異世界転移は開拓世界の村
急にファンタジー物が書きたくなったので、見切り発車で書くことにしました。
いつものように、あらすじは決まっていません。
──キエミ・リヤ通信あり。一件。
了承しました。
耳介サイドの埋め込み型チップに通信の連絡が来る。
奥歯横のスイッチを押してアラームを消した。
美容液タンクの液体を排出した後、両手でガラス面を押し開ける、ドアはスライドして開き、わたしは裸のまま表に出る。濃い目の液体はジェルのように全身にへばりついていた。
エアドライヤーで全身の水分を跳ね飛ばした後、天井から落ちてきた爬虫類柄のラバースーツを身にまとった。
ここはガルクツリーフと呼ばれている世界で、わたしたちはここから様々な世界へ旅立つことができる。
デスク横の伸縮自在ビューアを確認すると、貢献ポイントが大きな数値になっていた。
すぐ下に選択肢があり、給与アップ、ステータス上昇、異世界転移の三つが点灯している。
わたしは迷わず異世界転移を選んだ。
同期の間で異世界トラベルでのレジャーがブームになっていたからだ。
どこに転送されるかは、わからないが、運よく開拓時代になれば、脱運動不足やストレス解消になるだろう。
わたしの仕事は、個人相手の相談業務。今は精神的に脆弱な人間が増えたので、カウンセリング業はどこも人気だ。座り仕事だが、立っている方が健康にいいので、ビューアの前ではスタンディングしつつ業務にあたっている。ジムにも通っているが、体力はともかく、悩んでいる人相手の相談は、自分にも相手の感情が移るので、割とストレスになる。いいバカンスになることを祈る。
──転移コースが決まりました。
チップに連絡が来た。ビューアを見ると開拓世界のとある村、モンスターがはびこって困っているという。モンスターをある程度倒せば、ミッションをクリアして帰還できる。一番簡単なコースだ。
まれに、自分の能力を過信して、異世界で命を落とす転送者もいる。わたしも自信家の傾向があるので、気を付けたい。体力回復の設備は向こうにもあるのだが、体力ぎりぎりで闘う人も多いからだ。ヴァーチャルな世界をなめているのだと思う。
後は、転移管理センターが転送機を使って、別世界に送ってくれる。衣服も現地に合ったものをチョイスして、エアチューブから送付してもらった。チュニックに革のベルトに、布のスカート、木靴。まあ無難なファッションだ。そして、当座の資金だが、現在の預金から換算して、移転先の通貨を用意してもらった。
転移管理センターへの移動は、空を飛んで行う。自宅の屋上にあるチューブから押し出されて、外に出る。はるか下に木々が風に吹かれて揺れている。風向きを肌で感じ取ると、前かがみになり、体を少しずつ空気の流れに乗せていく。気流に乗ると一気に空を駆け巡る。やがて黒いカップを伏せたようなドームが見えた。
転移管理センターには、室内に入るためのチューブ式ゲートが突き出ている。その内の一つに身をゆだねる。
ゆっくりとチューブを移動する。
──キミエ・リヤ準備ができています。もうしばらくすれば到着します。
やがて、スロープがだんだん緩くなり、紫色に統一された、一人分のゆったりとしたスペースにたどり着いた。南国の原色が印象的な花の芳香がして、意識が沈んでいく。
寝室に横になり、頭をグラインドさせる。呼吸に合わせてゆっくりと、刺激にならない程度に軽く。やがて意識が招かれている世界へと同調を始める。夢と現実が入り交ざったような感覚に襲われる。耳元で妖精がささやくような声がした。
◇◆◇◆
気がつくと、村の中にいる。村のはずれの林の中で、木の幹を背にして横座りのまま、まどろんでいた。
周囲には誰もいない。これで怪しまれずに済む。
わたしはここでは旅行者ということになっている。林から出て、近くの畑に行くと、雑草を抜いている農民がいた。現地の言葉を翻訳するついでに世界の大雑把な把握を、そばにいる村人の脳をスキャニングして行う。脳内の血流が色で表され、濃淡によって思考の癖や、得手不得手が分かるのだ。彼は農家で、一つのことをコツコツと進めていくことだけが取り柄の平凡な男だった。
「はじめまして。旅の者ですが、この辺に市場はないかしら」
「歓迎します。旅のお方よ。ここは、ジースタという町で、市場なら南の方に大通りがあり、しばらく歩くと見えてくる」
わたしは礼を言うと、説明された通りに進んでいった。やがて畑が集落にかわり、石畳の道の先に市場が見えてきた。
物売りの呼び声、何かを切る音、肉の焼ける匂い。甘ったるくとろけるような果実の香りなどがして、様々な店が軒を連ねている。まず、武具や防具を調達したかった。
「旅の者ですが、この辺に武具屋はありませんか」
「ここから三軒隣りにあるよ。防具屋も兼ねているよ」
「ありがとう」
武器の絵が刻まれた木製の扉を開くと、鉄と皮と埃の混ざった臭いが鼻筋にまとわりついた。
刀剣は、刀剣立てに飾られ、鎧は木でできた木偶人形の上に飾られていた。店の奥には、太った店主が腕組みをして座している。
「女性向けの防具と、武器はどれがいいかしら」
「お嬢さん、悪いことは言わない。モンスター退治ならやめておきな」
スキャニングで脳の座標を見る。店主は割と女性蔑視的な思想を持ち、性差を越える活動については批判的だ。
「あら、こう見えても体力には自信があるわよ」
店主はせせら笑い、二の腕を突き出し、ゆっくりと曲げて見せた。肉は血管を浮かばせながら盛り上がり、剛毛が力強さに花を添えた。
力こぶでのつばぜり合いは、わたしの趣味ではないのでやめにした。
「勝負ね」わたしは腕相撲をする。
「俺に勝てたら、いい武具を選んでやろう」
机を挟んで、お互いの指を絡ませて力を入れる。わたしはあえて序盤で力のないふりをして、店主の優越感をくすぐった。店主が、増長したとたん、速攻でへし曲げてやった。
「く、俺が、女ごときに……」
「じゃあ、選りすぐりの武器と防具を選んでね」
彼は、椅子にもたれかかったまま、不満をつぶやき続けていた。