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一輝は一段上の観覧席のような場所から手すりに寄りかかり、下で打ち鳴らされる剣撃の音や鍛錬の風景を眺め、聞いていた。黒衣の訓練場にも似た円形の闘技場のような場所である。ここは城内にある親衛隊の訓練場であるらしかった。どうやらそう言った施設は、利便性の追求からかどこも似たり寄ったりの形になるようだ。
下では青い鎧の者たち二十人ほどが互いに向き合い、一対一で模擬戦をしている。みなまだ若い。二十代ばかりだろう。一輝を城門でグリフォンに乗せてくれたバスターソードを背負った男は少し彫りが深く、三十代に見える。その者が号令をとっているので、おそらく彼が隊長だ。
「お連れの方はどうなされました?」
背後からのいきなりの声に振り向くと、そこにはエカテリーナが佇んでいた。その背後には宰相のエルロンがつき従っている。エカテリーナは先ほどまでのドレス姿ではなく、かなり質素で動きやすそうな服装だ。手は前で組むように下げているが扇子はまだ持っている。
「あいつは協力者というか、補給係です。黒衣ではないのでこういう場には顔を出しません」
今頃は寺院でも廻っているでしょう、と答えておく。
「彼らがこの国で唯一ともいえる、妖魔との実戦を繰り返している部隊です。どうでしょうか?」
エカテリーナが下を眺めながら問うてくる。
「彼らは全員が魔道騎士です。彼らの魔道器はすべて時間をかけて霊峯山で買い付けて取り寄せたもの。何らかの魔力で強化された武器です」
「……そのようですね」
一輝は親衛隊の一人が使う魔道銃を見て、答える。あれは非常に高価な魔道器である。霊峯山の魔術師たちに頼んでも簡単には作ってくれない。製作の工程が複雑すぎるのだ。
目の前の親衛隊の女魔道騎士はそれを二丁持ちしている。左右の手に一丁ずつ。それで連射するスタイルらしい。撃たれている騎士は闘技場の端を、盾を上手く使いながら逃げ回って隙を窺っているが、そろそろ追い詰められそうだ。何とかして距離を詰めなければ反撃もできずにやられる。
魔道銃は魔力を光の弾丸として打ち出す銃だ。もし当たっても、射程距離外の遠距離からならば痛いだけで殺傷性はなくなる。鉄の鎧も貫通できない。弾の威力は使うものの魔力によって決まるので一概には言えないが、共通の法則性として離れれば威力が下がるし、魔力が減ってきても威力が下がる。消費する魔力は結構な量であり、最低でも魔術師になれるものでなければ使用はできない。
逆にいえば近ければ近いほど威力は上がる。二十メーターほどの距離から撃てば小物の妖魔くらいは即死だろう。皮鎧を着た人間でも胸に受ければ衝撃で息がつまり無力化できる。
次に一輝はバスターソードの男を見た。がっちりとした肉付きの精悍そうな男である。彼の振りおろすバスターソードを別の騎士が長剣で受けたが、腕力に差がありすぎて身体ごと押し込まれている。二撃目で長剣を飛ばされていた。しかし彼は何も力任せの剣を振るっていたわけではない。振り方やタイミングにブレがなく、動きが上級者のそれである。城内で習えるのか、それとも道場にでも通っているのか。ともかくにも、彼は強い。
「この国で妖魔が湧いた時には、かれらが派遣されて退治してくるのです。それゆえ彼らは妖魔との戦闘経験が多く、国内では最も優れた騎士たちです」
「やはり湧くのですか? この国でも」
「時折、ほんの少しですが、湧かなかった年というのは経験がありませんね」
そうか、と一輝は思う。やはりどんなに表面上は豊かで羨ましく見えようとも、人の営みから気脈の澱みは消えない。人は人を傷つけることがある。騙すことがある、追い詰めることがある、卑怯なことをすることがある、殺すことがある。そういった暗いものすべてが世界を包む気脈に隙を生み、異界の侵入を許すのだ。
「黒衣とは玲花様に仕え、死霊山を鎮める戦士です」
一輝は言う。
「妖魔と戦うことがある。死霊と戦うこともある。必然として武術の腕前も上がり、強いともいわれるようになる。しかし戦士は戦士であり、軍人ではない。おれに軍隊の戦い方など教えてはあげられません」
「しかし各地の紛争を戦い抜いた経験はあるのでしょう?」
「それは軍隊同士の戦いに参加した経験です。おれが指揮を執っていたわけではない。おれ自身が将軍として軍を率いた経験など一度もないですよ」
手伝っただけです、と一輝は言った。一輝は黒衣としての義務や教え、あるいは命令に従い、気脈の澱みを正常に戻す役目を果たしただけだ。役目が終われば帰る。もうすることもないから。
「あれ~、雷神様じゃないですか~」
急に下から声をかけられ、一輝とエカテリーナは訓練場を見降ろした。そこではいつの間にか全員が手を止め、こちらを見上げている。声をかけてくるのは先ほどの金髪の若い騎士だ。たしかカビィとかいったか。
カビィは言ってくる。生意気そうな口調で。
「いやぁおれたち、実を言うとこの国の最強騎士団なんですよ~。何せ全員が強力な魔道器持ちのうえに魔術師でもあったりするんです。ところで雷神様はあの本の通りなら魔力がほとんどないんですよね。使える武器は刀一本だけ。これってどっちが強いんでしょうねぇ~」
「あんた、バカッ! ボコボコにやられちゃうよ! あの物語の通りだったら…」
「バッカで~、そんなわけあるかッ! ああいうものは話を面白くするためにいろいろ脚色されて書かれてるんだよッ!」
魔道銃の女騎士が止めようとしたが、カビィは止まらず、
――良かったら手合わせしませんか
と言ってきた。
「いいよ」
それだけ言って一輝は階段を使い訓練場に下りていく。雷神様、とエカテリーナは止めようとしてくるがそれは無視した。降り立った闘技場の地面は固く締まった砂地。鍛錬がかなり行われている証拠だ。
魔道騎士たちは数歩退いて壁際に行き、中央にはカビィと一輝だけが残される。好奇の視線で見る者、期待を込めたまなざしを向ける者と反応は様々だ。とうのカビィはというと興奮でほほが紅潮し、目が見開かれて充血している。戦闘態勢完了、というところだろう。
だが、と一輝は思う。あれは本当は少し違うものだ。この場の雰囲気に呑まれているものの表情だ。騎士として美しい女王様にいいところを見せたい。同僚の前で雷神に土をつけて良い恰好がしたい。習い覚えた戦いの技術を早く使いたい。覚えた魔法を早く使いたい。
要するに――若いのだ。
「はじめッ!」
ぱん、と手をたたく音がした。同時にカビィが剣を引き抜く。レイピアに分類される魔道器だ。どんな能力を封じられているのか――。あとからゆっくり一輝も刀を引きぬく。抜刀術はなしだ。
カビィが剣先をこちらに向けて構えてから、言う。
「剣での勝負でも負ける気はしね~が、雷神様~、いきなり魔法、いっちゃってもいいですかねぇ~」
「いいよ」
答えた途端、カビィは呪文の詠唱を始めた。かなり早い。本職の魔術師と比べてもそれほど遜色はないだろう。数秒ののちに詠唱は完成する。カビィが高らかとファイヤーボールと叫ぶと突然空中に火玉が現れ、高速で一輝に向かって飛来してきた。
――斬ッ
突然のことに、場に静寂が満ちた。一輝に向かっていた火球は空中で突然真っ二つとなり、消滅したのだ。魔道騎士たちは驚いていた。魔法が避けられるのは分かる。障壁などで防がれるのは見たことある。しかし魔法そのものが消えるのを見るのは初めてだった。何が起こったのか分からない。
一番動揺しているのはカビィだった。呪文の詠唱をしくじったのか? 一番合理的な考えはそれであった。カビィはすぐに次の呪文の詠唱を始める。今度は焦らず確実に……
「ファイヤーボールッ!」
「斬ッ!」
一輝は、今度はゆっくりと切った。剣で切ったことを理解してもらわねば、説明がしづらい。今度はほとんどの騎士の目にも見えただろう。
「ヒヒイロカネというんだ」
呆気にとられたカビィの前で、一輝が刀を手に説明する。
「魔道器に使われる金属にはいろいろな種類があるが、おれの刀の材質はヒヒイロカネという。この材質にはある特徴があって……」
――物体が斬れる。
――悪霊が斬れる。
――妖魔が斬れる。
そして――魔法を切れる。いや魔法を消滅させる。
その昔、玲花から渡された刀であった。銘はない。これと同じ材質の武器は見たことも聞いたこともなかった。そもそもヒヒイロカネがどこで手に入るのかがわからない。玲花しか知らない。
ぽかんとしているカビィのそばに一輝は歩んでいく。カビィはあわててレイピアを構えた。中段、正眼から、切っ先同士を合わせる試合前のあいさつ。慣例というほど絶対ではないが一輝も同じ構えで剣を合わせ、
――キンッ
かん高い金属音がしたと同時、カビィのレイピアが宙を舞っていた。くるくると舞うそれはやがて落ち、一輝が左手で柄を受け止める。それを今度はくるりと返すと、柄のほうをカビィに向けて、はい、と渡した。一輝は刃のほうを持っていたわけだが、剣は引かなければ切れたりはしない。
もう一度同じ構えをとる一輝。今度はカビィのほうからゆっくりと剣先を合わせにかかる。その顔には汗がにじんでいた。ゆっくりと互いの剣先が近づいていき――
キンッ
今度は一輝もゆっくりと動いて見せた。切っ先同士が合わさった瞬間、手首をひねる動きで剣が剣を絡めるような動きをする。そこでこちらが正常な持ち手に戻していきつつ、そのひねりを剣に移していくと相手の手首がひねられる。相手は一瞬手首に痛みを感じて剣の握りが緩む。その瞬間剣を跳ね上げると、相手の剣が宙に飛ぶ。
はい、と一輝は、またも落ちてきた刀を捕まえてカビィに渡してやった。カビィは言葉もない。一合も合わせることすらできなかった。
一輝は次の相手は、と周囲を見渡す。みな表情が変わってしまっていた。特に剣を持っているものは駄目だ。戦意が全くない。しかしそのなかで一人だけ、薄く汗を浮かべつつも眼に力を宿している者がいた。さきほど止めようとしてくれた魔道銃の女騎士である。
一輝が女騎士を見つめていると、彼女は一歩前に出、
「お手合わせをお願いできませんでしょうか」
と言ってきた。一輝はいいよと答える。
ほかの騎士たちは壁際に下がり、ふたりは開始位置につく。一輝は彼女から二十メートルの距離に立った。魔道銃の基本的な射程距離――その位置から彼女に向かって言う。
「魔道銃には長所と短所がいろいろあるが、意外に知られていない短所を伝えておく。それは銃口の向きや指先の動きで弾道を読まれてしまうということ。武術の上級者ともなるとそれくらいはやってくる。そうなると一発も当たらない。それに魔法に比べると弾速がやや遅い」
どうぞ、と刀を垂らしたまま一輝は促す。彼女はしばし迷った風だったが、やがて――
ドン、ドン、ドン、ドン、ドンッ!
小細工はなく、二丁の魔道銃でありったけの連射をした。弾は一輝に向かう。だが一輝はその場から動かない。代わりに刀を振り続け、
キンキンキンキンキンッ
二十発は放ったであろうか。だが一輝には一発も当たっていなかった。全て刀で弾き飛ばしている。周囲からは、おぉーと驚嘆の声が上がった。女騎士は驚いている。しかし一輝は気にした風もなく今度は十メートルの位置まで近づき再び、どうぞ、と言った。
女騎士は汗が濃くなっていた。驚いていいのか怖がればいいのか分からないといった表情をしていた。だがやがて覚悟を決めたのか魔道銃を構えて、
ドン、ドン、ドン、ドン、ドンッ!
キンキンキンキンキンッ
再び同じことが起きただけだった。
嘘だろう、との声が周囲から聞こえる。口に手を当てて信じられないと絶句している者もいる。女騎士は引きつった顔をしていた。だが――
一輝はさらにてくてく進むと、今度は女騎士から三メートルの位置に立つ。その位置から三度、どうぞ、という。
場の空気が張り詰めた。これは、ありえない。
凍りついたように動かぬ女騎士を一輝は涼しい顔で見ている。女騎士は覚悟が決まらないのか動かない。
これはない――
これはありえないが――
やがて女騎士はゆっくりと魔道銃の銃口を上げていく。銃口が一輝のほうを向いた、そして彼女の指がトリガーに伸びていき――
突如、彼女の身体が拘束された。一輝が三メートルの距離を、弾丸の速度よりも速い一瞬で詰めてきたからである。予想外のことをされて意表を突かれた。彼女には驚く暇もなかった。
一輝は彼女の身体に絡んで右肩を絞り上げていた。痛みで魔道銃をつかむ力が緩む。その瞬間魔道銃は奪われていた。息つく間もなく今度は左腕が背中側にひねられていた。同じように魔道銃は奪われる。
武器を失った彼女はぺたり、と地にへたり込んでいた。見上げると雷神が目の前に回り込んでくる。
一輝は、はい、と彼女に奪った魔道銃を差し出した。
差し出して、言う。
「ごめん、やっぱりあの距離は無理だ」
一輝は再び一段上の観覧席から騎士たちを眺めていた。となりにはエカテリーナとエルロンがいる。エカテリーナは「やっぱり凄いですね、お強いですね雷神様」と言ってきた。一輝はどうも、とだけ返した。
エカテリーナは問う。
「雷神様はどうやってそんなに強くなられたのですか? 我が国の騎士たちでは全く歯が立たない。いったいどれだけの期間鍛えればそんなに強くなれるのですか?」
「五百年くらいです」
「………」
エカテリーナは驚いたようだった。やがて冗談かと思って笑おうとした。しかし、はっとあることに気がつく。
「雷神様はひょっとして、女神の祝福を受けておられるのですか?」
「いえ違います。死神の祝福です」
あの、それはどういう……、と戸惑いながら聞いてくるエカテリーナに、さあ、おれも詳しいことは分かりませんが、と答え始めた。
「死霊山は玲花様が指揮をとっていますが、あの人は王と同じように口づけで黒衣を増やせるのです。黒衣となれば不老不死となる。その代わりお役目を果たさなければならない」
思えばあの人も不思議な人であった。あの人の右手の甲に紋章は出ていない。なのになぜ不死者を作れるのか? なぜ玲花などという女に付けるような名前を名乗っているのか? 本人は身長二メートル近い大男だ。不思議なことはまだある。戸籍札が必要だと言ったらいつの間にか用意されていた、国でもないのになぜ用意できる? 黒衣で戦死者がでたらいつの間にか代わりの者を連れてきて鍛錬を始めたりと……
聞いて答えが返ってきたことはない。ただ一度だけ、この不死性を死神の祝福といっていた。だがこの世界に死神などいない。五百年も生きてきたが聞いたことがない。
「おれも、一つ聞いてよろしいでしょうか、エカテリーナ女王陛下」
「そんなかしこまった言葉使いはなさらなくていいですよ。この国は礼儀にはあまりうるさくないんです、雷神様」
「一輝です」
「……?」
「おれの名前は鳳一輝です。一輝と呼んでください。雷神というのはいつの間にかついてしまった通り名です」
「分かりました、一輝。では黒衣殿というのもやはりやめたほうがよいのでしょうか?」
「そっちはどうでもいいです。もう慣れましたから。古くからある我々の呼び名です」
「どうして黒衣と呼ぶのでしょうか? やはりその服装?」
「でしょうね」
「なぜそんなに黒一色なのです?」
「それは、我々の戦場は本来死霊山だからです。相手は無数の死霊や妖魔で、日の明るいうちより夜に湧きやすい。これを処理して気脈に戻してやるのですが、日によってはやつらの数が多すぎることがある。黒衣全員でも手が足りないことがある。それでも負けるわけにはいかない。だからなるべく夜陰で有利に戦えるよう、黒い対刃スーツを着るようになったのです」
この対刃スーツは霊峯山の魔術師が作ったものだ。性能は上々で通常の刃を通さない。至近距離で魔道弾の直撃を胸に受けても肋骨が折れる程度である。動きやすさもいい。しかしあくまで戦闘をするための動きに合わせて作られているため、日常的な動きをすると違和感を感じることがある。特に座った姿勢になると皮の部分がつっかえる。
「わたし、考えたんですけど……」
エカテリーナが言う。
「もっと黒衣の数を増やしたらいかがでしょうか? そうすれば正義の守り手があらゆる国に溢れ、死霊山の鎮魂も今よりずっと楽になるのでは?」
「それはできません。あなたと同じなのです」
「……?」
「国王が直接力を分け与えられる重要な臣下は二十六人と決められているでしょう? 我々も同じです。玲花様が作れる黒衣の数は二十六人。そして我々にはなぜか死神の祝福を他人に分け与えることができない。だから一人減ったら次が入る。決して二十六人を超えることはない」
それが決まりごとであった。昔から決められた……
ふと一輝は、まだ自分の質問が始まってもいなかったことに気づく。
「……一つ、聞いてもよろしいでしょうか、エカテリーナ女王陛下」
先ほどの問うてきた時と同じ、礼儀正しい言葉だ、とエカテリーナは気付いた。
「なぜこれほどまで長く安定した統治ができたのです? なぜこの国だけ豊かなのです? 何かコツがあるのですか? どのくらい勉強したら他国がそれを学ぶことができるのですか?」
一輝の表情は真剣だった。どうしても答えが知りたかった。エカテリーナはそんな一輝にずいっと近づき顔を寄せると、悪戯っぽく笑い、人差し指を立てた手を唇に当てて、
「そうですね……」
答える。
「三百年くらいです。一輝お兄ちゃん」
「……そうですか」
とだけ答える。ほかの言葉が浮かばなかった。
代わりに浮かんだのは論理の帰結だった。今後のことを考え、発想が飛躍した。
「指輪を全部、王都に移しましょう」
「……は?」
意味が分からず、エカテリーナはぽかんと呆けた表情を見せた。構わず一輝は続ける。
「我々は戦争をしようとしている。その戦争に勝ちたいと思っている。……これはある悪党の言った言葉なのですが、ある意味正しかった。ただ一点に目的を見据えた論理の帰結です。残りの指輪を全部王都に集めましょう」
「あの……、すみませんが、おっしゃっていることの意味が……」
エカテリーナは戸惑った。一輝が何を言っているのか分からない。
一輝は言う。
「女王陛下、やつらは何をしようとしているか分かりますか?」
「え?」
いきなりの問いに戸惑ったが、質問の意味は分かる。やつらとはサーラーンだ。しかし……
「……あの、すいません。分かりません。指輪を集めているとしか……」
「そうですね。おれにも分かりません」
一輝はさらに問う。
「ではやつらの正確な戦力は分かりますか?」
正確な戦力? と問われて考えた。まず思いつくのが彼ら自身が放つ魔法。呼びだして使役している妖魔。部下としている高弟二人。
だが待てよ、とエカテリーナ思う。サーラーンは魔術の研究者で禁呪まで使いこなす。もっと何か別の新しい術を編みだしているかもしれない。そもそも魔術の研究とは、自分オリジナルの魔法を作り出すことを目的にする場合が多い。
そして現在の、指輪の神器を集めていることが戦力に関係あるかも知れない。もっと疑うなら、弟子が二人とは限らないかもしれない……
さんざん悩んだ末、エカテリーナは言った。分かりませんと。
一輝は問う。では現在の状況において確実に分かっていることは何でしょうか、と。
エカテリーナは考えたが、やはり判らなかった。しかし分かりませんとは言わなかった。教えてくださいといった。
「それは、我々の目的ですよ」
一輝は答える。
「我々は現在サーラーンと交戦中で、彼を駆逐し、追い出して住民を戻すこと。これが目的です」
一輝の言葉に理解を示してエカテリーナがうなずく。
一輝は続ける。
「では目的をどうやって達成するか。話し合うか? 相手が応じない。では力ずくで? これが戦争です。目的を相手の同意なしに無理やり成し遂げる」
さて――と一輝は言う。
「今回の目的を無理やり成し遂げるにはどうすれば良いと思いますか? 女王陛下」
「……え? それは、やはり兵士を差し向けて……」
「いいえ違います。それは最後の段階です。戦争の最終段階です」
一輝は言う。
「兵士同士がぶつかるのは最終段階。たいていはぶつかる前に勝敗は付いています。戦争とは、兵士同士がぶつかる瞬間をいかに自分の有利にするか。その瞬間をいかに必勝の瞬間にするか。その下準備まで含めての長いスパンのものなのです。言ってみれば兵士同士のぶつかり合いは見せものです。その劇場を準備した者たちには勝敗は戦う前から分かっています」
一輝は経験からそれらが分かっていた。
「ではどうやってその瞬間を必勝の瞬間にするのか? それはやつらの嫌がることを事前に徹底的に行うことです。そうして欲しくないと思うことを行うことです。水攻めが嫌? だったら水攻めで攻めます。兵糧攻めが嫌? だったら兵糧攻めで攻めます。指輪を移動されると困る? だったら移動させます。指輪を黒衣に守られると困る? だったら黒衣が守ります。これが下準備です」
一輝は言い、エカテリーナを見る。エカテリーナは困惑していた。だが……
「あの、でも、神器を移動させると城塞都市の気脈が乱れますし……、実りが減るし、妖魔が出て困る人もいるでしょうし……」
「犠牲者が一人も出ない戦争というものが、かつてあったと思いますか? 女王陛下」
一輝は厳しい表情で言う。
「戦争とは何だと思います? ひたすら平和的解決を模索して妥協するのが戦争ですか? 戦争とは奪い合いです。相手の権利も、人権も、生まれてきた意味も、何もかも力で奪い取るのが戦争です。こちらの目的を果たすためなら、相手を踏みにじるのが戦争なんです。相手のことなんて考えない。自分のことだけを考える。それを果たすためなら少々の犠牲は構わない。いや、どんな犠牲でも支払える。目的さえ果たせればいい。それがほかの国でおれが見てきた戦争です」
エカテリーナは俯いた。一輝は続ける。
「指輪を王都に移動させたら、指輪を奪うというやつらの計画は崩れる。その代償として気脈は乱れ収穫は減り、少々の国民が困り、湧いた妖魔で少々の国民が死ぬ。これは支払えない代償なんですか?」
エカテリーナはしばらくの間、黙っていた。黙り続けていた。
やがて顔を上げた。
「……少し考えさせてください」
「分かりました、女王陛下」
こうして一輝は、この場を離れた。