手ごたえはまだない
久々に続きを書いたので、少し短くなってしまいました。リハビリ中なので許してね。
中井の就労は、あまりうまくいっていない。一般的な事務を目指しているが、ADHDの注意力のなさが、業務遂行の邪魔をしている。例の課題については、一通りこなしているが、既存ジャンルの作品とどうしても似通ってしまう。なので、ファンタジーモンスターの図鑑を渡し、もう少し世界を広げるように要請してみた。
「こういうのがあったんですか。この手の本を見るのは初めてです」
発達障害者の一部には、自分の関心のあるジャンルでも興味の幅が狭いせいで、専門書に行きつかないタイプが少数だがいる。リサーチする対象が限定されてしまうのだろうか。彼は、ラノベには詳しいのだが
関連する書籍がある棚への注視が上手く行ってない様だった。
「喜んでくれて何よりだわ」
わたしは、食い入るように図鑑を見つめている中井の猫背な姿勢を見て、面接時の姿勢のチェックもしなければと考えた。私のいた世界では、彼らの才能だけが市場にとって重要なファクターだったが、ここの世界では、礼儀や姿勢、立ち振る舞い、言葉遣いといった余計な物に関する評点が高すぎる。
沢野と食事の時に数回話してみたが、発達障害ゆえのハンディキャップは、あまり企業には面白く思われていないことが、雇用主の反応として丸わかりなので苦労していると語っていた。面接官の中にはクローズ就労狙いにやってきた発達障害者を見抜くのに長けた者もいるという。
確かにADHDのケアレスミスと自閉症スペクトラムの興味関心の狭さや、コミュニケーション能力の不足、想像力の欠如、業務に支障をきたすこだわり等、マイナス面は広く浸透しているので、ここからどうやって彼らの売りにつなげていくかが難しい。わたしがいた世界のように、彼らの才覚だけを売りにできる国ではないらしい。まず、多数派の能力が、スキルを量る基準となっているから、その中からこぼれてしまう発達障害者は、仕事能力が欠如した人物と受け取られやすい。
やはり、あちらの世界での就労支援を少しずつ拡大して、クリエィティブ方面の拡充を目指すしかないのだろう。よく世間ではニートが「軍師的仕事をしたい」と甘いことを言うのが問題になっているが、彼らの場合、軍師を目指すしか道は開けないと思う。
「どうだい。この仕事は慣れたかい」と岡田から話を振られる。
「なかなか就労までたどり着けないので、利用者さんに申し訳ないです」
「まあ、最近見つかった障害だから、世間的な認知も低いだろうし、これからだね」
なんとなく、なぐさめてもらったが。こちらが進めている、従来の就労支援から外れた活動については、不問のようなので安心している。もしかすると、支援事業自体が過渡期なので、まだ手探り状態なため、方向性の決め方について構っていられないだけかもしれない。だとすると好都合でもある。
外回りで、クリエィティブ系の事業所を少しずつ開拓していく。もちろん、いきなりやってきてグループの中に納まるのは、ハードルが高いと感じているが、不得手な事務職を目指すよりは、本人たちにとってためになると思う。工場も就労先候補としてあるのだが、ADHDを持つ人間にとっては、いい仕事場とはいえない。
外回りを終え、施設長に報告を済ませて、自宅へ戻る。たまには気分を変えて、こちらの世界の料理店を開拓するのもいいかと思い、オリエンタル風味の和食の店に入った。畳敷きの店内に案内され、あちらの世界では、東洋風のデータバンクでしか閲覧したことの内装に目を奪われる。土鍋で煮え立った野菜や魚介類を肴に、日本酒を飲む。辛口の液体が独特の香りとともに舌先を刺激する。店員の態度も威勢がよく、わたしを快活な気分へいざなってくれる。
もし、飲食の場に発達障害者が雇われたとしたら、店で働く上での様々なルールに傷つくことなしに従うことができるだろうか。中には、大声を出すことだけでも苦労になってしまう人間がいるかもしれない。また、詳細にわたる注文を脳に記憶した上、機械の端末を操作し、調理場とコミュニケーションをする。ワーキングメモリーが、定型発達者と比べて小さいといわれている発達障害者にとっては、苦労の連続だろう。
わたしは、椅子につまづき、重ねた皿を落として割ってしまいパニックになっている彼らの姿を想像した。極端なケースだが、空間認知能力が低く、体の大きさを脳内で把握できない多くの発達障害者にありそうなシーンとして再生された。
店から出て、アパートへと向かう。賑やかな歓楽街から離れ、裏通りへと入る。照明が実が落ちた果樹園のように少しずつ寂しくなっていく。冷たい鍵を取り出し鍵穴の入れて捻る。室内の明かりを点灯し、スーツをたたみ、アルコールが手伝って眠気をもよおしたので、寝間着に着替える。
ベッドにもぐりこみ電気を消す。求職中の人たちに自分の実力を伸ばせる仕事にたどり着けるように念じつつ眠りに落ちた。




