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自由へ

やっとこさゲームの話へ入ります。変体が登場しますが仕様です。

 俺が眠れぬ夜を過ごしている間、とてもよく眠れたのだろうすっきりとした顔で伊藤が起きて来た。起きたといっても時間はもう昼過ぎだ、腹の虫を盛大に鳴かせながら車いすを重そうにしながらやってきた。毎度のことながら彼女の腹の中には何か別の生物が入っているのではないかと思ってしまうほどの音が響く。

「朝ごはんがあるのかい?」

 朝ごはんと言うにはあまりにも遅い時間だが、匂いを感じて起きたのだろうか、確かにテーブルの上には俺が注文した蕎麦とどんぶりが置かれている。しかも先ほど届いたばかりだ、見計らったかのようなタイミングで起きて来た。

「朝じゃないだろ、もう昼過ぎだ。こっちは朝飯も食べてないんだ、さっさと食べよう。」

 また蕎麦か・・・、という声を無視して自分の分を取る。彼女のほうは寝起きにも関わらず天丼と蕎麦を美味しそうに頬張っていた、本当は食べられないようであれば冷蔵庫にでも入れようと思っていたのだが。とんでもない量の油が浮いているカップ麺を大量に買い込んであるような女にそんな心配は無用だったようだ。

「ところで、俺のこのバッテリーの電力はいつまでもつんだ?昨日はそれが気になって寝られなかったんだ。」

「私を起こせば良かったろう?意外に紳士なんだね。」

 思わぬところで頬に米粒を付けた女に紳士と言われる貴重な体験をした。

「違う、起こそうとしたんだ。起きなかったのはお前だろう、おかげでバッテリーに愛着が湧きそうになった。」

 嫌味を込めたつもりだったのだが、向こうはそうは思っていなかったらしい、腹を抱えて笑い出した。さすがにこちらも腹が立ったので頬についている米粒は黙っていることを心に決めた。

「そのバッテリーだとあと一週間は持つよ、心配しなくていい。今度改良して小型のバッテリーに改良してあげよう、そうすれば大きなバッテリーを抱えながら洗濯物を干す必要はないだろう。」

 俺が苦労しながら洗濯をしていたのを見ていたのか、てっきり寝ているのだと思っていたのだが起きていても手伝う気が無かったようだ。この女に日常生活でのサポートは期待しないようにしよう。笑い過ぎて涙を流している女を睨むが、効果は無いようだ笑った顔はおさまらなかった。

「それならそうと早く言ってくれ、そうすれば俺も安心して眠ることができたんだ。」

 死んでも起こすから安心してくれとまた笑いながら目の前の変人が笑う。本当にやりそうで恐くなると同時に飽きれてしまった。

 寝起きにも関わらず一人前にしては多い量を食べきった変人の分の食器も洗い終わり、食後のタバコを吸う。初めて気を利かせたのか冷蔵庫にあったエナジードリンクを俺に渡した、テーブルには同じもがあり、彼女が飲んでいる。中年のおっさんが風呂上がりのビールを飲むように美味そうに飲んでいた、あまりにも美味そうに飲んでおり、その味に俺も興味が湧いて来た。プルタブを引くと炭酸の抜ける音と共に甘ったるい臭いが溢れ出した、そのまま一口飲むと頭痛のするような臭いに負けないほどの甘さが俺の舌を攻撃した。口直しにタバコを吸うが、逆効果だったようだ、口の中に不快感が広がって思わず顔をしかめてしまった。

「すぐにゲームを始めるかい?」

 300mlほどある物をもう飲み干したのだろう毒の入っている缶を脇にどけながら話しかけてくる、気のせいだろうか彼女の口からも甘い匂いが漂ってきた。

「そうだな、その前にもう一度。俺にゲームを始めるときの注意事項は無いか?」

「特にない。というよりかは分からないと言ったほうが良いかな。プレイヤーやゲーム内の情報はほとんど入ってきていないんだ、入ってみないとどうなるのか分からないというのが本音だね」

 俺の顔と目の前にある缶を交互に見ながら話す、そんな大事なことは一番初めに言ってほしいものだが、今更言っても仕方がないだろう。飲みかけの缶を彼女に押しやり、新しいタバコに火をつける。

「とにかく君にやってもらいたいのはゲームマスターを見つけて殺すこと、それを最優先でやってほしい。そこが一番肝心なところだ、もちろん邪魔なプレイヤーも殺していいよ、むしろ人助けになるしね。」

 飲みかけの缶に口をつけながら話す、俺の体を治す前にこいつが糖尿病にならないことを祈っておこう。

「あとは、そうだな。協力者がいたらこちら側に誘ってもいいかもしれない。私のサポートがあっても結局は君一人でやってもらうことになるからね。」

「一般人をか?それには無理があるんじゃないのか?こんな大それたことをやるには一般人には荷が重いんじゃないのか?」

「そんなことはないさ、嘘も方便って言うだろう?何とかなるさ。」

 もうすでに缶の中身が少なくなっているのだろう、飲みかけの缶を手でもてあそびながら答える。約5万人ものプレイヤーがいるのだ、数人くらい手伝ってくれるような酔狂なやつらがいるだろう。なにせこちらはゲームもやったことのないような人間だ、そう思わないとやっていけない。

「さっそくやるかい!先に君の部屋で待ってるよ!」

 もう飲み終わったのだろうあふれ返っているゴミ箱の傍に二つの缶を置き、昼頃には重かったはずの車椅子を軽々と動かしながら部屋へ颯爽と走って行った。ゴミ箱を見るとすでに入れることをあきらめているのだろう、満腹状態になっているゴミ箱の周りには囲むように同じ缶が散乱していた。

 ゆっくりとタバコを吸い終わった後、部屋へ向かう。中に入ると寝起きのままでボサボサの頭が大きな機械をいじくっていた、後ろ姿ではあったが白衣を着て大きな機械を操作している姿は体格差があるからか、なぜか少女が玩具で遊んでいるようにも見えた。

(中身は少女なんて物じゃないけどな)

 本当は直接言ってやりたい気持ちだったがこれだけ言っても嫌味には受け取られないだろう、出かかった言葉を飲み込んで後ろ姿に声を掛けた。

「準備は出来てる、ベッドに寝てくれ。」

 先ほどまでの笑顔は無く、真剣な表情で俺に言う。その表情に思わず俺も気が引き締まってしまう、言うと通りにベッドに横になると首筋から伸びている配線をいじり、隣に置かれている大きな機械につなぐ。真剣な横顔が見えるがこちらからでは昼食に付けた米粒が一緒に見える。面白いからまだそのままにしておこう。

「よし、これでいつでも行けるよ。心の準備はいいかい?」

「ああ、大丈夫だ。サポートを頼んだ。」

 行くぞ、という声と共にスイッチの入れられる音がする。同時に軽い耳鳴りと眩暈が俺を襲った。

「そうだ、ベッドまで運んでくれてありがとう。」

 俺が目を覚ました時のように顔を近づけて俺に話す、眼鏡の奥の瞳は真っ直ぐこちらを見ている。白い肌に照れているのか頬は赤く染まり、甘い香りが鼻まで届いた。その瞬間、目の前に白い光が広がり、耳鳴りはますますひどくなった。

「こんなので照れるのなら初めから言うな。」

 絞り出した言葉は伝わったかどうかは分からなかった。


 光と耳鳴りがようやく収まったとき、そこは古い石造りの祠のような場所に横たわっていた。起き上がると自分が寝ていたところは棺だったことが分かった、自分の寝ていたところだけではなく、横には大量の棺が並んでいた。部屋の中はやけに肌寒く長時間居るにはかなり体にこたえるような寒さだった、それもそのはずだ、自分の姿を見ると下着姿だった。

(とにかくここから出よう、出口はどこだ)

 棺の並ぶ部屋を進む、途中には何かが光ったような気がしたが、そんなことは気にせず進み続けた。すると5分もかからず出口らしき石戸を見つけた。現実にあれば重くて空かない気がするが、片手で押してみるとすんなりと岩が擦れるような重厚な音と共に開いた。

 開くと同じような石造りの廊下が広がり、ところどころに植物のツタが天井を目指して張っていた。先を見ると光が見えた、やっと出口らしい、相変わらず下着姿のままだが人もいないのだ、別に一人で気にしなくてもこの格好で外に出ても構わないだろう。

 やっと外に出ると太陽の光が体の隅々まで暖かな日差しを降り注げてくれた。いまさらではあるが、これもあの変人が言っていた通り五感をすべてゲームとリンクさせているのだろう、寒さも暖かさも現実の世界のように感じることができた。

「これはすごいな・・・」

 目の前には深い森が広がり、木々は風で揺れて木の葉が擦れる音まで聞こえる。空には小鳥が飛び、それを追いかける大型の鳥が素早く俺の頭上を飛び去った。俺には興味が全くなかったこのゲームだが、5万人がハマってしまうのもうなずける、思わず声に出してしまうほど、現実に近いものだった。少しの間、俺は目の前の光景に目を奪われ、たっぷりと眺めてしまった。

 改めて自分の格好を思い出し、思わず赤面してしまう。裸の男が呆然と立っていたら君が悪いどころではなく、完全に変質者だ。この格好で移動するには気が引けるがとりあえず人の居る所を目指すために森の中を進む。両脇には深い森が広がり、ほとんど日が射さず入るにはかなり不気味だ。一方俺の進む小道には小石一つなく、上には暖かな木漏れ日が降り注いでいた、おかげで裸で歩いても快適に思えてしまうほどの居心地の良さだった。頼まれてももう二度とこのような体験はしたくはないが・・・。

 歩き始めて10分もしないうちに広場のように広い丁岐路に出た、右は森が深くなり全く先が見えないほど日の射さない道、左を見ると徐々に道が広くなっているようで、こちらの道が人里に続いていそうな気がした。

(どうせ右の道は手ぶらでは無理だな、左に行くしかないか・・・)

 足を進めようとした瞬間、ガサガサと枝を掻きわけるような音が丁字路の奥から聞こえてきた。すぐに人の声が聞こえて人だと知り、ほっと胸を撫でた。こんな裸で命の危険になるようなことは避けたい、この格好で人と会話するのも気が引けるが。

「なんだよ全く!人なんていなかったじゃないか!居たのは一角ウサギだけ!全くおかげで泥だらけだ!」

「・・・そっちが勘違いしただけ、私は悪くない」

 騒がしく口論をしながら茂みの中を二人の男女が抜けだしてきた、一人は赤い髪を短く切りそろえ、銀色に輝く甲冑を身に着けていた。白い歯が光り、いかにも好青年といったような感じの良い男だった。もう一人の女は、女というよりかは少女と言った方がいいだろう、青く腰まである髪の先だけを真っ赤なリボンで結んで、中世期の僧侶のように最低限ではあるがきらびやかな装飾と刺繍のある服を着たその少女は、隣にいる少年の腹ほどしか身長がなく小さな体で精いっぱい赤髪の青年について行ってる様だった。

 赤い髪の少年と目が合う、俺の格好を見て驚いたのか目を丸くして驚いていた。こちらが片手をあげて挨拶をしようと口を開きかけたとき、先に叫ぶように声をあげられた。

「変質者だ!!!」

 叫ぶと同時に木々が揺れてざわざわと音がする、隣にいた少女が顔を真っ赤に染めて明後日の方向に向けてしまった。第一印象は最悪に終わったらしい、嫌な汗が背中からあふれてくる、この格好の理由を聞いてくれるといいのだが。そう思い隣の少女には悪いが二人組に近づいて行った。

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