異物
ある朝……
男は会社へ行くため、いつもの様にバスに乗った。
乗り込んだ男を、いつもとは違う様子の乗客が、
一斉に睨んだ。
まるで異物を見るかの様に、誰一人目を逸らさない。
ところが、乗客達の出で立ちの方が、男にとっては異常だった。
全員が防護服に、防護マスクを着用しているのだ。
『何だ⁉︎ 一体何が起こってるんだ⁉︎』
突き刺さる視線に追い出される様に、男はバスを降りた。
道で幾人もの人とすれ違ったが、やはり一様に、
防護服に防護マスクを着けている。
男は大きな不安に襲われたまま、元来た道を引き返した。
アパートの窓から外を確認して見ると、
まだ防護服姿の人々が、行き来しているのが見えた。
テレビをつけてみたが、特にニュースは報じられていない。
訳がわからないまま、頭からスッポリと布団を被り、
その日を過ごした。
***
翌朝、目を覚ました男は仰天する。
自分が横たわっている布団の上を、
小さな虫が数匹歩くのが見えたからだ。
今まで見たことのない虫……
いや、テレビや本では見た事がある。
そうだ。これは『ダニ』じゃないのか……
それだけではなかった。
空気中に潜む、ウイルスや細菌、花粉など、ありとあらゆる
微粒子レベルの物が、肉眼で見えるのだった。
「「わーーーっ!!!」」
男は大声で叫んだ。
自分自身の手にも、同じ様に張り付いている
無数の菌が見えた。
『と、とにかく、洗おう……』
浴室のドアを開けて、男はまた悲鳴を上げた。
カビの胞子が浴室内をフワフワと飛び回り、
壁にはびこるカビの菌糸が、こちらに向かって
伸びてくるのが見えたからだ。
「何が起きてるんだっ‼︎」
男が浴室のドアを勢いよく閉めると、同時に
携帯の着信音が響いた。
『こんな時に誰だよ……』
男が電話に出ると、神経を逆撫でする様な
甲高い声で、電話の主が言った。
『こちら、ウイルス バスター社!菌でお困りではないですか?』
「何故それを……?」
『どんな菌も寄せ付けない、ダニなどの害虫にも対応できる、
防護服と防護マスクを お売りしています』
「今すぐ、セットで送ってくれ ‼︎ 早くっ‼︎ 」
商品は15分程で男のアパートに届いた。
早速着用してみると、成る程、防護服の周りを
薄い保護膜が覆っている様で、男の見ている
全ての菌を弾き返してくれている。
男は心の底から安堵した。
だが、油断は出来ない。
外には当分出ない方がいいだろう。
この防護服で、対応できない菌があるやも知れない。
冗談じゃない!
男は部屋の窓やドアの隙間をガムテープで目張りして、
この事態を見守る事に決めた。
***
数週間後……
男の住むアパートに、パトカーや救急車が続々とやって来た。
彼の部屋に警察が踏み込んだ。
現場を見た警官達は首を傾げた。
「一体、何があったんだ?」
『ご丁寧に部屋中の隙間に目張りして、おまけにこの防護服……
何に怯えていたんですかね?』
「でも見てみろよ。安心しきった顔で、まるで眠ってるみたいだな」
防護マスクの下の男の顔は、瘦せこけて、土色だったが、
その唇には、薄っすら微笑みが浮かんでいた。
終
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