ガルクツリーフでの日々
回復タンクから出て、身体が軽くなったことを確認すると、空を飛んで身体機能の充実ぶりを確かめたくなった。しばらくストレッチをして、関節を伸ばす。その後自宅のチューブから外へ飛び出し、気流の流れを身体で感じて、浮かせて流れに乗る練習から始める。
すぐにコツをつかみ、自由自在に空中を飛び回る。あまり長い時間飛び回って、疲れが残っても困るので、フリーの休憩スポットに降り立ち、配布されているドリンクを飲み、小休止した。ガルクツリーフのオレンジ色の空が、少し懐かしく感じる。緑っぽい雲も、私が旅した異世界にはないものだった。
ガルクツリーフはやっぱり落ち着く、ただし、開拓世界で得られるようなスリルや、チャレンジ精神というものに欠けていると思う。こちらでたまっている仕事を終わらせたら、開拓世界をもう一度訪問するつもりだ。
ふと“カヤミ・ウロキ”が気にかかった。怨恨か恋愛感情なのかはわからないが、カヤミが開拓世界に行くことは間違いないだろう。カヤミの手の内は知っている。今度は前回の轍は踏まない。しかし、奴は巧妙に罠を仕掛けてくる。私が空を飛べることを、開拓世界の人々にばらすつもりだろうか。その時、わたしは魔法使いとして生きるしかないのだろう。
コフ・ウルサスがいっていた「魔法使いは魔に魂を売った高額の報酬を取る嫌われる存在」というのが気にかかる。開拓世界での一般人の持つ魔法使いに対する感情は、あまり良くはない。空を飛ぶことがばれたら、開拓世界では自由に振る舞えなくなる。
あの世界では、まだウルサスはジースタにいるのだろうか。出会う可能性は低いだろう。その時は、別の仲間を探して過ごしてみようと思う。
チューブから自宅に戻る。たまっていた相談を片付ける。出会いのない男性には、生活圏を広げるアドバイスをしてやり、占い依存症の女性には、暗示に乗せられているだけだと真実を告げる。クライアントのセズ・アザーニも、その手の怪しげなまじないに引っかかりやすく、少なくない金銭を使ってしまうと告白していた。彼女には、身体を動かすことを提案した。精神の安定には、肉体を動かすことが一番だと諭し、一緒にボディワークセンターに誘ったが、もともと運動嫌いのアザーニは、乗り気ではなかった。
なら軽く、空中遊泳に誘ってみたが、アザーニから飛べないと告白された。もともと能力がないのか、体幹があまり鍛えられておらず飛ぶ行為が苦手なのかもしれない。自室でできる簡単なトレーニング器具を教えて、やり方を伝えておいた。アザーニの今までの返答から想像するに、あまり効果は期待できないようだ。残念だが、彼女は彼女の望む生き方をするしかないのだろう。生き方を変えるのは難しい。
アザーニみたいなタイプは、開拓世界への異世界転移にも二の足を踏むだろうと思った。もし彼女が人生の変革を望むのなら、少しずつでいいから冒険をしてみる必要があると思う。小顔で、髪型も地味なショートカットで伏し目がちのアザーニが、開拓世界を目指すだろうかと疑問が残る。カヤミ・ウロキと遭遇した場合、いや普通のモンスターでもアザーニは確実に足手まといになる。
だからといって、このまま彼女を自室にこもらせておくのもまずいような気がした。ジースタ近辺なら強いモンスターも出ないみたいだから、貢献ポイントを消費するまでアザーニを遊ばせておくのもいいかもしれないと思い始めた。
相談業を全て片付けて、開拓世界への転移の準備が整ったところで、セズ・アザーニを異世界転移へ誘ってみた。伸縮ビューアで見た彼女は、浮かない顔をして「森の木の葉が全部落ちる夢を見たから凶兆かもしれない」とおとぎ話の様なことを語っていたので、「夢は記憶のシャッフルだから」と夢占いを否定してあげた。アザーニは結局、数日よく考えてから返答すると、いつものように優柔不断な態度を示してきた。
やはり、彼女の人生は、そう簡単に変わらないだろう。そして、彼女の性格も、永遠に未来の不安を招き寄せながら気に病む生活を選択していくのだろうと想像できた。
◇◆◇◆
覚悟を決めて来たのか、青ざめた顔で、眉頭にしわを立てて、セズ・アザーニは開拓世界への転移に同行することを申し込んできた。彼女自身の貢献ポイントは、あまり多くはなかったので、短期間の同伴になるだろう。おそらく、彼女のレベルに合わせるので、前に訪問した町より、よりレベルの低い地区からのスタートになるかもしれない。ウルサスに会えないのは残念な気もするが、アザーニの課題の改善も気になって仕方がない。煮え切らない人生を歩んでいる人物を見ると、手助けをしてやりたくてたまらなくなる。
転移管理センターで、アザーニの来るのを待ち受ける。センターには、途中まで同伴だと通達しておいた。「貢献ポイントは合算しますか? 別個にしますか?」と尋ねられた。「私、合算がいいんだけど」とアザーニにお願いされて、仕方なく合算することにした。この場合、最後までアザーニと一緒になることになる。私の行くレベルの地域では、アザーニは足手まといになると思ったが、仕方なかった。
アザーニは服選びにも迷っていて、カラフルなドレスを選び始めたので、「舞踏会に行くんじゃないんだから、動きやすい服装がいいわ」と伝えて、ジーンズにシャツという無難な服装を選ばせた。アザーニは「最後にこれは外せない」と大き目の麦わら帽子をつかみ取っていった。
二人部屋で、いつものように、メロディアスだが精神が安定していく音楽を聞かされる。時々首を動かして催眠をうながす。やがて意識が別な物に支配されていく。心が揺れて別世界の胎動を感じるようになっていった。




