料理研究の日々
世話になった農夫の台所を借りて、わたしはタロの活用法を考えてみる。まず、包丁で芋になったタロを切ってみたが、すぐにぬめりがまとわりついて、包丁が使えなくなった。一回切るごとに水で洗う。確かにこれでは手間がかかる。
いっそこのまま煮てしまおうかと考えたが、土のついたままの芋では、非衛生だし、食欲をそぐ。あきらめてたわしでこすってみたら、きれいに土が取れた。煮崩れを防ぐため、そのままの芋を数分茹でる。茹でた後、冷まして皮をむく。今度は上手くいった。あの時程ではないが、手がかゆくなったので、冷水で洗う。
「まだ無駄なことをしているのか」ウルサスが台所を覗き込みに来てそう言った。
「だって、勿体ないじゃない」
「そういうところが女だな」
「何ですって」
「タロが畑の邪魔もののままでいれば、いつまでも俺たちの飯のタネになるとは思わんのか」
「確かにそうだけど」
タロというモンスターが食用になるのなら、農夫たちは、侵入を喜ぶようになるだろう。それでは困るのがモンスター退治を生業にしている者たちだ。
「とにかく、わたしはタロの活用法を見つけ出してみせるわ」
「しばらく俺もここに通う。リヤの成長も見届けねばならんしな」
わたしは、自分の戦闘能力を上げるために、ここでタロ退治に時間を割かれそうだ。その間に活用法を見つけなくては。皮は剥けたのはいいけど、ぬめりはとれなかった。試しに小麦粉をまぶしてみたが無駄だった。次に塩をまぶすとぬめりが取れた。そのまま水洗いして、シチューに入れて煮込んでみた。
「まずまずの出来ね」タロの入ったシチューを昼食に振る舞った。
「ジャガイモがあるのに、タロを使う必要はない」と農夫は私の努力を否定した。
ジャガイモではできない、タロ専用の料理法を編み出さなくては。わたしは困惑した。
過去に、食べた似たような芋の料理は、味が甘辛かったことを思い出す。
街に戻り、矢を補充するついでに、喫茶店にも寄ってみた。何か料理法のヒントになるものはないかと思ったからだ。甘いと言えば砂糖だ。ティーカップに入れる砂糖をタロにまぶしてみても、ただの甘い芋にしかならない。塩味系列も必要だが、ソースでは違和感バリバリだしと考えていても時間が無駄に過ぎるばかりだった。
農家の近くの宿に泊まる。料理もいいがもう少し戦闘の精度を上げないと、敵が多人数で押し寄せてきたらクロスボウでは防ぎきれない。もう一人雇うと、報酬が少なくなってしまう。もし、この世界に魔法が存在すれば、わたしは自由に空を飛んで、空中や後方から射抜くことができるのにと思うと悔しかった。ここの人たちの脳をスキャニングしても、魔法に関するデーターは得られなかったからだ。こちらの世界には魔法が存在しない可能性が高い。それとも魔法使いがいて、脳にシールドをかけて、こちらの読み込みを防御しているのかもしれない。
翌朝、畑めがけて押し寄せてくるタロを射抜く。前回よりは精度がアップしたが。かゆい液には閉口する。皮の鎧は胸と腹部を覆うだけなので、手足をカバーする具足も必要になるが、予算が足りない。とどめは、またウルサスに助けてもらった。
「こいつら畑で芋になってもらってから退治する方が合理的じゃない」ウルサスに訊いてみた。
「それだと畑の収穫量が減ってしまうんだが」
「奴らが畑に入って根を下ろす前に退治してくれよ」農夫も反論する。
「柵を前方に出して、畑までの距離を稼いで、その間に頭を踏みつぶしたら」
「タロの頭は固いし、むしろ集団でいる時と違い、動きがバラバラになるから手を付けられなくなる」
「結局柵の前で倒すしかないようね」私は合理的な倒し方を諦めた。
「タロはまだいい。エイトヘッドがやっかいだ」農夫は別のモンスターの名前を出した。
「確かにエイトヘッドは見つけたら先手を打たないと増えるからな」苦々しそうに語るウルサス。
「そのモンスターは集団でやってくるの?」
「一群に一体ぐらいだが、見つけたら真っ先に頭部の中心を射抜かないと分裂して増える」
「そいつも食べられるなら、調理法を考えるわ」
「前にも言ったが、タロと同じで美味しくはない」とウルサスは所在なさげに答えた。
それからわたしは、朝はタロと戦い、昼はタロの調理法を試行錯誤し、夕方は買い物と喫茶店でシンキングタイム、後は宿に泊まる日々が続いた。エイトヘッドは、運よく現れてはいない。
数日後の早朝、ついにエイトヘッドが現れた。奴は五体いる集団の後方、クロスボウの射程から離れた位置にいる。先にタロを射抜いていると、矢が足りなくなる。エイトヘッドの分裂が始まったら厄介だ。
「あの距離じゃ無理だろうな。先にタロからやってくれ」
「わかったわ」
「エイトヘッドは俺が何とかする。矢を外さないように頼むぞ」
クロスボウの命中精度はアップしている。それでも、なるべく相手を引き付けて射抜く。
早々と、五体すべてを射殺した。と同時にエイトヘッドが分裂を開始して、小柄のタロが八体になったようだ。
「的が小さくなって狙いづらいわ」
「エイトヘッドの液体の量は、タロより多いから気を付けてくれ」
エイトヘッドは射程距離に入ると、頭を手でガードして進んでいく。タロよりは知恵が回る。黒くて毛の生えた身体は、遠目にも見分けづらく、至近距離に来た時に狙うしかなさそうだった。
一体めを射抜くと、今までよりも多い体液がかかってきた。急いで後ろに飛びのく。続いてもう一体に照準を合わせて狙い撃ち。また液体がほとばしる。今度は足にかかる。スラックスの上から染みてきて、かゆくてたまらない。残り六体はウルサスに片づけてもらい。わたしはスラックスをたくし上げ、足を冷水で洗い、膏薬をつけた。
「もう!来る前に下茹でしたいぐらいだわ」
「どうやって?」ウルサスは、少しニヤついて尋ねた。
「あいつら一直線だから、途中に溝を掘って熱湯を流すのよ」
「面白い発想だな」ウルサスは顎髭を撫でている。