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7
精彩が指揮する軍勢は、城塞都市の前で陣を敷いていた。その総数は三千。その中にはもう村の若者たちの姿はない。全員が城の城塞兵であり、職業軍人であった。
――雪の王の正規軍。
そう呼べるものをようやく、彼らは手に入れていた。
目の前の城塞都市からも、すでに敵軍が出撃して陣形を組んでいた。陣形は俗に言う魚鱗の陣というものだ。それが城門の前に構えている。普段ならこれは城門を守るつもりなのか、中央突破を狙っているのかと考えなければならないところだが、今回は違う。相手は憑かれものの集まりである。
クルトーらが領主に命じて、領主が兵士に命令すると、確かに彼らは我々を攻撃してくる。しかしその動きは鈍く、足並みもそろっていない。彼らは連携を組んでの複雑な集団戦闘は出来ないのだ。ならば戦いとなれば、精彩らに負けはない。
だが―――、精彩は昨日の軍議における桜花の言葉を思い出す。
「いいかい精彩君。確かに戦いになれば精彩君が勝つだろう。向こうは集団に見せかけた単体だ。集団戦を行うなら必ず勝てる。――でもこれはそういう戦いじゃあないだろう? 彼らは操られているだけで、本来は雪の王の配下なんだ。誰一人殺したくはない。かといって戦闘をしながらの治療は無理だ。そこをどうするかという問題なんだ」
それに、と桜花は深刻な面持ちで付け加える。
「わたしが危惧しているのは、敵軍の指揮官は領主ではなく、実際はクルトー一味だってことだ。彼らはこの国の人間じゃない。わたしたちみたいに敵軍の兵の命まで心配しながら戦うようなやり方はしない。最も合理的で論理的な考え方でわたしたちを排除しようとするだろう。そこには情なんてものはない。
――もし仮に、わたしが敵軍の将だったとして、何をしてもいいという条件のもとで作戦を考えたのなら……」
眼前の敵軍に動きがあった。三角形の軍勢が綺麗に二つに分かれていく。すると奥にはこの城塞都市の巨大な城門が見えていた。その城門はじわじわと開かれて行き……
ドドドドドドドッ――
と凄まじい数の民衆が飛び出してきた。手には包丁やら金槌やら農機具やらと、武器になりそうな日用品を思い思いに握っている。出てきた者たちの姿は様々、主婦から農夫から老人から――この城塞都市の全ての住民だった。
「―――くっ! やはり」
精彩は吐き捨てるように言う。何ということをする敵なのか。桜花の言った通り、敵は非道な作戦に打って出た。
住民だけでなく、敵軍もすでに動き出していた。組織だった動きではないとしても、数に違いがありすぎた。勢いも凄まじいものがある。
だが、それら全てを桜花は見抜いていた。こちらにも策はある。
「全軍撤退っ! ただし最初は付かず離れずだ。かれらを全員城塞都市から引き離すっ!」
精彩の合図で、彼らの軍は退き始めた。
「……どうやら侵入には成功したようだね、一輝君」
桜花は言ってくる。ここは今から攻め落とそうとしている城塞都市の中である。しかし内部は全くの無人。静まり返っていた。かなり――いや凄まじく不気味な空間と言えた。ほんの先ほどまでは営まれていた生活の気配が残っている。干したままの洗濯物は風に靡き、商店などの棚は商品がそのまま残されている。ただまったく人の気配がない。全てを静謐さが包み込んでいる。
一輝は、桜花の他十名の兵士と共に宮城を目指した。もはやここには誰もいない。城塞兵も住民も。みな先ほど精彩の軍を追って出撃して行った。
がら空きである。
敵の裏を突く作戦だった。クルトーたちがおそらく住民を前面に出すような作戦を決行することは分かっていた。だがそれは裏を返せば、城塞都市も宮城もがら空きになるということ。そこを利用して領主の身柄を押えてしまえばよい。彼らは領主の命令には従うようになっている。
一輝たちは一直線に宮城へと向かう。阻む物は何もなかった。万が一宮城の守りが厚かったとしても、百やそこらの兵なら一輝一人で何とかる。無論、一斉にかかってこられたらそうもいかない数なのだが、いまの彼らは憑かれものだ。人数通りの戦力ではない。
一輝ら一行は噴水広場まで来た。しかしそこで全員が足を止めることとなる。
宮城前の大階段から一人の優雅なドレス姿の人物が下りてくるところだった。女性である。血のような真紅のドレス姿の女であった。髪の色も赤、ぷっくりとした唇の色も血の色を思わせるような赤。彼女は口元に手を当てて「ほほほほほっ」と笑いながら階段を下りてくる。
「やはりクルトーさまの言う通りであったの、黒衣。全軍で出撃すれば宮城が空く。ならばそこを少数精鋭で襲ってくるじゃろうと。まっこと、あの方の読みは天才の名にふさわしい」
片手を舞うように挙げ、彼女は唄うように言ってくる。
「わたしの名はベアトリクス。[魔装機兵アスタロト]の使い手ぞ。クルトー様の命に従い、そなたたちをここで葬るっ!」
変身っ! とベアトリクスは言うと、派手なポーズをとりつつ自分の足元に魔術文様の描かれた缶を投げつける。するとその場に赤い煙が発生し、ベアトリクスの身体を覆い隠す。少しして風が煙をかき消すと、そこには奇怪な金属の鎧に包まれた女性がいた。
やはりあの男と同じく全身を覆うフルプレートではあるのだが、あの男の時とは違い丸みを帯びた形ではない。細身で角ばっている。装甲板を幾重にも重ねたような部分は同じだが、各部に流れるように描かれたラインは真紅。それに背中には何か羽のような金属が突き出している。色のついたラインは薄く光を放っており、兜の両眼の部分は同じく黄緑色に光っていた。
「またこいつらかっ!」
一輝はうんざりと吐き捨てる。クルトーの作った魔装機兵だ。やつらはこちらの作戦を読んでいた。
アスタロトは背中から青い光を噴射すると、凄まじい速度で肩から突っ込んでくる。一輝はそれを跳躍してかわしたが、後方にいた兵士が直撃を受けて遠くの壁まで吹き飛ばされた。
「ほほほほほっ!まずは一人」
アスタロトは言い、今度は兵士が三人集まっている方向へと左腕を向けた。
「ショットモード、起動っ!」
するとアスタロトの左手の手首の辺りから魔道銃の弾のような光弾が数十発と発射され、三人の兵士たちは体中にそれを喰らい、血を流して倒れる。
しかしそれで、アスタロトは動きを一瞬止めていた。
「はッ!」
一輝はその隙を逃さず気功を使って十メートルは跳躍すると、アスタロトの頭部を斬りつける。ガシュッっと鈍い音がして金属同士がぶつかって起きる火花が見えた。見るとアスタロトの兜には斜めに傷が入っていた。鉄の金床すら切断できる一輝の刀だが、斬り裂けない。この金属は硬い。やつと同じだ。
「――まさかっ! 魔道器の刀なのかっ……貴様よくもわたしのアスタロトに傷をっ!」
ベアトリクスが怒りを表し、言ってくる。すると、アスタロトは背後の翼のような部分が左右に大きく開いた。
「飛行モード、起動っ!」
ごうっ、と背中から大きく青い光を噴射すると、アスタロトは空中へと飛び上がった。十五メートルは飛び上がったであろうか。そこから羽を動かし複雑な高速移動を続けつつ光弾を撃ち込んでくる。
一輝たちは避けるしかなかった。敵が空中では攻撃できない。
ドウッ、ドウッ、ドウッ!
光弾が次々上空から降ってきた。一輝はかわしたが、兵士が二人倒された。アスタロトは十秒ほど飛行を続けた後、噴水の向こう側の石畳に着地する。
「一輝君ッ! あれが飛行能力の持続限界。十秒よっ! そして気脈を吸い上げるまでは次の飛行は出来ないはず」
どこからか桜花の声が聞こえた。つまりやつはすぐには飛び立てない。
(――ならばっ!)
一輝は気功で素早く跳躍して接近すると、右拳を握り、アスタロトの腹部にスッっと当てる。そこから地面をしっかり両足で噛み、打ちこむ。
「寸打ッ!」
ゴワァンッと鈍い音が響いて、アスタロトの身体が吹き飛んだ。アスタロトの金属の身体が近くの家屋の壁に激突する。そこへ一輝はさらなる気功のダッシュで体当たりした。気功の連続使用で膝関節がきしむが止むをえない。
ドゴオォォォ!
一輝の体当たりで、二人の身体は壁をぶち抜き、家屋の中へともつれ込む。一輝は起き上がると刀を振り下ろした。その一撃でアスタロトの胸部に傷が入る。アスタロトは背面の青い光を噴射して壁際まで移動し、起き上がった。
「斬ッ!」
一輝は斬る。アスタロトは腕でガードしたが、傷は入っていた。もう一撃入れ、さらに体移動して横合いからも斬る。ここは狭い室内である。あのような全身甲冑では大きすぎて動きにくい。それにここでは飛行は不可能だ。
だがアスタロトは右腕を構えると、
「ソードモード、起動っ!」
と叫ぶ。するとアスタロトの右手から、突如として赤い光の剣が生えた。アスタロトは光の剣で斬りつけてくる。一輝はそれを刀で受け止めた。だが――
「―――ッッ!」
眼前で止められたその剣からは、凄まじい高熱が発せられていた。一輝の刀は魔力によって守られているが、それがバチバチと火花を散らし始めている。高熱の照りつけが一輝の皮膚を焼き始めた。まずい―――
一輝は刀をそらし、敵の力の方向を変えて避ける。アスタロトは勢いそのままに机と地面を切断した。机からは瞬間、炎が昇り始めた。石材の地面も切断されている。石が高熱で真っ赤になっていた。
(なんて熱量ッ)
魔道器の刀であるから受け止められたが、鉄なら切断されている。
アスタロトは赤い剣を構えて歩を進めてくる。一輝も構えるが、受け止めたらこちらの身体が高熱に耐えられない。
「一輝君ッ!」
背後から桜花の声がした。
「あいつを水に落として! ただし絶対に同時に落ちちゃだめっ!」
(水? 噴水かっ!)
一輝はいったん下がると、破壊された家屋の外へと出た。アスタロトは剣を構えたまま追ってくる。アスタロトは左腕を上げると、一輝に向けて数発の光弾を放ってきた。だがこの光弾、速度はそれほど速くない。全てを刀で弾き飛ばす。
するとアスタロトは再び言った。
「飛行モード、起動っ!」
(―――ここだっ!)
正直、次に何をするのか言ってくれるのは有難い。一輝は飛び上がろうとするアスタロトの足を、気功を使った前方ダッシュで捕まえると、そのまま両者は組みついて飛び上がって行った。十五メートルの高度まで一気に飛び上がるアスタロトと一輝。一輝は組みついた足から胴体へと這い上がって行くと、アスタロトの背中の羽部分を片方だけ掴んだ。
(さっきの飛行でここが動いていた。ここで動きを制御していたっ!)
アスタロトは高速移動を始めようとしたが、片羽が動かないので姿勢制御に失敗した。そのまま斜め下へと落ちていく。だがこのままだと石畳の上に落ちるだけだ。
一輝は狙いを付けると、気功の力で身体を引き上げて両足で相手を踏みこみ、そのまま思いっきり蹴り込んだ。
その反動で一輝の身体は遠くへと投げ出される。アスタロトは赤い剣を出したままで噴水へと突っ込んだ。
直後――
ドオオオオオオオオンッッ!
凄まじい轟音が響き、噴水が爆発した。いや噴水が無くなった。辺りには瓦礫がまき散らされると共に水蒸気が立ち込める。見ると、噴水のあった場所には巨大な穴が出来でいた。下にあった石畳すらなくなり、直接地面が見えている。
アスタロトの身体は確認できない。だが周囲にはアスタロトのものと思われる残骸が散らばっている。一輝は飛ばされた反動で、どこかの邸宅の槍の形をした鉄柵にしたたかにぶつかっていたが、なんとか身を起こして立ちあがった。
「……どうなったんだ?」
辺りを見渡す。すると片手で帽子を押えた桜花が小走りに近寄ってきた。身体中に相当な瓦礫を被ったのか粉じんまみれだった。
「水蒸気爆発よ、一輝君」
桜花は言う。
「あの技術はかつて鉱山採掘用に考案されたけど、試掘のときに岩の割れ目から水が染み出して大爆発する事故をおこしたの。以来封印されていたはずなんだけど、クルトーはどこかで手にしていたみたいね」
桜花はそう言い、さあ、と一輝を促した。残った数人の兵士も集まってくる。そう――まだ終わりではない。すぐに領主の治療をし、城塞都市を解放しなければ精彩の側が持たない。
その日、一輝たちは二つ目の城塞都市の制圧に成功した。兵士は集まった。戦力はこれで足りる。次の目的地は王都であった。
8
「待たせた、一輝」
精彩将軍の陣屋で声をかけられて、一輝は振り向く。するとそこには百キロ近い巨大な大剣を背負った、筋骨隆々の白髪の男、玲花がいた。その背後には九人の黒衣の姿がある。全員が一輝と同じ対刃スーツを着込んでおり、それぞれが別の魔道器の武器を下げていた。
一輝は一礼すると、やや不満げに玲花に言った。
「玲花様、……遅いじゃないですか。こっちは何度死にかけたことか」
「これだけの人数を死霊山から連れ出すのだ。備えはいる。残って戦う者のためにもな」
玲花は静かに言い、顎をしゃくって背後を示す。確かにこの数だと死霊山から出せる限界の人数に近い。いや玲花がこちらに来た以上、残って悪霊退治をしている連中のほうがきついかもしれない。
玲花は死霊山の長である。彼は他の国の王たちと同じく、跪いて右手の甲に口づけをさせることにより、不老不死の黒衣を作りだすことが出来る。それは王に与えられる女神アフレイアの女神の祝福と同じであるが、女神の祝福を受けた王には、王たる証である文様が右手に現れる。だが玲花の右手にそれはなかった。それに玲花はこのことを女神ではなく、死神の祝福と呼んでいた。
「……一輝、白陽陛下はどこにおられる?」
玲花が聞いてきた。一輝は知らなかったので「さあ、分かりません」と答える。すると玲花は瞳を閉じ、なにごとかを小さく唱えた。おそらく魔術である。この人は魔法も使える。
眼をつむることしばし――、やがて玲花は眼を開け、黒衣たちに告げる。
「一人で行く。しばらくは自由にしていい」
そう言い残し、玲花は巨体を揺らしながら歩んで行った。
緩やかな風がほほを撫でる中、草原のなかにぽつりと置かれたような岩の上に、白陽は座っていた。
一人である。供はいない。普段なら供も付けずに陣屋の外に出ることなど出来ないのだが、今日はたまたま精彩らが忙しくしているので、皆の眼を盗んで外に出た。あとでこっぴどく叱られるかもしれないが、どうしても一人になりたかった。
そういえば――と思う。一人きりになるのはいつ以来であろうか? あの日、女神アフレイアが天から降臨し、自分の右手を両手で優しく挟み込んだのだ。王たる証、女神の祝福はその時右手の甲に刻まれ、以来、白陽は五十年間、ずっと誰かと共にいる。一人きりになったことはない。
白陽は自らの右手の甲を広げ、見る。そこにはあのとき刻まれた輝きが今も変わらず輝いている。この輝きは自分と同じだ、と白陽は思った。形も色も、何も変わらない。五十年間、何も変わらない。
「……寒くはないのか、白陽陛下」
「……?」
突然の声に振り向く。見るとそこには天を突くような大男が立っていた。その背には巨大な大剣を背負っている。服装は一輝と同じ黒一色だが、髪の色は白だった。その体躯は大きく、首筋に見える筋肉が岩のように太く硬く見える。
「隣に座っても良いかな、白陽陛下」
「……どうぞ」
誰かは分からない。しかし危険な感じはしなかった。その男は白陽の隣に腰かけると、白陽に向けて話しかけてきた。
「ずいぶん、つらい旅だったと聞いている、白陽陛下。その旅がいま終わろうとしている。君は王城脱出からここまでで、何を思った? 何が変わった?」
「……何も」
白陽は言う。淡々と、感情の籠らぬ声で。
「何も……、何も変わらないんです。だって僕は何もできないから。なんの力もない。皆を手伝おうとしても、僕には何もできない。却って皆の邪魔になってしまう。
……昔からそうだったんです。国のこととか、政治のこととか、僕には全然わからない。聞いても、その意味すら僕には分からなかった。勉強しようとしても、その国官の仕事が遅れて迷惑をかけるだけだった。僕に出来ることなんて見つからない」
それは次第に激しい感情の揺れを含んだ、白陽の告白に近い心の葛藤であった。自分は何かをしなければならない。自分が何かをしなければならない。だが出来ない。出来ないから頼る、任せる。――それが正しいとは決して思ったわけではなかった。なのに変われない。ずっと。
「だから、何もしなくなった。そのほうが、みなの仕事がはかどるから。しかしその結果はどうなのだ? この旅を通して目の前の現実を見て、どう思った?」
「……酷いことだと、思いました」
「何が酷い?」
「……民衆が苦しむことがです。僕は苦しかった。見ていられないほど苦しかった」
「では助けてやれば良い」
「でも……、僕には、何もないんです。民衆のために出来ることがなにもない」
朝議の決は、毎日行われた。自分が許可を出すことにより、予算が動く。人が動く。しかし議論される内容に意見を挟めたことなどない。議論は国官が行っていく。まるで喧嘩のように白熱し、各々が自分の息の掛った案件への予算配分ばかりに心を配る。毎年がそれでは、どの事案も大がかりな予算が付かず、劇的な変化は訪れない。分かってはいる。しかし――ならばどうするのか? 知識や経験の積み重ねがなければ、何のどこにも意見を挟むことが出来ない。
「君に必要なのは最初の一歩だ」
白髪の黒衣は、優しい口調で告げる。
「たかが二十一歳の青年に何が出来る。いきなり国王にされて、何が出来る。女神アフレイアに選ばれたからといって、その瞬間に知識は溢れ優秀な臣下は整い、盤石な国が出現すると思うか?
君は国王にされた。そして何もできない。それは当たり前のこと。気にすることではない。その何もできない国王が何かを学び何かをしようとすることを、邪魔にしか思わなかった者たち。彼らのほうが間違っていたのではないか? 君は間違った意見に従ってしまったのではないか?」
「確かに最初は迷惑をかけることになるだろう。こんなことも分からないのかと恥をかくこともあるだろう。でもそれがなんだ? 先ほど君は民衆が苦しむことを見ていられないと言った。その気持ちと恥をかくことを恐れる気持ち、どちらが強い? どちらが君にとって大事なことだ?」
言われ、白陽は下を向く。白髪の黒衣は続ける
。
「まず一歩、踏み出すことが君には必要だ。それが正しい道とは限らなくとも、踏み出すことが必要だ。その道を進んでいき、正しい道だったなれば、褒められる。間違っていれば、馬鹿にされる。しかし例え馬鹿にされても、少なくともその道が間違っているという経験は得られる。次は違う道へと歩み出せば良いだけのこと。
――一歩も進まなければ、間違うことすら出来ん」
言われ、白陽は黙り込んだ。黙り、考える。
白髪の黒衣は、その大きな手のひらで白陽の頭を撫でていた。
白陽はそのまま頭を撫でられるに任せていた。大きく暖かい手だと、白陽は思った。