自由の世界
「いや~!本当に良かったよ!君が入ってくれてとても助かった!!」
陽気な二人はニコニコと笑いながらテントを立てていた、気が付けばもう日が沈みかけており今日のところは丁字路の広場でキャンプすることになったのだ。この二人、特にレインの方が上機嫌で、スキップをしそうなほどの勢いであちこちを駆け回ってテントを立てていた。今、この二人にやるべきことがあるからやはり抜けるとはとても言い出せなかった。ただのテントを立てるだけの作業を楽しそうにしている二人の空気を壊さないように、少し離れて座り待っていたが、なぜあの時NOと言わなかったのか・・・激しい自己嫌悪と戦っていた。
「今日はご馳走を作ろう!ユージの入団祝いだ!!」
「ごちそうだ~!!」
先ほどキーアには一人だけ本名で呼んでしまうのは気まずい、とのことで別の呼び名を考えるといわれていたのだが、どうやらユージで決まったようだ。俺は本名でも構わないと言ったのだがそれにしてはあまりにも捻りの無い名前に決まってしまった。レインの方はというとキーアの言うとおりに大きな鍋を出し、切ってはいるのだが目を疑うような大きさの具材を次々と鍋に入れてかき回している。
ゲームの中で食欲無いだろうと思っていたのだがどうやらある様だ、入れているものの割にとてもいい匂いのする香りが鍋から漂ってきた。
「ユージ!こっちに来てよ!食事の準備が出来たよ!!」
キーアがこちらに向かって片手を大きく振る、それを見たレインもこちらに向かって手を振りだした。何とか笑顔を作って軽く手を振りかえす、大きな鍋を囲むようにして置かれた椅子の一つに座る。鍋を覗いてみると何が入っているかは分からないが、とても美味しそうだった。
「さあ!早く食べよう!レインの作るご飯はかなりの絶品だよ!」
笑顔でキーアが自身満々に宣言するとそれとは対称的にレインは恥ずかしさからか、顔を赤くして顔を下に向ける。木でできた深皿に具沢山のスープが盛り付けられ、その縁には黒く硬いパンも一緒に置かれていた。
「いただきます!」
二人とも仲が良いのか同じタイミングで手を合わせて食べ始める、二人とも慣れた手つきで硬いパンをスープに浸して食べていた。キーアは大きく切られた具材を一口で食べることが出来たが、レインの方はジャガイモ一つ食べるのに苦戦しているようだった。キーアの言うとおりスープの味は最高で、何が入っていようが関係ないほどの美味しさだった。
「そういえば、初心者は毎回裸で出ることになるのか?」
つい疑問に思ってしまいキーアに投げかけてしまう、隣にいるレインはまた顔を赤くしてスープに顔を入れそうになるくらい皿を近づけて顔を隠した。
「いや、本当は君の寝ていた場所、目覚めの祠でこのゲームのチュートリアルが始まるはずなんだ。だけどたまーにチュートリアルの途中でゲームを終了したりするとチュートリアル自体キャンセルされてしまうことがあるんだ、時々このゲームには不可解なバグが起こるんだ。棺が並んでいる所に光る物は落ちていなかったかい?それを拾うのもチュートリアルの一部なんだけど・・・」
言われてみればそんなものがあったような気がする、初めからよく周りを調べておけば変質者扱いされるようなことは無かっただろう。
「じゃあ今から取りに帰ればまだあるのか」
「残念だけどあそこの石戸は内側からしか開けられないんだよ、もう装備品は諦めたほうが良いね。とりあえず装備品はそれを使ってくれ、お金の心配はしなくてもいいよ。僕たちが何とかするから」
何ともありがたい話だ、お金の面倒までみてくれるらしい。だからといってすべて彼らに頼る気は無いのだが、今は頼り切るしかない。
「本当に助かるよ、そうだ、何か予備知識として今のうちに色々教えてくれないか?」
キーアに言うと皿に合ったものをあわててかき込む。別にそこまであわてる必要はないのだが、キーアのこの様なところが良いところなんだろう。出会ってから本当に短いが、親近感が湧いてきた。
「そうだね、まずはジョブかな。君はシーフだから後ろからの奇襲や遠くまでは届かないが、投げナイフとかがあるね、戦闘用のスキルは癖の強い物が多いかな~。シーフは上級者向けのジョブだよ。」
俺は上級者どころか全くの初心者なのだが、何を考えて伊藤はこのシーフを選んだのだろうか。
「上級者向けと言っても結局は本人の経験によるものがこのゲームでは生きるんだ。たとえば剣道をやっていた人は初心者向けのソルジャーやナイトを使いこなせる人が多いし、弓道をやっていた人はアーチャーをやるときになじみやすいっていう感じにね。」
「キーアとレインは何のジョブなんだ?」
「僕はシールダーという前衛で盾を張って囮と味方を守るジョブだよ、攻撃方法はほとんど無いけど後衛の防御と前衛のサポートをするのが役割さ!レインはプリーストで、味方の回復と補助が役割で、攻撃のスキルは全くないけど傷ついた時は彼女が守ってくれるよ!」
どちらも攻撃がほとんどできないジョブだが、本当に大丈夫なのだろうか。自信満々に胸を張りこちらを見ている、かなりの自信っぷりだが不安はつのるばかりだった。
「えっと、不安になるのも分かるよ。僕たちは初心者のサポートをするためにこのジョブにしたんだ、もともと僕はソルジャーだったんだけど初心者さんに安心してモンスターと戦う緊張感と勝った時の爽快感を味わってもらうためにこのジョブに変更したんだよ。おかげで僕たち二人だけだとバランスが悪すぎて、一角ウサギを狩るのも大変で大変で・・・」
「二人だけ?他にもギルドのメンバーがいるんじゃなかったのか?」
それを言うとキーアとレインが顔を見合わせる、お互いが気まずそうな顔をして俺を見て同時に頭を下げる。
「ごめん!実を言うと僕たち二人だけなんだ!本当はもっと人数がいたんだけど、ちょっと理由があってみんな抜けちゃったんだよね・・・」
「理由?何かあったのか?」
そう言うと同時に遠くの方から何やら騒がしい声が聞こえてきた、丁字路の右の道、深い森へ続く道の方からだ。すでに夜も深まり暗くなった森狭間から何本もの松明の明かりが見える、かなりの人数がいるのだろう、少しずつ大量の足音が聞こえてくる。
「やばい!あいつらだ!!」
キーアが血相を変えて辺りを片付けだす、大きく切りすぎた肉と格闘していたレインも器を置き一緒に片付ける。騒いでいる方向を見ると確かによくない雰囲気だ、街中でよく見かけるチンピラのようなものとよく似た感じだったが、一つだけ違った。一人ずつが鈍く光る武器を持っている、それがよく見えるほどもう近くまで来てしまっていた。
「早くこっちに!!」
キーアに腕をつかまれてテントの中に押し込まれる、中にはレインが先に入っており真っ白な顔をして震えていた。
「どうしたんだ?そんな血相を変えて?」
「静かに!あいつらに気づかれたらだめだ・・・」
俺の口に手を当てて無理やりしゃべらせないようにする、額には汗を掻きながらレインとテントの入り口を交互に見ていた。それからすぐにガラの悪い声が外から聞こえてきた。
「おい!お前らまだここに居んのかよ!?邪魔だって言ってんだろォ~~」
「出てこいよ!!ぶっ殺してやるからよ!!」
「レインちゃ~ん!出てきて俺たちと遊ぼうぜ~!!」
テントが取り囲まれているのだろう周りから下品な笑い声と会話が聞こえる、外では何かが引っくり返り壊される音が聞こえる。
「おい!言い返さなくていいのか!!」
キーアの手を無理やりどけて話す、怖がって震えているレインの事まで言われて黙ってられない。ましてや外のやつらがこのまま居てはレインが可哀そうだ、中に入ってくるとも限らない。
「僕だって分かってるよ!!だけど向こうの方が人数が多いんだ!耐えるしかないだろう!!」
叫ぶように言い返される、よく見るとキーアの体も震えていた。よっぽど怖いのだろう、レインの手を握って悔しさから歯を食いしばりながら泣くのを我慢しているようだった。浅い付き合いだが、親切にしてくれた人に対しての恩は必ず返したい。俺は勢いよく立ち上がり外に出た。
「いい加減にしろ!さっきからうるせえんだ!!少しは静かにしろ!!」
周りを見ながら言い切る。ふと、先ほどまでみんなで囲んで食事をしていた所を見ると鍋は引っくり返り歪んでしまっていた、もう使うことは出来ないだろう、美味しかったスープ地面に撒かれ台無しになっていた。
「なんだてめぇ?見ねえ顔だな?」
「テントから出て来たってことはギルドのメンバーって事だろ?」
「こんな奴いたか?」
50人ほどだろうか、男たちが俺を取り囲む。その中には女もいるようで雰囲気は完全に町のチンピラだ。
「鍋ももう使い物にならない、弁償してくれるんだろうな?」
そういうと一斉に周りのやつらが笑い出す、人数的には確実に不利なのは分かっているが、堂々として周りに話しかける。引いてはいけない。
「うるせえよ・・・、殺すぞ?」
「やれるものならやってみろ、大勢でつるんでなきゃ喧嘩する勇気もないんだろう?」
一人の男が顔を近づけて睨みつけてくる、ここで怯んではダメだ。そう思っていたのだがいきなり腹に衝撃を受けた。殴られたのだと気が付いたのは膝をついてからだ、これ位で膝をつくほど鈍っていないはずだ。
「低レベルか?弱えくせに粋がってんじゃねよ!!」
膝をついた俺の顔面に蹴りが飛んでくる、避けようとするのだが体が言うことを聞かない。そのとき誰かに引かれ勢いよく体が後ろに飛んだ、飛ばされる一瞬甲冑を着て大きな盾を持った騎士が助けてくれたのだと気が付いた。そのまま俺は転がるようにテントの中に入り、何かにぶつかって止まる。レインだった、受け止めようとしたのだろうか明らかに体格差がある俺の頭を捕まえるのでやっとだったようだ。小さな手で俺を支える、先ほどまでの泣きそうな目はどこにもなく、決意に満ちた輝く瞳が俺を見つめた。
「お前ら!!僕が相手だ!!」
くぐもったキーアの声が聞こえ、すぐに金属同士がぶつかる音が聞こえる。俺も行こうと立ち上がろうとするがレインが必死に俺を止める。
「待って!!行ったら死んじゃう!!」
「キーアの方が死んじまうだろう!!俺も行くぞ!!」
「だめ!ユージを助けるためにキーアが出たの!待ってて!今回復するから!!」
自分の身長以上ある杖を取り出し念じはじめる、小さな光の球がレインの周りを浮かび始めて地面には魔法陣のようなものが浮かぶ、それからすぐに大きな光の球が杖の先から出てゆっくりと俺に近づいてくる。光に触れてみると先ほどまでの痛みが嘘のように消え、体が楽になる。あまりのリアルさについつい忘れがちになるがゲームなのだ、まだ小さい子供だと思っていた彼女に助けられた。
「何やってんだ!お前ら!!」
凛とした声が響き、先ほどまでの戦いの音が聞こえなくなる。もう安全だろうか、外に出てみると取り囲んでいた連中は一人の少女を見ていた。
「今更出てきてリーダー面してんじゃねえぞ!」
集団の中から一人だけ男が出て少女に突っかかる、剣を突き付けられるが少女の方は落ち着いていて真っ直ぐ男を見据えていた。
「お前が私に勝てると思ってるのか?」
その一言だけで男には先ほどまでの威勢が無くなり少しずつ後ろに下がって行った。
「しらけた、もう行こうぜ」
剣を向けていた男が振り返って武器を持っている連中に言い、全員が来た道を引き返していった。少女が連中を居なくなるのを確認するとこちらに近づいてきた、それを見てキーアが盾を構えなおす。
「あんた達、大丈夫?」
そっけない言葉だが一応俺たちを心配してくれているらしい、連中の持っていた松明が無くなったが近くに来たため月明かりだけでよく見える。紫がかった短めの髪に浅黒い肌、体には刺青だろう足から頬まで赤い蛇が巻き付くように彫られていた。あどけない顔の少女のその姿に蛇の刺青はあまりにもミスマッチだった。
「何の用ですか?デモルタさん?」
キーアが盾を構えたまま答えた、どうやら知っている人のようだデモルタと呼ばれた少女が急に俯きだして片手を出す、その手には小さな袋が握られていた。
「これ、鍋壊してごめん」
「え?ああ、えっとすみません?」
なぜか謝りながらデモルタの差し出した袋を受け取る、どうやら中身はお金のようだ、硬貨同士がぶつかる音がする。キーアが受け取ったのを確認すると、隣に立っている俺と目を合わせる。
「あんた、無駄にデカいくせにレベル低いんだからあいつらを変に刺激しない方がいいよ。」
言うだけ言って満足したのか、足早に連中とは逆の方向へ去って行った。
「うわぁ、初めて喋った・・・。」
腰が抜けたのか盾を落として勢いよく座り込み、兜を脱ぎ捨てると滝のように汗を流していた。
「本当にすまない・・・、俺が余計なことをしたばっかりにこんな目に合わせてしまった。」
土下座をして謝る、まさかここまで自分の常識が通用しないとは思わず、危うく助けてくれた恩人を殺すところだった。
「いや!良いんだよ!!頭を上げてくれ!!僕もずっと言われたい放題でいい加減頭にきてたんだ、言いたいことを代弁してくれてすっきりしたんだ。頭を上げてくれ、それに言ったろう?初心者をサポートするのが僕たち『アリエス』の活動だって。」
キーアにつかまれ顔を上げさせられる、出会った時と同じ笑顔で俺の目を見る。
「今ユージは確かに弱い、けれどそれは今日だけだ。僕たちは全力でサポートする、約束するよ!君は必ず強くなる!」
「キーア・・・、ありがとう。本当にありがとう!」
お互いの肩を掴み合い無言の時間が続くが、突然横から可愛らしい咳ばらいが聞こえて慌てて手を離す。見る人が見れば怪しい状況だ。咳払いの方向を見るとレインがテントから顔だけ出してこちらを見ていた。俺を睨みつけているようだ、眉根を寄せて目を細めているが可愛らしさが邪魔をして怖さが全く無かった。
「・・・お話終わった?」
「ああ!今しがた友情を確かめ合っていたところさ!」
キーアの一言で何を思ったのだろうか俺がテントに入ろうとしたときレインに脛を蹴られた、痛さで思わず膝をつくがどうやらこれは回復してくれないようだ、そっぽを向いて奥へ行かれてしまった。
俺のせいで引き起こしたと言ってもいい騒動がおさまり、改めてキーアとレインに謝って許してもらった後、みんなで一息つく。改めてテントの中を見渡してみると外から見るよりもずっと広く、テーブルや椅子、ストーブまでありもはや家と言った方がいいだろう。
「コーヒーで良いかい?」
どうやらコンロもあるようだ、鎧を脱いだキーアがポットを火にかけているところだった。
「ありがとう、すごいテントだな。」
「ギルドのリーダーだけが使えて、しかも予約特典の特別製でね。かなりの値打ちものだよ、僕の自慢さ。」
「そいつはすごいな、これなら野宿も快適だな。」
「これを使ったら野宿なんて言えないけどね」
三人で温かい飲み物を飲みながらたわいない話をしているとレインが寝てしまったため今日のところは休もうということになった。レインをベッド寝かせて衝立を隔てた向かい側のベッドに腰掛ける、ベッドルームには4つのベッドがありちょうど隣にキーアが寝るような形だ。
「明日からは戦闘の仕方を教えるよ今日はゆっくり休んでくれ。」
「ああ、ありがとう。お休み。」
お互いがベッドに潜り込もうとしたとき、目覚まし時計のような電子音が部屋に響いた。自分の指輪を見ると宝石が光を放ちゆっくりと点滅していた、思わずキーアを見てしまうがキーアも初めての経験らしい、首をかしげていた。
宝石に触れてみるとメニュー画面ではなく、変人科学者の顔が出てきた。
「やっと繋がったよ、音声は届いているかい?」
「どういうことだこれは?」
「どういうことって、サポートするって言ったろう?通信できなきゃ何もサポートできないじゃないか。本当は君がゲームに入った時に通信してあげたかったんだけどね、調整がうまくいかなくてやっと連絡が取れたってわけだ。」
ビデオ通話のようだ、眼鏡を何度も直しながら話しかけてくる。
「これはなんだい?」
「おや?もうお仲間が出来たのかい?こんにちは、私は彼のサポート役の伊藤綾だ。」
「はぁ、僕はキーアです」
いつの間にか横に座ってキーアが画面を覗き込んでいた。
「案外順調じゃないか、これなら結果も期待できそうだね。メニュー画面に私との通信機能を追加しておいた、何かあったらいつでも連絡してくれ。じゃあね」
喋るだけ喋って満足したのか通信が切れ、思わず指輪を見てしまう。このゲームに入ってから詳しく説明すると言っていたのはなんだったのだろうか、あの様子だと完全に忘れているらしい。
「誰だったんだい?彼女?」
「明日詳しく説明する、重要な話だからレインも起きていた方がいいだろう。それと、あいつは俺の彼女じゃない。」
俺の脇腹を肘で突いてくるキーアの額にチョップをあびせて自分のベッドに潜り込む。キーアも諦めたようだ、自分のベッドに横になった。
「そういえばユージ、アヤさんの頬っぺたに着いてた米粒の事言わなくても良かったのかい?」
「気が付いたか、あれがいつものスタイルだから気にしなくていいぞ。」
「へえ、変わった人だね。」
短いようで長い一日だった、疲れていたのだろうすぐに眠りにつくことが出来た。
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