最後の桜
ちょっと不思議なお話を5つ用意致しました。
是非5つ共味わって頂きたいと思っております。
宜しくお願い致します。
遥か昔……
人々は春のこの季節『花見』という行事で盛り上がったという。
『桜』という美しい花を咲かせる木の下で、その姿に見惚れながら、
思い思いの宴を楽しんだのだ、という。
僕は『桜』を見たことがない。
そう。
この現代に『桜』は存在しないのだ。
僕が唯一聞いたことのある『最後の桜』の話をしよう。
***
ある村に、一度も枯れたことのない桜があった。
その村に住む若者の、畑の中央に、その桜の木はあり、
彼と共に成長し、彼の癒しとなり、若者の愛情を一身に受けていた。
その村は、どういう訳か、毎年のように行方不明者が出ていた。
村人が、一人、また一人と居なくなる度に
桜は美しく、狂った様に咲き誇るのだった。
数十年後、村には若者と桜だけが残された。
孤独になった若者の元に、それはそれは美しい女が表れる。
黒く艶やかな髪に、黒く大きな瞳、この世の者ではないかのように
白く透き通る肌をしていた。
女は言った。
「私をあなたの妻にしてください……」と。
孤独だった若者に、女の申し出を拒む理由はなかった。
黙ったまま笑みをたたえ、女を家へ招き入れた。
若者と女は一夜を過ごした。
翌朝、女の姿は消えていた。
若者は分かっていた。
黙ったまま、桜の木の下へやって来て、その身を横たえた。
「夢見草か……昔の人はそう呼んだそうだが、お前には
似合わない名前だな……」
儚くも美しい桜の姿をそう呼んだ先人達。
枯れたことのない桜には、確かに似合わない呼び名だ。
やがて村には、桜の木だけが残った。
***
今、僕はその桜に一目会いたいと、言い伝えのある村へ
向かっている。
思えばパッとしない人生だった。
なぜ生きているのか理由が見つからなかった。
『最後の桜』の下で、狂い咲く桜を見ながら
この人生を終えるのも悪くない気がした。
長い事電車に揺られ、その後随分歩いた。
僕は村に辿り着いた。
すっかり荒れ廃り、かつて人が暮らしていた痕跡は
微塵も感じられなかった。
僕は桜の木を探して、暫く村の中を歩いた。
自分でも驚くほど迷う事はなかった。
何かに導かれる様に、桜の木の元に来ることができたから。
当然、花は枯れており、その幹も力なく乾いていた。
僕はその下へ身体を横たえた。
「お願いだよ!僕のために咲いてくれ‼︎」
僕はそう叫んだ。
桜の木が僅かに揺れた気がした。
ふと気がつくと、女が1人立っていた。
黒い髪に、黒い瞳、透き通るような白い肌……
美しい女だ。
横たわった僕の胸にそっと顔を埋めて女は言った。
「あなた、私の夫に似てる……」
女は泣いている様だった。
彼女の涙が僕の胸に沁みていく。
僕は彼女の背中を優しく抱き寄せた。
同時に、桜の木が狂った様に花を咲かせた。
美しく、強く、胸に迫るその姿に、僕は涙が止まらなかった。
「やっと会えた……」
どれくらい眠っていたのか……
目覚めると、女も桜の花も 消えていた。
日が落ち始め、少し肌寒さを感じた。
身体を起こし、僕は歩き始めた。
不思議と力が漲っていた。
夢の中だけど、ちゃんと桜を見れたのだから……
掌に違和感を感じて立ち止まった。
いつの間にか張り付いた一枚の花弁。
「最後の……桜……」
僕は再び歩き始めた。
終
まずは1作目でしたが、いかがでした?
最後まで読んでくださってありがとうございます!
次作も宜しければ、お付き合い下さい。