カヤミ(神谷竜司)の攻撃
悩んでいても仕方がないので、神谷竜司に対しては徹底無視を決め込む。神谷がどこの職場の責任者なのかわからないせいだ。もし万が一、映像をばらまかれたとしても、夜間の撮影でわたしと判るほど鮮明なものが撮れるだろうか。
いつものように、オフィスに電話でアポイントメントを取り、就労支援対象者の説明をする。だいぶ、発達障害者の長所が、相手先にも伝わるようになってきた。
知らないメアドからメールが送られてくる。添付ファイル付きなので、怪しい。ウィルススキャンをした上で、開けてみると、飛行中のわたしの画像が送られてきた。使い捨てのメアドを使用しており、相手先は掴めない。ただ、この画像は不鮮明で、人が飛んでるように見える程度の画像でしかなかった。どうせ、神谷の仕業だろうと思って、無視して仕事を続けることにした。
翌日も、知らないメールが送られてくる。メールにはURLが書かれていて、クリックするようにと書かれていた。アドレスを調べた上で、クリックしてみると、三流のオカルトまとめサイトに飛ばされた。「飛行人間現る」とのキャプション付きで、ニュースとして記事が書かれていた。
画像だけ見ても、誰かはわからない。おそらくこれをチクったのは、神谷だろう。こうやって少しずつダメージを与えて行く計画なのだろう。私はサイトを閉じ、履歴を削除して、仕事を続けることにした。
翌日は、神谷竜司本人からメールが来た。「学習能力が低いね。そのままじゃ大変なことになるかもよ」と脅し始めている。すぐに削除する。しつこい。
帰宅途中はなるべく店などには寄らずに、まっすぐ帰ることにした。夕食は買い置きしている食材でなんとかなるだろう。神谷竜司の目的は、わたしにあちらの世界では有効な発達障害者の就労支援をさせないことだ。彼は自分の職場のヒエラルキーが崩れることを恐れているのではと推理する。おそらく、こちらの世界で誰もがやるように、発達障害者を邪険に扱っていたのではないだろうか。
今後、神谷がどういう手に出るか考察してみる。神谷が必要としているのは、異世界人という証拠だろう。今後は、スキャニングはいいとして、飛行能力は絶対に使わないようにしなければいけない。神谷が、
使わせるように罠を仕掛けてくるかもしれない。見知らぬ男性に隙を見せてはいけない。わたしは心に刻み込んだ。
数週間後、発達障害を繋ぐイベントの企画が広告代理店から持ち込まれ、参加を促された。市内にある公園の三つのタワーにガラス製の橋が渡され、その上を発達障害就労支援事業の関係者が歩き、タワーに着いたところで握手を受けるというイベントだった。三つのタワーはそれぞれ、LD・ADHD・ASDを意味し、それらを繋ぐことで、発達障害者の社会参加をPRしようというのが狙いだった。
広告屋というのはよくわからない企画を立ち上げる物だと思った。岡田施設長は高所恐怖症だったので、バングルで一番若い私に話がまわってきた。高所ということに不安があったし、もしかすると神谷の罠かもしれないという考えが頭をかすめる。しかし、他の参加者もいることだし、手出しはできないだろうと考え直して、参加することにした。
公園内のタワーは5メートルぐらいで、万が一落下したとしても、下の方に落下防止用のネットが張られていて、ケガをすることは無いと思われた。三つのタワーは、それぞれの発達障害のイメージカラーで彩られている。タワーに上る前に、下界でスタッフとあいさつを交わす。広告代理店の側に神谷がいた。
私は少し不安になったが、神谷も衆人環視では手出しはできないと考え直し、しばらく主催者の指揮に従ってイベントをこなすことにした。バングルはわりとASDの支援が多いので、ASDのタワーからLDのタワーに向かって、ガラスの橋を渡ることになった。足元を見ると吸い込まれそうになるが、空を飛んでいたわたしにとって恐怖は感じない。LDのタワーに着いたら、神谷が待ち受けていた。わたしは素知らぬ顔をして握手を交わす。
手を握られたとたん、腕の力が抜ける。これが彼の能力かと気づいたときは遅く、足元のガラスの橋が割れた。わたしはもう片方の手で必死に探るが、手は宙を掻き、体は地面に向かって落ちて行く。神谷のわざとらしい叫び声が聞こえる。ここで飛ぶわけにはいかない。気を抜くのではなかった。まもなく落ちると思い受け身の体勢を取った。
ネットがあったのが幸いだったが、落下直後、だいぶ身体が痛かった。鍛えているとはいえ、しばらくは寝たきりになるかもしれない。神谷が駆け寄ってきて「忠告は聞けよ」と囁いた。「強化ガラスなのに変だな」という声が聞こえ、代表者の大声での謝罪が聞こえた。わたしは、ふらつきながらも立ち上がり、無事をアピールする。きつい代償になった。今後のこちらでの振る舞い方を真剣に考えなくてはならなくなった。
果たして、なぜあのタイミングでガラスが割れたのか、強化ガラスの弾でも打ち込んだのか、いやシンプルに金属球かもしれない。神谷はかなり強引な手で、私の活動阻止にかかっている。
転移者同士のトラブルは、本人同士で解決しなければならない。転移管理センターは個人のもめごとには関知しない。厄介な相手に出くわしたものだ。




