の出身でもある。
そうだね。私も異世界――日本の生まれさ。
どうやら、若干のジェネレーションギャップはあるようだけど、西暦2000年頃のネットスラングは知っているようだね。一応、安心したよ。
共通の認識がないと、話をしてもつまらないからね。
ああ、私ばかり話しているけれども、大丈夫かい? 何か質問はあるかな?
……ふむ。私が、君を攻撃することはないよ。
ただ、話を聞いてもらいたくてね。
信用してもらえないことは分かっているがね、何しろ指一本動かせないんだ。
鼻くそほじる力もない、というやつさ。
だからと言って、トラップもないし、伏兵も居ないから安心してほしい……と言っても、ここに来るまでの道のりを考えたら、難しいだろうね。
一応、言い訳をさせてもらうけれどもね、道中のあれやこれやは、選別のためだったんだよ。会いたいのは「同郷」の人間であって、それ以外は歓迎できないものでね。
そのためだけに、ずいぶんと手間をかけたことは認めるよ。
そうだね、かれこれ500年はかかっているからね。
そこまで手間をかけて会って、ただ話をしたいなんて、我ながら滑稽だと思うよ。
言ってみれば、私が話したい事は、老人の繰言であり、先人の助言であり、狂人の妄言であり……いや、死人の遺言、というのが正しいかな。
え? ああ、ちょっと特殊な事情があってね。
私の状態は、ただ「死んでいない」というだけなんだ。
なにせ、ココに座っている以外は何もできないのだから、「死人」と言うのが適切だろう?
そして、君に話したい事というのが、その「特殊な事情」に関する事なのさ。
もちろん、聞くかどうかは、君の自由だよ。
……ああ、聞いてくれるか。ありがたいことだね。
じゃあ、立ち話もなんだし、すまないが適当にくつろいでほしい。
見ての通り、ソファどころか椅子も無くてね。
うん、まずは何から話そうか……そうだね、「老人の繰言」から行こうか。
長くなると思うが、少々我慢して聞いてもらいたい。
私がこの世界に生まれたのは、だいたい1000年も前のことさ。
それが転移なのか転生なのか、はたまた憑依なのか、もう覚えていないがね。
ただ、ココが異世界であると思ったことだけは、強烈に覚えているよ。
日本ではあり得ない「魔法」を見たときの衝撃には、君も覚えがあるんじゃないかな?
それからは、まあ、ネット小説によくあるテンプレの通りだから、割愛させてもらうよ。
何といったかな……ああそうそう、魔力チートというやつだ。魔力を増大させて俺ツエエ、というやつだっけね。
そんな感じで好き勝手に生きて、50を過ぎた頃かな。何かおかしいと思ったのは。
なんというかね、50代なのに、それほど老化が進んでいなくてね。
周りの同年代は、見るからに老人なのにね、私はそうでもなかったのだよ。
ただねえ、日本じゃ50代なんてまだ働き盛りだろう? その記憶もあったので、そんなものかと思って見過ごしてしまったのさ。
本格的におかしいと分かったのは、100を過ぎてもまだ若いと気づいた時だ。
自分では何もしていないのに、なぜか不老になっていてね。
周りも、バケモノを見るような目に変わっていたよ。
この世界、不老長命の異種族だっているというのに、狭量なものだよね。
まあ、人間で不老というのが余程妬ましかったのかもしれないけれどもね。
若いころは勇者だ英雄だともてはやされたんだが、手のひらを返すように迫害されてねえ。
まあ、人付き合いも面倒くさくなってきたので、ちょうどいいと思って人里離れた場所に雲隠れして、自分に何が起きているのかを研究をすることにしたんだ。
引きこもっても、特に不自由はなくてね。
なんせ、基本的な実験材料は自分だし、協力者も居ないわけではなかったからね。
かれこれ100年ほどはずっとそんな感じだったよ
うん、研究について聞きたいようだね。じゃあ、話の途中だが、逆に質問させてもらおう。
魔力とはなんだと思うね?
ああ、無理に答えなくていい。私も正解は知らないからね。
先に、テンプレ通りの魔力チートをやったと、言ったのを覚えているかな?
そう、魔力を使うことで「鍛え」て保有魔力を増やして色々とゴリ押ししていく、アレだよ。
扱う現象に物理法則を当てはめて、自分が扱いやすくしたりね。
ひょっとして、君もやっているのかな? だとしたら、すぐやめた方がいい。もはや手遅れかもしれないがね……
ここから先は、「先人の助言」で、「狂人の妄言」になるかな。
さっきも言ったが、聞く聞かないは、ご自由だよ。
さて、保有魔力の話だったね。
私と「彼ら」の違いはソコぐらいしか無くてね。そこに不老のカギがあるのではないかと、思ったんだ。
ほら、不老長命の種族というのも、魔力は多いだろう?……まあ、それでも私ほどではないのだがね。
だが、不思議に思わないかな?
なぜ、魔力を使うと保有魔力が増えるのか?
筋肉の超回復のように、魔力を貯める器官を鍛えるということなのか?
……ああ、それを調べるために、ずいぶんと非道なことをやったよ。
解剖などは序の口だね。色々な動物は一通り……動物の後は、人も、他種族も、解剖した。
だが、何もなかった。「魔力器官などは無い」ということが分かっただけだよ。
捨て子や、弟子入り志願者に、魔力の増大法を教えたこともあったな。
こちらはまあ、半分成功した。
自分の経験した通りに、彼らの魔力は増大した。それどころか、彼らも私の理論を理解し、科学的なアプローチで魔法を使うことができるようになった。
だが……だからこそ、やるべきではなかったと、後悔しているよ。
そして、その――ひどい話だが、失敗が――あったればこそ、「魔力とは何か」を考えることとなったんだ。
うん? ああ……失敗というのはね、弟子たちも私同様に不老となり、社会から排除され……「魔族」とされてしまったんだ。
そう、魔族は人なんだよ。ただ、「彼ら」とちょっと違ってしまったというだけの、哀れな人達さ。
なぜ変わってしまったのか?
それを知るために、いくつかのグループに分けて増大法を教えたよ。
そうして分かった事実に、私は絶望した。
原因は「膨大な魔力を保有している」ことではなくてね。
「私の理論を使った魔法を使いすぎる」ことだったんだ。
そう、地球の――というか異世界の――物理法則をベースにした知識で改造した魔法を使うこと、それがカギだったんだよ。
話は飛ぶがね、地球の物理法則に従う限り、絶対に逃げられない法則があることは知っているかな?
とても有名な法則で、関連する単語がアニメなんかにも出てきたりしたのだけど。
……うん、そう。熱力学の第二法則だ。
エントロピー増大則、なんて言い方もするね。閉じた系の中で仕事をしたら、必ずエントロピーは増大する、というやつだ。
永久機関が作れない理由の一つでもあるね。
何が言いたいかというとね。
その現象が「魔法によって起こされた結果」であろうが、物理法則に従う限り「エントロピーは増大する」ということだよ。
私の理論で魔法を使っていると、知らぬ間にエントロピーが増大して、自分の中に溜まっていったらしいんだ。
まあ、エントロピーというのはモノではないから、利用できるエネルギーが減っていった、というのが正しいのかな。
そうして、エントロピーは私の中で増大し続け……いわば「熱的死」のような状態になっていたようなんだ。
不老ではなかった。
人が生きるためにはエネルギーが必要だ。
けれど、私の中には、細胞を分割するエネルギーがない。
細菌によって腐敗する事すらない。
なぜなら、腐敗に必要なエネルギーすらないからだ。
ゆえに、「死んでいない」だけ。
なぜ意識があるのか……なぜだろうな?
それは私にはわからないね。
ひょっとしたら、魔力によって「生かされている」のかもしれないな。だがまあ、些細な事だ。
しかしね、エントロピーが増大しても、どこかに捨てることができれば、影響は無かったはずなんだ。
捨てられるということは、閉じた系ではない、ということだろう?
開いた系ならエントロピーが減少しても第二法則には違反しない……のだけどね。
ダメだったんだよ。
そもそもね、「エントロピーを捨てる」と簡単に言うけど、どうすればいいんだい?
私の知識では、そんな方法は見当もつかなかった。
所詮聞きかじり程度だからね、エントロピーの何たるかなんて、しりゃしなかったんだからね。
エネルギー不足なら、外部からエネルギーを取り込めばいいのかと試したが、そちらもダメだった。
自分の魔力が邪魔でね、うまくできなかったのさ。
そうして試行錯誤を続けて……だいたい500年ほど前かな。
弟子のひとりが、画期的な解決法を見つけたんだよ。
自分の魔力を結晶化させて、増大したエントロピーを捨てる方法を見つけたのさ。
……気づいたようだね。そう、彼は魔石を作り出したんだよ。
だがね、これも私には使えなかった。
彼は、彼なりの理論で魔法を作ったんだがね、私が理解できなかったのさ。
理論というか、感覚というか……説明は難しいね。
何をどうやるのか、頭では分かっているんだがね、その通りにやっても発動しなくてね。
100年ほど試したけど、結局諦めざるをえなかったよ。
思うに……この世界の理で作られた魔法を使うためには、この世界の理を理解していなければいけないのではないかな?
けれども、私は地球の物理法則に固執してしまった。
自分が魔法を使うために、そう考えた方が「分かりやすい」からと、勝手に改造した。
その結果、この世界の魔法を使うことが出来なくなってしまったんだろうね。
弟子たちは、その魔法を改良し続けて、色々なものを作り出したよ。
いわゆる魔物やダンジョンなども、彼らの研究結果さ。
エントロピーの捨てる先を動物にしたのが魔物の始まりでね。
継続的にエントロピーを捨てるために、自動的に魔物を生み出すようにしたのがダンジョンだよ。
……ははは、ラノベっぽいかな?
まあ、ちょっとは私も関与していて、ラノベをテンプレにして、作らせたのだからね。
だから、君たちが「なんか知ってるシチュエーション」と思うのは当然なのさ。
作り出した魔石の使い方を考え、世間に広めたりもしたね。
作り出しても使われなければ、魔石に溜まったエントロピーは解放されないんだ。
それでは「捨てた」ことにはならない。
だからね、裏から手を回したのさ。
ギルドなんて組織も作ってね。
そうやって、エントロピーを処理し続けた弟子たちは、「死ねる」体を取り戻していったよ。
何人も、「ダンジョンマスター」として殺されているね。
悲喜こもごも、というやつかな。
彼らは私の罪の象徴だった。
彼らが私の呪いから解き放たれた事は、喜ばしいことだ。
けれど、それは私自身の問題解決にはならない。
だからね、私は別のアプローチを考えた。
この世界の理では死ねないのなら、異世界の理を使えばいいのではないか、と?
私という先例があるのだから、転移か、転生か、憑依か……なんであれ、地球からの来訪者を連れてくることはできるに違いない。
ならば、この世界の人間に、異世界へのアプローチをとってもらおう、と。
……そう、結局のところ、ここ100年ほどに起きたすべての事象は、君を呼び寄せるために起こされていたのだ。
何かで読んだことがあるシチュエーションだろう?
ラスボスが死ぬために、主人公のお膳立てをしていたというのはね。
だから、そういうことなのさ。
まあ、第一の目的は、誰かに懺悔を聞いてもらいたい、ということだったのだけれど。
……そろそろショックは抜けたかな?
……じゃあ、最後に、死人の遺言を残しておこうか。
長々と話してしまったけれど、結局何が言いたかったかというとね、地球の物理法則に従って魔法を使うのはやめておきなさい、ということさ。
ほら、日本でも、漂白剤に書かれてただろう?
「混ぜるな危険」ってさ。